見出し画像

馬鹿みたいな時間に意味を見出すのが人生だと不意に思った

ずっとやりたかったことを、やりなさいと貴方は言った


自分にはこれしかないとしがみつき、報われない努力を重ね疲弊し全部終わらせたかった時間がある。迷走。人生で一番悲しかった事かと問われれば否と言うだろう。そもそも、一番悲しかった出来事なんて甲乙つけがたい。レベル的にはどれも同じような物である。

けれどこの二年は何十回も自分をゴミ屑だと嘆き、書き出した最初の一文を破り捨てるような日々だった。こうなりたい、こんな未来に辿り着きたい。最初に抱いた希望が何光年も前に死んだ星のように点滅し消えそうになる中、まだ駄目だ、あと少しだけでいい。光り輝いてくれと地に這いつくばりながら祈っていたような時間。

一人で暮らすようになって私は仕事以外のほとんどを書く事に注力した。帰ってきてパソコンを立ち上げ、休日は起きてから寝る直前までずっと、キーボードを叩いてはバックスペースキーを押した。

叶えたい事があった。こうなりたいと、願う未来があった。幼い頃夢見た幻想を、一つ一つ拾い集めたかったのだ。

ねぇ、君は無理だと言われ続けて諦めたと思っていたけれど、本当は違う、諦めた振りをしていただけだろう?

一人になって初めて向き合った本音に、そうだねと返した憶えがある。そうだ、誰が無理と言おうが、酷い圧力をかけられようが否定されようが、ずっとずっと、あの頃見た叶うはずもない幻想を拾い集めたかっただけなんだ。

その幻想に挑戦できる立場を経て、私は随分と変わった。まぁ端的に言うと、エンジンをかけ過ぎた。いつ叶うかも、そもそも叶えられるかも定かではない未来に、絶対出来ると思ってもいないくせにしがみついてアクセルを両足に踏んだような感じだった。

実際は、月に手を伸ばし手に入れようとするに近い未来なのにね。

否定の言葉が聞こえなくなった世界で、敵も味方もただ一人、自分だけとなった。簡単だ、キーボードを打つ指さえ止めれば全てが終わる。けれど止めさえしなければ見えない未来に近づく。諦めと挑戦はどんな物事であろうが紙一重の位置にいるのだと知った。


そんな感じでアクセル踏み抜いて、報われない時間を重ね続けたせいで酷く疲弊した。もうやめよう、無理だ、出来っこない、だって才能がない、私は私がどうしようもない人間である事を十二分に理解している。

ネガティブな言葉が浮かび上がる度顔を覆い、けれど次の瞬間にはまた性懲りもなしに何かを書いていた。私は自嘲した。ああ、お前もう無理だよ。どれだけ嘆こうが苦しもうが報われなかろうが、お前は絶対止めないんだ。止められないんだよと、突きつけられる度乾いた笑いが零れていた。

今となっては諦めの悪い性格で良かったなと思う。というより、反骨精神。馬鹿みたいに比べられて、ふつふつと湧き上がる悔しさといつかやり返してやるという復讐心にも似た執着、捻じ曲がった性格はこの件に関していい方向で作用した。

後悔を重ねて、報われない絶望感を募らせ、僅かに見えた月明かりが雲に隠れ見えなくなったとしても、立ち止まって諦めて終わりを待つような人間でなくて良かったと思う。ていうか成功体験なんぞないに等しいのに、凄いよお前。褒めてくれる人がいないなら自分で褒めればいいという発想に至ったのも本当に良い。よくやってるぜ。


そんな諦めの悪さの中、磨り減らした心は救いを求め読みもしない本を買い漁ったり糖分に逃げ幸福を得ようとした。ジュリア・キャメロンの「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」という本を見つけたのも、本当は誰かにこの無謀に思える挑戦へ、背中を押して欲しかったのだろう。

安心感を取り戻しなさい、アイデンティティを取り戻しなさい、本来の自分を――。心地良い言葉が書かれているそれは啓発本と言うようなもので。それまで読んだ事のない部類の自己啓発本は少し面白かった。

が、最初の方で書かれているモーニングページを書きなさいという提案を二週間も経たぬうちに止め、本のほとんどを読んでいないのが私クオリティである。終わってるって?ね、本当に終わってる。

まず、朝起きてすぐ過去の事や今日やろうとしている事を書くのがきつかった。朝はギリギリまで寝ていたい人間なので。食事しながらメイクして、20分も経たずに家を出るくらいの人間なので。もう無理だった。

ああこんな簡単な事も継続できないのか自分は、と絶望をさらに加速させたのだが、よく考えたら継続という単語が嫌いなワードベスト10に入るくらいにはルーティン化された行動が出来ない人間だった。

今日は書く、今日やるで生きていた人間ではなかった。何も考えず自然に椅子へ座り作品と向き合うのが私の普通だった。勿論〆切は絶対厳守だが、毎日このくらい進めようなんて計画的な事など出来ない。何故ならエンジンがかかれば一日で終わってしまうからだ。

そんな気ままで自己中心的な人間が2年ほど報われない努力に加速させ突っ込んでいた事が凄いまであるのだが、そこは置いておこう。


アイデンティティを取り戻す、本来の自分を取り戻す、安心感を。書かれた全てに頭をひねらせた。

まず安心感。これは簡単に金銭だろう。ぶっちゃけ金さえあれば一生報われない努力をしていても、自由に書く事が出来るからだ。書く事=金銭に繋げないと生きていけないと思うからどうしようもないのであって、大金があれば正直皆安心する。人類皆、大金持ちであってくれ。

アイデンティティを取り戻す。アイデンティティとは自分が自分である、他者や社会から認められているという感覚の事で、存在証明と言うのが分かりやすいだろう。
ふむ。今はそうでもないが私は昔からずっと、自分以外の誰かになりたかった。自分が自分であるという事に、何の喜びも感じなかったのである。他者や社会から認められている感覚は、もうそいつ次第だろ。本人の意識次第でどうとでもなるわ、とツッコんだ。


最後に、本来の自分を取り戻す。
……はて、本来の自分とは何だろうか。何を以て本来の自分と言うのだろうか。むしろ、どれが本来の自分なのだろうか。
小説家の自分?プライベートの自分?ゴミ屑だと嘆き部屋の隅にいる自分?友人の前で何の障害も感じないくらい楽しげに笑っている自分?家族の前でぷいぷい文句を言いながらも自由に見せている自分?

はい、どれ?

正解は全部自分だ。関わる人で表情を変えるのは人間の特徴だから。弱音も絶望感も、誰かに見せるような物ではないと知っていた。私は意外にも、表ではそう言った弱音を吐かない。ていうか駄目駄目になる原因はいつだって書く事が関連しているから。

そういったクリエイティブな悩みを理解できる人は少ない。なーんでこんな文章書いた、なんで出来ないんだ。傍から見れば羨ましい悩み。だって作家という立場を得ているのだから。けれどその中にいる誰かが、死んでしまいたいほどの絶望を抱いている事など分からない。

どこまで行っても、我々は誰かの悩みを本当の意味で理解できるわけじゃないんだから。

ただ何となく、どれも正解だけど違うな、と思った。私は他の誰かになりたいと願う自分が本当は嫌だったのだ。繕うのも、キャラじゃないと言われるのも、ずっとずっと嫌だった。今の自分が嫌だった。

だってきっと、もっと自由になれるはずなんだ人間ってのは。

人が想像した物事は必ず形になると言われるように、周りから愚か者だと言われた人々が歴史に名を遺したように。人は自由であっていいはずだし、自分で良かったと、長い人生のどこかで思える瞬間があってもいいはずだ。


私はまだ、それを思えないから必死になって月に手を伸ばしているんだと気づいた。

気づいた時には止まらなくなって、あー、そうか。なるほど理解。自己啓発本なんぞと思っていたが、アイデアも気づかなかった正解もいつだって世界中に散りばめられているのを忘れていた。

あの日、埃の被ったソネット集を見つけ文字をなぞった日のように。

言語化出来なかった、曖昧な感情を表すための最適解。それが見つかった気がして、またキーボードを叩いた。

さて、この時間がどれほど続くかは分からないが、きっとこれをやめた日に後悔すると確信していた。散々積み重ねてきた後悔をこれ以上増やさないために。


私は私のために、この報われない馬鹿みたいな時間に意味を与えたいと思った。


そうして続けた時間に返って来た答えに唇を噛み締めた。ねぇ、頑張ったねと寄り添うような言葉と、ほらね言っただろ、やれば出来るんだって。私はそういう人間なんだって。努力は必ずしも報われるわけではないと分かっていても、欲しい物のために手を伸ばし続けて結果を出せる人間だって信じていただろ?と拳をぶつけ合わせたような感覚があった。


私は前向きになれた。自分で良かったと思えるようになった。ゴミ屑みたいな時間が線を描き、点滅していた星がそれを繋げ一本の道を創り出した。私の目の前に伸びたそれは、深海を漂っていたノーチラス号の光よりも確かで浮上するまでの道を教えてくれた。


ああ、この先何があっても大丈夫だと思った。だってお前はあのどうしようもない時間を生きて幻想を拾い集めたんだから。まだ沢山散らばる幻のような夢物語を、私は拾い上げなければならない。誰のためでもない私のために。私が幸せだと思いたいがために。


いつか、抱えきれない花束のような幻だった夢物語を搔き集めて笑って死んでやりたい。満足だと言ってやりたい。まだ、まだ全然足りないから。このままでは悔しいだけだから。諦める事を諦めたしょうもない物語を続けた先で、何度も365日を超えていけるように。


世界から忘れ去られても、私は私のために書くのだと決めた。

もしよろしければサポートお願いいたします! いただいたものは作品、資料、皆様へ還元出来るような物事に使わせていただきます!