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初めて飛んだ日の事を、きっとずっと忘れない

飛ぶ

大してお腹も空いていないのに、数時間後には絶対空くと思い食事した結果絶望的なレベルで腹を壊した。ああ、無念。私はいくつになってもドカ食い気絶が出来ないのである。

大量の食事を摂り血糖値が爆上がりしてそのまま寝る事をドカ食い気絶と呼ぶらしい。一度はやってみたいけれど、これが出来たのは恐らく小さな子供の頃まで遡る。その後の人生は簡単だ。許容限界を越すと確実に腹を壊す。悲しきかな。満足感を抱きながら眠りにつく事は出来ないらしい。

ところで全然関係ないけど仕事用のPCばっかり使っていたせいで、長年の相棒であるこいつでのタイピングが乱れている。キーボードの大きさって一律じゃないから指がバグるよね。本当に全然関係ないんだけど。


ここ最近noteを更新していなかったのは仕事で書くという動作に満足を得てしまった結果、特筆すべき事のない日常が積み重なっても表に出す必要はないかと思ってしまったからである。

人間ってやっぱりそれなりに不幸じゃないと表現しないんだね、と思いつつも何だかんだで書く事が一ミリも決まっていないのにこうやってタイピング出来ちゃうあたり、私にとっての書く事は最早呪いなのだと感じている。

愛より重い呪いはないけれど、これもまた、私の人生の中では一番重い呪いになっているのだろう。

話を戻そう。復活してきた身体は散歩ついでの買い物に出かけた。夏の午後は人体を滅ぼすほどの熱を持ち襲い掛かって来た。幸いなのは晴れていなかった事。もし太陽が出ていたら私はアスファルトに水色か何かの溶体になってへばりついていたと思う。間違いない。

この一週間外に出ていなかったので、健康のために少しだけ散歩をした。横断歩道の信号が点滅し、落ちた視力のせいで視線の先は霞む。坂道、砂利、鳥居。ぱっと顔を上げた先、小さな社殿を囲むよう広がった樹木にリスがいた。

リスがいた。

「リ、リスだ……!」

私の足音に気づいたリスは木を登っていく。するともう一匹が地面にいたらしく、先導するリスの後を続いて登っていくのを、どうしても写真に収めたかった私は動きを止める。

いいか、今からお前は空気だ。音を出すな、気配を消せ。リスを、画角に収めろ。

そんなこんなでリスを写真に収め、しばらくそのもふもふを遠目から眺めていた。へぇー、リスおるんや。てか尻尾ふさふさ、可愛い。お二人はどんな関係なんですか?友達?家族?もしかしてパートナー?

何にせよ人間から見ればあなたたちは非常に可愛いです。いいな、リス見れたよ可愛すぎ。暑さに溶けた脳はずっと、可愛いだけを繰り返していた。

そこ、稲荷神社なんですけどね。なんて思いながら木の上の方に登っていったリスを見てから参拝をした。何となく、外に出て良かったと思った。暑いから、理由が無いから。外に出ない理由はいくつも思いつくけど、外に出る理由はあまり思いつかない。

けれど人間ってたまには外に出た方がいいんだなと納得した瞬間でもあった。

続いてまた近くの神社に足を運んだ。紫陽花が咲いていた。青々として、紫の葉脈と色の抜けたような花びら。紫陽花はものによるが枯れる時は丸まって枯れるらしい。青色が抜け、丸まり、緑色になって枯れていく様を美しいと思った。

そうか、青が抜けたら元の色になるのか。元の色とは白と葉の緑。枯れる時は花弁の先から映画のフィルムのように変わっていく。丸まり方が金木犀の花を思い出して可愛らしかった。良い事に気づいたと思いながらも、狭い部屋に居続けたとして、時折世界に触れる事が必要ですねと納得していた。

見覚えのない置物が増えていたり、ああそういえば明日七夕だっけと思い出したり。私の彦星はどこにおります?はよ来いなんて思ったけれど、よく考えたら一年に一回しか会えない恋人は最早存在を忘れるので駄目だなと気づいた。

参拝が終わり、買い物でも行くかと歩いていると、木のてっぺんに鳥が止まっていた。気づいた理由は鳴き声。あれはウグイスですか何ですか。綺麗な声だけど癖のある鳴き声に足を止める。後から知ったがどうやらホトトギスらしい。ホトトギスって初夏の訪れを知らせるらしいよ。もう初夏ではないけどね。

何だか随分気づきの多い散歩だな。少し軽くなった足取りは買い物を終わらせ帰路につく。すると、不意に鳥が飛んだ。

小さな鳥が数匹、電線に止まり何かを待っているようだった。視線の先へ目を向けるとツバメの巣。二匹が飛ぶ準備をしている。

もしかして、ツバメが巣立つ瞬間に会ったのか私は。小さなツバメは空を飛んだ。まだ長い距離ではないけれど、それでも空を飛んだ。とある夏の午後に、彼らは羽を動かした。

きっとこの先に待つのは厳しい自然と弱肉強食の世界。この子たちが皆、生き抜ける世界線はどのくらいだろう。自然界で生きた事のない私には分からないが、きっと酷く低い確率だと思う。

それでも初めて空を飛んだ今日に祝福を抱いて、元気に生きていて欲しい。素敵な一瞬を見せてもらった私はそれを願う事しか出来ない。でも、飛んだツバメを見た時、私は自分の名前を思い出した。

どこまでも飛べる羽が欲しいから、優衣羽というペンネームにした事を。

優しさを忘れずに、衣のように包んだ沢山の感情を留まらせぬように、羽を生やしてどこまでも飛んで行こうと。飛翔するための翼が欲しかったのだ。

青空を飛び、月にまで辿り着くほど羽ばたいて、理想を現実にするための物語。そんな気持ちから始まったのだと思い出しふと笑う。

何かいい経験が出来た日だったな。滲み出る汗に自宅へ帰る。珍しくカルピスなんて飲みながら。冷房の効いた部屋でPCに向かい合う。

今はまだ、飛べるまではいかない。飛ぶための助走をつけている段階だから。

けれどいつか、初めて飛んだツバメのように。羽ばたいた瞬間はきっと、忘れる事の出来ない記憶として生涯脳裏に残るだろう事を願って。

今日も、文字を綴るのだ。

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