この街は、オアシスのような砂漠で、砂漠のようなオアシスで
東京を離れる。
それを決めたのはここ数ヶ月の話。2年住んだマンションの更新通知が来る前、転職してフルリモートになり、インターネットさえあればどこでも仕事が出来るようになった。何となく、ここにいる必要はないなと思った。
ここに住み始めたのは前に勤めていた会社から近かったから。ただそれだけの話なのだが、東京という街へ来て何となく、どんなもんかと考えていた節があった。
東京という街はとにかく利便性がよく、電車に乗ればどこへでも行ける。休みの日に話題のスポットへ足を運ぶのも簡単で、おまけにお一人様には優しい食事処ばかりだ。
夜は遅くまで息をしていて、Uberは沢山あるし、ご近所付き合いもお一人様にはさほど必要ない。いい意味で希薄。独身には結構楽。
スカイツリーの見える職場で働いていた。階段の踊り場、夜になると光るそれが好きだった。イルミネーションに対してそこまでの感情を抱く人間ではなかったのだけれど、東京という街で、その塔は一層輝いている気がした。
春の色彩が違った。夏の匂いが異なっていた。秋の夜長に虫の音は聞こえなかった。冬の空は高いようで透明ではなかった。生まれ育った土地が自然で溢れ返っていたわけでもないのに、東京という街は独自の色彩を持っている。
それを美しいとも思えて。今まで見てきた色彩が全て電光に変わった感覚。だからこそ、スカイツリーは美しいのだと思った。この街に合っている。この街だからこそ一層美しいのだ。田園風景に建っていたら全然綺麗じゃなかったと思う。
2年住んで思ったのが、私の居場所は多分ここじゃないという事。この街に特別憧れを抱いていたわけではない。私にとっての東京はすぐに行ける土地だったから。
東京といっても広いし、色んな土地があるけれど。都市部や住宅街、閑静な土地、騒がしい下町。色んな東京を見て歩いて住んで、ここじゃないなと思った。
私はかなり直感人間なのだが、理由もなく絶対的な確信がある時の直感は必ず当たる。おそらく、世界で生きていながらどこか遠目で見ているから、自分の中で言葉にならない確証があるのだろう。
ちなみにこれ地元にいた時も思っていて、実際家から離れた土地の高校に進学したらしっくりきたのでまじである。
人間の考え方や色は結構土地柄が出ると思っている。小学校や中学校で皆が皆似たり寄ったりの考え方で、そんな中違う思考を持った奴が指差される理論はこれに該当すると思う。
例えばある地では皆10代で結婚し子供を持つとして。そこから出て結婚もせず仕事に生き甲斐を見出した人がいたとする。その人は地元に戻ってきた瞬間異端児として見られるだろう。指を差され馬鹿にされ、酷い目に遭うかもしれない。
人は自分の理解出来ない何かに遭遇した時、それを排除しようとするから。
まあこんな感じで、私が地元の人間関係や空気感、色に馴染めなかったのはこれもあるのだけど。今はどうでもいいのでちょっと待っててもろて。
東京という街は、何世代にも渡り住んできた人々がいる土地が他の地域と比べて少ない。日本中、世界中から色んな人々がやってきて新しい文化が形成され馴染んでいく。それはとても良い事だと思う。文化は大事にすべきだが、凝り固まった思考は人を傷つけ自由を奪うから。
まあ柔軟な街なのだ。
ただ何となく、ここじゃないと思った私はどこに行きたいか考えた。京都や関西圏に住んでみたいとも思ったけれど、仕事の関係もあるので都心部は確定だ。
頭の中にあるのはいつも、ある海街だ。ギリシャ。エーゲ海。青い屋根。白い壁。高台。檸檬の木が植わっていて、野良猫が争う事もなく昼寝をしている。広い庭、降り注ぐ太陽、木陰、ベンチ、ハンモック。
お昼ご飯を食べ終えて、午後1時過ぎに昼寝で庭先のハンモックに寝転ぶ。何だか眠いなと思いつつ目を閉じて、二度と開く事はない。そんな結末。
そればかりを考えている。
何だかんだ、私は東京という街でバリバリ働く事が出来る才もあるけれど、根は自由奔放な創作家なのだと思い知る。うるさい所は嫌いだし、馴れ馴れしい他人は苦手だし、私生活に突っ込まれるのは不快だし、叶うなら好きな時に人と喋って、後は自分の芸術だけに向き合っていたい。そんな、自分勝手な人間なのである。
多分、私はこの地に生きる人間じゃない。海と空が綺麗な所。夜風が心地いい所。車のエンジン音が響かない所。虫が少ない所。動物が伸び伸び生きている所。
私が、音に耳を任せ、色彩に目を輝かせる所。
それがこの地でなかっただけの話。
やっぱりギリシャかな。速めにギリシャご勉強しようかな、なんてくだらない事を考え、東京という街を離れる準備をしている。来週の今頃にはもう、私はこの地から去っている。
東京という街はよく冷たい所だと言われるけれど、別にそういうわけじゃないと思う。地方から出てきた人は、人間関係の希薄さに驚いてそう言うんだろう。私はむしろその希薄さを愛しているけれど。
さて、私はまた違う土地に住む。引っ越し準備は面倒だが、独身だからこそどこへでも行けると思っているから。好きなだけ引っ越して、好きなだけ世界を見ればいいと思う。
そして、いつか海街高台午後一時過ぎに、昼寝をして死ねる終わり方であればいい。
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