【短編・自作小説】『悠久の図書館へ』
この作品は短編ADV『ファミレスを享受せよ』に影響を受けた筆者が、ファミレスを享受せよ風の空間を舞台にして書いた短編小説です。(要はファミレスを享受せよに影響されて書いた作品です)
見上げるほどの量の本があった。
高くそびえる沢山の書棚には、数千、数万の書籍が納められているように見える。世界中の本があるのだろうか。
机や椅子もある。
長机に、個人用の机、椅子、ベンチ。
窓があった、外は暗い。
暗闇のような、宇宙のような、黒く塗り潰されているような、真っ黒な空間が広がっている。
時計がある、刻一刻と時を刻んでいる。
日付が分かるものは無い。
この空間に来てからどのくらい経っただろうか。
ずっと本を読んでいた。他に出来る事が無いからだ。
最初こそ出口を探したり、他に人がいないか探したりしていた。
だが、暫くして出口も無ければ人もいない事が分かった。
窓も割れない。外には出れないようだった。
不思議なことに、ここに来てから体の疲れや空腹を感じない。
眠気もない。寝ようと思えば眠る事は出来るのかもしれないが、寝る理由がないのでしていない。
パニックに陥る事もあったが、意外にこの状況を受け入れつつあった。
そうして幾らか諦めが付き始めた頃、書棚の気になった本を読むようになった。
他にやる事がないのなら、本でも読んでいるしかない。
周りには本しかないのだから。
私がここに来た原因は見当がついている。
一冊の本だった。
建てられたばかりの図書館、そこで見つけた一冊の本を読んでいるうちに、いつの間にかこの場所に来ていた。
今もその本は手元にある。
同じようにもう一度読んでみたが、元の図書館に戻れる事は無かった。
数千年、数万年たっただろうか、本を永遠と読んでいた。何しろ他にする事がない。
本が無くなる事は無かった。
時折、気付くと図書館の部屋が増えており、その部屋には同じように本棚があり、読んだ事のない大量の本があった。
読むのは主に小説だった。
ずっと一人でいたので、小説から感じる作者の人間性のようなものが、寂しさを紛らわせるにはちょうど良かった。
一つだけ、タブレット端末があった。
ずいぶん前に中身を確認したが、あるのはテキストファイルだけだった。
膨大な数のテキストファイルだ。
当初見た時は、ランダムで生成されたかのような、ただの不規則な文字列が書かれているだけだった。
数万年たった今、もう一度確認してみた。
テキストファイルの数はさらに増えていた。
中身を確認してみると、今度はランダムな文字列ではなかった、意味を成した文章だった。
小説だ。
いくつもの小説が生成されていた。
タブレット端末の中で自動的に生成されたものだろうか。
機械が書いた小説だろうか、面白そうだ。
時間を潰すにはちょうど良い。
さらに数年の時間が経っただろうか。
相変わらずタブレット端末の中の小説は増えていくばかりだった。
読んでも読んでも数が減らない。
読むスピードよりも小説が生成されるスピードの方が速いようだった。
そろそろ人の書いた本が読みたい。
本の部屋がまた増えていた。ちょうど良い…
そうこうしているうちに、数万年たっただろうか。
相変わらず永遠に本を読んでいるが、この図書館から出る方法は見つからない。
とっくに限界は来ていた。
体はいくら経っても衰えず朽ちる事もないが、心はそうではないらしい。
状況に対する絶望と受容を何度も繰り返しながら、既に永遠を受け入れたつもりだった。
それでも、ふと急に限界が来てしまう。
そうして、絶望と受容と限界期を繰り返しながら、何万年もこの空間で暮らしてきた。
そろそろそれも無理が出てきたかもしれない。
もう一度、本を読もう…本を読むしかない…
どのくらいの時間が経っただろう。悠久とも呼べる時間が経った。
昔、ここに来る前、もう遥かに前だ。
本を読むための時間が欲しいと何度も思った事がある。
世界中の本を、話題になった本を、興味をそそられた本を、時間の許す限り読んでみたい。そう思っていた事がある。
こうして思いもよらない形で実現したわけだが、もう充分だろう。
読みたい本は全て貪るほど読んだし、機械が生成した物語を読むという体験も出来た。
もう、充分だ。
何万年もたってようやくそう思い始めた頃、図書館に今まで無かった現象が起きた。
人だ。私以外の人がいる。
私が図書館に来て最初に訪れた部屋に、私以外の人間が現れた。
人とは何万年も話していない。
「どうだった?」
”彼女”は私に訊いた。
どうだったかって…?この図書館での数万年の事を訊いているのだろうか。
本は沢山読めた。
読みたかった作家の本も、気になっていた小説も。
役に立つかどうか分からない実用書も。
自分には全く関係が無い分野の参考書も。
知らない街の郷土史も。
私の世界はこの図書館の中だけだったが、本を読む事でどこへでも行けた。
たくさんの経験が出来たのだ。
「もう充分そうだね」
彼女はふっと笑う。
「そろそろ、帰ろうか」
気付くと、私は図書館の机に座っていた。
何万年も過ごしたあの図書館ではない。
あの図書館に来る前に訪れた図書館だった。
日付を確認した。あの時のままだ。
西暦も日付も、あの図書館に飛ばされた日のままだった。
戻ってきた…
手元には、図書館に飛ばされる原因となった本があった。
ふと作者の名前を確認する。
女性の名前だった。
プロフィールの写真には、あの図書館で最後に会った女性そっくりの顔が写っている。
本の名前を確認した。
『悠久の図書館へ』
そうか、そんなこともあるか。
すっと何かが腑に落ちる気がした。
もう今日は本を読む気は無い。
帰ろう。
図書館の外に出た。
空は晴れ、陽ざしが煌々と照っていた。
~終~