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自然と人類の循環の再生 - 「生命の島」屋久島で見つけたプラネタリーヘルス、死生観、Well-being

こんにちは、守屋祐一郎です!ユビー聖路加国際大学公衆衛生大学院(School of Public Health,以下SPH)に所属しています。

最近プラネタリーヘルス死生観、Well-beingに強く関心を持っています。先日のIVS 2024では下記セッションを企画しました。

プラネタリーヘルス。開催レポートはこちら(with Planetさんありがとうございました)
死生観とWell-being。開催レポートはこちら

後日理解を深めるため、杉下先生が活動されている「生命の島」屋久島を訪ねました。「自然への畏怖と畏敬の念を抱き、Well-beingと社会的インパクトを再生建築(サウナ)として社会に実装する」という趣旨のもと、2日間大自然に没入→再生建築(サウナ)のコンセプトを企画する、という刺激的なプランで、東京生まれ東京育ちの私には全てが新鮮でした。本noteはそんな屋久島探訪の振り返り随想です。

一緒に巡ったIVSソーシャルメンバーの知性・感性豊かな感想もぜひご覧ください。

上記非常に共感するところであり、加えて、

  • 人類は自然の循環の中を生きている。自然、人類を包摂した生命の循環を再生する手段として、プラネタリーヘルスを捉えられるのではないか?

  • 自然、人類が共に生きる生命の循環を再生する過程に、大いなるWell-being(Our Well-going)のチャンスがあるのではないか?

という感覚を得られた貴重な機会だったと振り返ります。屋久島の身体知を振り返りながら、脳内をnoteに書き殴ります。(注:いつも以上に専門用語と抽象的な記述を濫用します)

人類は自然の循環の中を生きている

再生建築のコンセプトを言語化すべく、自然、文化に潜在する価値の発見を目指し、屋久島の大自然を楽しみながら観察しました。

岳参り:鮮烈な生命の循環

まずは「岳参り」で山、森にDeep Diveしました。岳参りは山の神へのご挨拶の意味合いを持つ、屋久島の美しい伝統です。

島では約500年前から毎年、里の安寧を願い、山の神に感謝を伝えるために、代表者による参拝登山を続けてきた。

屋久島の岳参り、山の神にささげる祈り

数百・数千年の歴史を持つ巨大な屋久杉、枯れた樹体に新たな生命を育む新芽(OGP画像)、一面を覆う深緑の苔から、「自然に癒される」という次元を超越した圧倒的な生命の循環を目前にし、「自然を前に畏敬・畏怖を感じるとはこのことか」と痛感しました。

逞しい
でかい

カヌー:単独行為不可能性、Our Wellgoing

次にカヌーを通じて川、水にDeep Diveしました。屋久島の大自然を精一杯観察する気持ちで挑むカヌーはこれまで経験したものとは全く異なりました。特に、休憩がてらカヌーを降り川遊びを挟んだ前後で明確に水と私の間の関係性に変化が起きたことは貴重な経験でした。

  • before 川遊び:「天気が急変して転覆、流されたら死ぬんだよな」と生殺与奪を握られている緊張感

  • after 川遊び:水や風の流れを感じながら自然を観察する余裕があり、山から川へと流れる自然の循環と自身の境界線が解けたような一体感

ここに京大出口先生のおっしゃる「一人では何もできない(単独行為不可能性)」、「Our Wellgoing」を体感できたと振り返ります。Our Wellgoingとは、Well-beingの主体を個人から個人+周囲の系(Our)へ、また静的な状態(being)で享受するものはなく動的なプロセス(going)の中で身体的に感じるものと捉え直す考えです。

参考:出口先生のFrom My Wellbeing to Our Wellgoing

山から川に滴る水に、自然の循環を見出す

これらの体験は本能に強烈に語りかけてくるようで、「我々は自然の一部なんだ」と、自然と共に生きる感覚を取り戻させてくれました。

と同時に、「自然と人類の循環を普段感じていないこと」、「人類の利己的な活動が循環に歪みをきたしていること」への違和感を覚え、再生建築の大方針は「自然と人類の循環再生装置」でありたい、と感じるに至ります。

自然と人類の循環を再生する先駆者

今回の滞在ではスペシャルな空間に滞在しました。建築の美しさ以上に、コンセプトとこだわりへの感動は忘れられません。

住めば住むほど、自然が澄んでいくRegenerative Life Studio ”Sumu”

Sumuは島の自然環境を再生・循環させながら、日々の生活のなかで環境と関わり、自然にも人にも優しい豊かなライフスタイルを体験できる場として創設された再生建築です。Instagramをご覧いただければ、その温かい美しさに心奪われます。そしてSumuの美しさの本質はそのコンセプト、自然との関係性にあります。存在そのものが、周囲の自然に対するポジティブな介入として機能しています。

再生建築という装置を通じたクスノキの再生
元気なクスノキと力強いコケ、風の道としての高床下に覗く蓄電池の輝き

再生建築と私のかつての専門である再生医療の共通点も興味深い発見でした。Sumuにおいて土壌菌、菌糸が担うメッセンジャー的な役割は、再生医療におけるエクソソーム、パラクライン効果の働きと近いと感じるとともに、他にも自然と人体には多くの相似構造があるのだろうと仮説を持ちました。人類を自然の循環の中に位置付けた時、ある種のフラクタル的な関係性を介して"馴染んでいる"のかもしれません。

また、「水の気持ちになってみると・・・」といった、自然を主語に置き直す発想の転換、思考実験も印象的でした。プラネタリーヘルスの主語/目的語を人類に限局しては、本質を捉え損ねかねない、と感じています。気候変動と"戦う"スタンスを超えて、いかにより良い生命の循環を未来に遺せるか、に旗を立てる必要がありそうです。

自ら然しく、表現する。Art x Retreat x Commons "Arc yakushima"

アート&リトリート空間「Årc yakushima」は都市と地域の新たな関係性を生み出すコモンズです。美しい建築と想いのこもったコンセプトに、代え難い豊かさを感じました。

Arcには、都市と屋久島の"間"、"1.5拠点"という願いが込められており、お部屋には「十六夜」といった月の呼び名が割り振られています。間の旧字が"閒"であり「門を閉じても月の明かりがもれるすきま」 の意味を持つこと、加えて円弧(Arc)が持つ循環のニュアンスともかけられた上品なネーミングとこだわりに脱帽でした。

Arcで再生建築(サウナ)のコンセプトをブレスト

個人的に、不老不死と死生観を描いた作品「円弧/Arc アーク』が好きだったので、死生観を考える旅でお世話になったご施設の名前がArcとは奇遇だな、と感じています。

自然と人類の循環再生装置とOur Wellgoing

大自然、加えて先駆者の試みに触れ、「自然と人類の循環再生装置」の輪郭が見えてきました。

  • 人類目線では、「"我々は自然や地球の生命の循環の中に在る"という感覚を再生する装置」

  • 自然目線では、「"水の流れが滑らかになる、地中環境が豊かになる"といった自然の循環を再生する装置」

のように意味を持たせられると良さそうです。まだ道半ばですが、自然と人類の循環を再生する過程に、大いなるOur Wellgoingの兆しを感じています。自分一人、もしくは人類だけのWell-beingではなく、共に過程を共有する仲間、さらには循環を再生する自然や地球といった系のWinを意識すること。Well-beingを単一の定義や固定的な質問表で測れるものに限局せず、より動的・身体的なプロセスの中で浮遊・共有される多様な感覚への拡がりに自覚的であること。まだ朧げですが、言語化と議論を重ねて、イメージを具体化していきます。

加えて、自然と人類の循環再生装置と死生観の繋がりに対する解像度を上げる必要があります。死は科学の敗北であり悲しみの象徴=忌避すべきものではなく、輪廻転生即ち生命の循環におけるいちプロセス(Well-dying)と見做していけるのではないか。桜のように、終焉があるからこそ命は美しく輝けるのではないか。グローバルヘルスと医療人類学を題材に、これらの問いに対する解像度を高めます。途上国の病や命に対する考え方の再解釈と撹拌による死生観のリバースイノベーションは、ある種のゆり戻しであると同時に、人類の新たな進化に向けた出発点になり得ると考えます。

リジェネラティブ・インスタレーションによる"社会彫刻"

私はかねてよりアーティストに憧憬と尊敬の念を抱いてきました。関与する事業、研究、政策提言、コミュニティ、イベントなど全て、ヨーゼフ・ボイスが言うところの「社会彫刻」の手段と位置付けています。また物事を探求し半自動的にビジョンを思い付いてしまうオタク x 妄想家な性分、加えて専門用語や解像度の調整力量不足から、「うまく伝えるのむずいな」という苦しさを抱えて生きており(このnoteも非常に読みづらいことと思います。読んでくださりありがとうございます)、言葉以外の表現方法を求めていました。そのような文脈からアートに関心を持っていました(趣味投稿:アート)。

今回、自然と人類の循環再生装置≒リジェネラティブ・インスタレーションを創造することができたら、「守屋の言ってることは相変わらずよくわからんけど、確かになんかめっちゃええやん」的な腹落ちにつながる創作表現とできそうです。サウナオタクとして、プラネタリーヘルスと豊かな死生観のアップデートを願うパブリックヘルス活動家として、表現の技を増やすことの意義は大きいです。

10月には屋久島への再訪、さらにDeepな探求を予定しています。内省による感性の鍛錬、文献を基にした客観的理解と仮説構築を深め臨みます。

心にオラファー・エリアソンを

きっかけをくださり、超充実の企画コーディネートをしてくれたJINEN波崎大知君に心から感謝します!次もよろしくお願いします!

おまけ。大自然の中で寝落ち→目覚めると荘厳な月光、山、海。心に突き刺さる絶景でした

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