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第四十五話(*性表現、暴力表現がありますのでご注意下さい)

 暗く殺伐とした折檻部屋を、男女の睦み合う息遣いが、淫靡な空間に染めていく。

「…すまない、すぐに助けてやればよかった…」
「クッ…あっ…」

 伊蔵の獣のような欲望を目の当たりにした時、お凛は、乱暴に犯されることを覚悟した。しかし伊蔵は、折檻で痣だらけになった身体を、まるで壊れ物でも扱うように優しく愛撫し、お凛も気づけば切なげに声を上げていた。
 伊蔵のまらが、いよいよそこに当てがわられ、ゆっくりとお凛の中へと入ってくる。姉女郎達に、初めては相当痛いと聞いていたが、息もつかせぬ折檻で地獄の苦しみを味わっていたお凛にとって、それは大した痛みではない。

「優しくする。お凛、お凛…」

 お凛の名を何度も呼びながら、ボロボロになった身体を大切に抱こうとする伊蔵の姿に、お凛はたまらない気持ちになる。

「伊蔵さん」

 お凛は、罪滅ぼしのように伊蔵の名を呼び、やがて、昂る興奮のせいか、お凛の中であっとゆう間に果てた伊蔵は、お凛に顔を近づけ囁いた。

「お凛、俺は時期すぐに殺される、でも最後におまえを抱くことができた。俺の人生に悔いはない。このまま一緒に、俺と死んでくれるか?」

 伊蔵の顔に、はっきりと浮かぶ死相。きっと自分も、この男と同じ顔をしているのだろう。千歳屋の水揚げから逃げ死のうとした自分に、断る理由などあるはずがない。

『お凛さんの気に入ってくれた僕の絵で、お凛さんを描きますよ』

 だが、伊蔵と共に立つ死の淵でお凛の頭に浮かんだのは、最後に見た毅尚の笑顔と、約束ですと絡めた綺麗な指。

『きっとその人はまた、お凛ちゃんに会いに来てくれるよ!』

 もう全てを諦めて死のうとしていたはずなのに、なぜ今、梅の言葉を思い出してしまうのか。自分のものになど絶対にならない男に、なぜ、せめてもう一度だけでも会いたいと願ってしまうのか

「伊蔵さん…」

 答えのない一瞬の逡巡を断ち切り、お凛は、惚れた男と死を望む遊女のように伊蔵の名を呼び深く頷く。

「一緒に死にたい、殺して…」

 お凛の嘘を信じ、命がけで忘八から自分を救ってくれたこの男のために、お凛は一世一代の芝居を打ったのだ。

「楼主!」

 とその時、縛られたまま黙って自分達を見ていた平太が突然大声を上げる。

「これは一体…伊蔵!お前!」

 折檻部屋へ入ってきたのは源一郎だった。源一郎に気づくや、伊蔵はお凛の喉元に刀を突きつける。

「やめろ!」
「少しでも近づいたらお凛を殺す!」

 お人好しの源一郎は、伊蔵の言葉に足を止めたが、お凛が覚悟を持って伊蔵を見つめると、伊蔵は愛し気に目を細めお凛に笑いかけた。

(今度こそ死ねる)

 安堵にも似た気持ちで微笑み返し、刃を待ちわびた次の瞬間、肉を裂く音が響きわたり、辺り一面が鮮血で染まる。絶命し倒れたのは、お凛ではなく伊蔵だった。伊蔵は、お凛の目の前で、自らの首に刀を刺したのだ。

「どう…して…?」

 まだ温かい伊蔵の身体がお凛へと倒れこみ、自分の肌に滴り落ちてくる伊蔵の血の生臭さを感じながら、お凛はついに気を失う。

『お凛!』

 意識を手放す寸前、源一郎の声が、微かに聞こえたような気がした。


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