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いつか、そんな終わりを迎えるために進む物語
金木犀はまだ散らない
夏が長引き秋は一瞬で消え冬は長く春は変わった。生きれば生きるほど、知っていた季節は消えていく。残っていた歴史は薄れ、標準は変化し、希望は時に点滅する青信号のようで、いつ赤になるか分からない。普通はいつの間にか姿を変えていた。
その昔。十数年前くらい。よく分からないけど26歳くらいで結婚すると思っていた。進学するかしないかは分からない。でも淡々と、有り触れた日常を生き求められた普通を選ぶのだろうと、信じてやまなかった。
やりたい事は特にない。焦がれるほど渇望する何かが見つかるとは思えない。有り触れた人生、ありがちな選択。多くの人が求める普通、あてはめられた普通、ばかげた普通。それを自分も通るのだろうと思っていたあの頃。私は全部を知った気でいた子供だった。
酸いも甘いも噛み分ける経験すら大して積んでいなくて、それにしては理不尽に打ちのめされてきて、これからの人生もきっとこうやって沢山の物を奪われては可能性を否定され、適当に反対されない道を選ぼうとするのだろうと、何も知らなかったくせにそう思っていた。
はっと気づき瞬きを繰り返す。過ぎ去った日々を見ては笑う。随分と考えていた普通から離れましたが、いかがですか。予想、つきました?なんて過去の私に問いかける。返って来るのはきっと有り得ないの一言。信じようとはしないけれど、でも自由になった自分を見て目を輝かせるだろう。
十年前の私は高校生らしい。そんな馬鹿な。あっという間に時が過ぎている。そう思うのとは裏腹に、しっかり当時の記憶が薄れているから時間は残酷に私の脳内へ消しゴムをかけている。
17歳。この一年後に私は物語を書き始めるわけだが、そう考えると今は書き始めて九年。まさかそんなに続くとは思っていなかったのでちょっとどん引いている。ついでに書き始めてから修行僧のようになった事で世の中から乖離したのも引いている。人間界から離れて九年。そんな感覚がある。気持ち悪いね。
高校二年生の私は勉強や部活を程々にしながら学生生活を楽しんでいた、はずだ。というのも二年生の頃の記憶はあまりない。その一年後に意識を全て奪われてしまった感覚がある。
そうか、そんなに経ったのか。変わっていないように思うけれど、しっかり現実に揉まれて変わっている。それだけは理解している。ただ当時の私にとって27歳の女性は大人のお姉さんだった。しっかりしていて自分で自分の面倒を見る事が出来る、人によっては結婚もしていてキラキラしているイメージ。
実際自分がそこに立ったらそうでもない事に気づく。大人なんてどこにもいない、ただ歳を重ね現実を知り自分の力で生きなくてはならなくなってしまった生物を大人と言うだけだ。経験がものを言っているだけ。それだけの話だ。
私の人生には起承転結があって。ひいては起の前日譚がありまして。もしかするとその前日譚こそが、一つの起承転結であったりして。その後第二章が始まっただけなのかもしれませんが。十年前の私は、その前日譚の最終章に足を踏み込む頃だったのです。
はてさて二章が始まりこの物語の起承転結がどこかはまだ分からないのですが。そんなもの、きっと結に辿り着いてから振り返らない限りは分からないと思っているので、まだまだ二章は続くのだろう。
ただ一つ言えるのは、金木犀が近くにないのか見つけられていないのかは分からないけど、まだ私の鼻を掠めるあの匂いは現れていない事。それが年々消えていく秋のせいで無くなってしまう日が来るのではないかと思う事。金木犀が咲いたら誕生日と、何度も繰り返してきたそれが、いつしか無くなり記憶から薄れる日が来るのは遠くない未来なのかもしれない。
相も変わらず、誕生日が楽しみだったのは子供の頃だけだし一年はどんどん速くなっていて老いるのは一瞬だ。でも少しだけ、変わったのが歳を取るのが老いによる悲観的なものではなく、レベルアップしたと思えるようになった事。
今年も頑張って生きましたね、それだけでレベルアップには充分過ぎますよなんて。思えるようになったからこそ悲観的でも空虚感を抱く事も無くなった。
蝋燭、バースデーソング、愛してくれる人たちからの拍手、ケーキに花束、プレゼント、自分以外の誰かから与えられる幸福。相変わらずそんなもの無縁で、遠のいて久しく再び巡り合う日は来ないだろうと考えるくらいには今の自分にとって有り得ない未来の一つ。
でも今の私は自分で自分に花束みたいな幸福を与える事が出来る。花が欲しければ買って、ケーキだって独り占め。蝋燭の火を消したければ消せばいいし、欲しい物を買うための稼ぎだろと言える。
そうやって沢山の経験を積んで今があるんだから。
今が一番自由で楽しいと、私は一体いくつまで言えるだろうか。ここ一、二年はこの思考回路なのだけれど、来年も再来年もそう言える精神状態であればいいと思う。でも一度この精神状態を得たら、これまでのように落ちる所まで堕ちるような酷い日々が来ても意外と早く這い上がれるんだろうなとも思っている。無敵スキルを得たみたいなもんだから。
だてに生きてきたわけじゃないんだよと、振り返って言ってやりたい。ただ時間だけが過ぎ去ったわけじゃないのだと、ちゃんと私過ぎ去った季節の中で色んな経験をしてスキルを得てMPを上げ、魔法を増やし旅を続けて来たよなんて、馬鹿げた事を言いたい。
残念ながらHPの最盛期は過ぎてしまったわけですが。悲しきかな、やっぱり大人になると運動ってしなくなるじゃないですか。これは本当に言い訳に過ぎないんですが、好きじゃないと意識しないとやらないですよね。そうなんですよ、例に漏れず私もその口でしてダンベル40回上げだけが続いている状況でして。ええ。体育って大事ですね、強制的に運動する時間があるだけで全然違うよ。
今年はどんな一年になるだろうかと、毎年どうか去年より幸せな人生を送ってくれと願っていた。ゴミ屑みたいな時間を過ごしてきて、これ以上傷つかなくていい、頑張りは報われて欲しい、来年も生きたいと思っていて欲しい。そんな事ばかり考えては目を伏せていた。
でも今年は違う。今年はどれだけ上にいけるか、願いを、望みを、指が掠める所まで来たのだとしたら掴めるだろうか。ちゃんと、掴み切って笑える人生であれと、思えるようになった。月面に辿り着くほど羽ばたいて、これまで馬鹿にしてきた人間や攻撃してきた人々に対し笑いながら中指を立て、ざまあみろなんて言ってやりたいのだ。
届かない所まで言って笑ってやりたい。手を広げ風を感じ、瞬く星に目を輝かせ、遺灰を月面に撒くまで、きっと私の旅路は続いていく。長い長い、幻のような空想。十数年前に描いていた有り触れた未来とは正反対の人生。
耳を澄ませ静かな波音を聞き、柔らかなシーツを纏って、羽を休める場所を愛し、安全地帯で英気を養ったらまた羽ばたくような人生でありたい。矢を飛ばされようが銃を突きつけられようが何をされようが。精々そこで足掻いてろよ私は先に行くって言って、遠く届かない場所まで行ってやりたいのだ。
歴史に残りたいとか、誰かの記憶に刻みつけたいとか。そんな欲じゃない。
ただ、私がそうしたいからそうするだけの物語でありたいのだ。
そっちの方が美しいから、私の目は汚いものを見るためにあるわけじゃないから。一つでも綺麗だと思うもので視界を満たし、死ぬ瞬間にあー頑張ったいい人生だったって言って、今度は最初から最高に幸せな作家人生スタートでお願いしますなんて欲をかき、笑って目を閉じるまでの物語でありたい。
死んだ事に嘆く人なんていなくていい。忘れ去られてもいい。ただ私が満足するまでやりたい事をやって、馬鹿みたいな物語を綴り続け、私の世界を美しい物で埋め尽くせたらそれでいい。
ただ、それでいいのだ。
そこに誰かからの愛や祝福、花束みたいな幸せが雨のように降り注いで輝けばいいけれど、なかったらまあなかったでいいのである。だってそれが無くても、きっと辞めないから。止まらないから。飛ぶための理由はいつだって、自分の中にある。
だからそれは、馬鹿みたいな物語を味付けするスパイスみたいな扱いで。バニラアイスにカラースプレーかける感覚くらいでいい。カラースプレーかけたら綺麗だし美味しいけど、バニラアイスだけでも美しいし美味しいから。そんなもんでいいのである。
いつか人生が一つの本になったとしたら。私の本はどんな匂いがするだろうか。古びた紙の匂い?金木犀?夏の夕暮れ?雨上がりのペトリコール?潮風、幻想的な何か、静かで輝く夜を思い出すだろうか。
ただ一つ言えるのは、多分、思っているよりも面白いだろう。想像の三倍くらいは馬鹿みたいな人生を生き、蛆のような日々を送り、鼻で笑ってしまうような愚か者がいるから。それでもその愚か者が明るい愚か者になるまでの物語は、多分だけど需要がある。
きっと明日死んだとしてもその愚か者は夢の中で空を飛ぶだろう。月面に着陸し地球に中指を立て笑い、どこかの星で波音を聞きながらベッドに横たわり目を閉じて灰になるだろう。
そんな終わり方が出来るように、私はまた過去の自分に拳を突き出し「任せろ」と言って笑い、全部を受け入れ歩くのだ。
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![優衣羽(Yuiha)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/72562197/profile_e54491ccb68ce05a148717f2e8a06c56.jpg?width=600&crop=1:1,smart)