君が死んだ、綺麗な夜だった。
空に打ち上がった花を憶えている。
海面は鏡のように反射し、一瞬の輝きを映しては消え灰が降り注ぐ。空に上がる抜けた空気の音、全身に響き渡り心臓さえも脅かすほどの爆発。咲いては消えを繰り返す夏の風物詩を見る人々は皆スマートフォンを手に一瞬を収める事へ躍起になっていた。
どうせ見返さないくせに。画面を通して空を見る人々を横目にそう思った。所詮SNSにあげるだけの映像。自慢、虚栄心、承認欲求に優劣。インターネットがある世の中が当たり前になって、多くの人の生活を覗き見る事が可能となった今、より良い生活を送っていると見栄を張る人間がほとんどで。等身大の自分がそこに映る事はない。
本当に美しいものはこの身体でしか感じられないと思っている。
空気、温度、音、色彩、匂い、衝撃。瞬き一度の間に過ぎ去った時さえ、その全てだと感じている。いくら写真を撮っても色彩しか映らないように、動画にしてもその瞬間に感じた空気や匂いは伝わらないように。
しかし残すのもまた一興だと思うのは、人は簡単に忘れてしまう生き物だから。脳は許容限界があって、新しい物を詰めていくには古い物から押し出されていく。
生まれてから今までずっと、人は無意識のうちに記憶をアップデートしてきた。バージョンが追い付かなくて消えた記憶はどれくらいあるのだろう。きっと、両手のひらを器にしても抱えきれないほどで、指の隙間からまた零れ落ちてしまうんだろう。
だから見返さなくても残すのは良い事なのかもしれない。もっとも、この場でスマートフォンを向けている人間のほとんどが自分が満ち足りた生活を送っているのだと見せびらかすためのものであるんだろうけど。
「爆弾みたいだ」
呟いたのは記憶の中の誰か。私は一度目を閉じる。再び爆発音が鳴り、全身に地響きのような衝撃が走った。
「花火は綺麗だけどさ、打ち上がった時の衝撃って大きな爆発が起きたのと同じなわけじゃん?」
「いつか爆発音の飛び交う場所で逃げ惑う時、今日の光景を思い出すのかな」
そんなの堪ったもんじゃない。有り得ないいつかを口にしたその人は笑う。
「有り得ない事なんて無くない?だって明日世界が終わるかもしれないし、俺らだって数秒後生きてるとは言えないよ」
「今が永遠に続くわけじゃないんだし」
それでも空に上がる花を見て、照らされた横顔に目を奪われた。いつかなんて来ないよと口にして、指を絡ませ手を取り合った。一瞬は永遠になり、これからも続いていく。
思い出になる事なんて、生涯ないと感じながら。
「本当にそうだね」
呟いた一言は花火の音に掻き消された。空をかいた手、開いた瞼の先に輝く色彩、隣には誰もいない。
「今が永遠に続くって、君がいなくなってから初めて知ったんだよ」
夏の夜に咲く花は、思い出一つ残して散っていく。
それは永遠のように思えた一瞬の中で起きた私たちの物語で、
君が死んだ、綺麗な夜だった。
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君が死んだ、綺麗な夜だった。
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