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『活かすゲーム理論』刊行記念・座談会③
(前回の記事はこちら)
一貫して試行錯誤している書き方
――本書の特徴は他にありますか。
森谷:じゃあ、ちょっと浅古さんのほうに質問を。さっきの終章の話ばかりをしてしまったので。『活かすゲーム理論』の中で特徴的なのはたしかに終章なんですけど、活かすための準備作業を1章2章で浅古さんがけっこう丁寧にされてたと思うんです。だから普通の読み方じゃない読み方を読者にしてもらう準備作業を浅古さんが1章2章でやっていると思うんですけど、そのへんは1、2章書くときに大変だったとこととか何かありますか?
浅古:どこらへんですか?
森谷:序章、1章、2章で分析をするための準備作業をしてもらっているじゃないですか。分析の方向に意識を向けてもらうための。それを受けて私は終章を書いているんですけど、前半のほうでゆっくりと準備してもらっているのは浅古さんのところだと思うんですね。……と思ってたんですけど違いました? 違ったら忘れてください(笑)。
浅古:どのへんを話せばいいかな。いっぱい書き直したので。通貨危機とか昔書いてたような記憶があります。そういう意味では終章と一緒ですよね。事例もとっかえひっかえして。第1章の事例のサクラエビは最初はうなぎかなんかだったし。でも、プール制のほうが不思議だから、そっちのほうのメカニズムを説明するようにしようという感じで書き直しました。そういう意味では、この事例をモデルで説明する価値があるものを選ぼうと考えていました。
第2章のゲーム機の戦いでも当時は、なんでプレステがこんなに勝って、セガと任天堂が大敗を期したのかはちょっとした謎ではあり、議論になっていました。この争いを解説する一般向けの本が出たりしてたくらいの話だったの。そういう事例を選んでいます。
だから、どちらかというと読んで面白くて、事例からスタートして面白くなるようにというのは意識しました。いきなり囚人が出てきてみたいなおとぎ話から始まるんじゃなくて、なんでサクラエビ漁でプール制が導入されたんだとか、なんでプレステ一人勝ちなんだとか、そういう事例の面白さからスタートして分析しているということです。事例の面白さというのが、まず1つあるかなと思います。
事例をとっかえひっかえしていくなかで、いろいろ議論にはなったんですけど、たとえば第2章の終わりに、いわゆる「安全保障のジレンマ」みたいな話を持ってきました。
森谷:これ面白いですよね。
浅古:モデル化の方法はいっぱいあることを伝えたかったんですよね。さっきも話した「米中貿易戦争は囚人のジレンマです」という安易な結論づけを避けてもらうためのものです。「囚人のジレンマです」じゃなくて、他のいろいろなモデルで説明しうることを説明しています。最終的には、パラメータを置いて一般化して分析してもいいよねというところも含めて、答えは1つじゃないことに気づいてほしいんです。安全保障のジレンマは、囚人のジレンマでも鹿狩りゲームでもチキンゲームでも説明できるという「幅の広さ」を見せることができたと思います。
練習問題でも貿易摩擦は話として出していて、当然、第2章の最後を読んでいる人にも、練習問題で貿易摩擦を見れば、そんな囚人のジレンマという単純な話じゃないということがわかると思います。そもそも経済学では自由貿易というのは社会厚生を最大化すると考えることも多いので、もしそうであるならば囚人のジレンマではないかもしれない。それでは、どういう状況を考えていけばいいのかを試行錯誤してほしくて、第2章の最後は書きました。そういう意味で、1、2章で一番気にしたのはやっぱり事例の面白さと、そのモデルのつくり方の解が1つじゃないところだと思います。解が1つじゃないんだったらどうやってモデルの立て方を探すんですかという点が、終章につながっているのかなと思います。
森谷:この第2章の第6節(「ゲーム理論を活かすということ」)がすごく良い準備運動になっているような気がして。「この教科書はゲーム理論を勉強することだけではないよ」と伝えていますし、現実を分析するにしても、国際紛争だから囚人のジレンマという安直な切り方を許さないように準備をしているというか。そういう感じがして第6節はすごいいい準備運動だと思うんですけど、何かこれって元ネタがあるんですか? まったくオリジナルでやっているんですか?
浅古:元ネタというか、核保有の話自体が政治学のいろんな教科書や本で取り上げられていますが、説明の仕方が違うんですよね。参考文献にも載せているけど、囚人のジレンマで説明するものもあれば、鹿狩りゲームっぽく説明するのもあれば、チキンゲームっぽく説明するのもあって、答えが一意じゃない。最初貿易でやろうと思ったんですけど、貿易って安易に囚人のジレンマと言う人が多くて。「これ囚人のジレンマなんです」って、そうとも限らんだろうと。そっちは書きにくいなと思ったので、どちらかというとバリエーションがある安全保障の話をここでは持ってきた感じです。
図斎:今、1章2章の目次とか中をパラパラ見直してて、森谷さん最初のパスのほうをもうちょっと拾うと、第2章第6節のところは終章とのつながりで言えば、いわば比較静学を見据えていたわけですよね。更に振り返ると第1章第3節(「共有地の悲劇」)では、モデル化自体もかなり微に入り細に入りしつこく丁寧に、こういうふうに利得表をつくっていきますよみたいなことを言っているわけです。たしかに第1章というのは、戦略形というゲーム理論のモデルの立て方を教えるところでもあるのですが、そこで「戦略形は戦略を並べたものです」、「囚人のジレンマの戦略は自白と黙秘です」というのを天下りでポンと出して終わりにするのではなくて、事例がこうあります、それでどうやってモデルを立てていきましょうかというのをはじめに丁寧に見せているのは、やはり終章につながっていくところではありますよね。
森谷:そういえばそうですね。けっこう前だから忘れてましたけど、そういう話を打ち合わせのときにした気がします。
図斎:いきなり終章だけということでもないんですよね。わりと全体的にそういうことで見せていて、最後の終章でチャート式的な感じというか、Tipsという形でまとめていると。
浅古:書きながら試行錯誤でしたよね。最初から終章書こうとは全然思ってなくて、森谷さんは、第9章としてメカニズム・デザイン(制度設計)をがっつり書く担当だったんですよね。
森谷:そうですね、最初は。
浅古:1章2章をいろいろ言われながら書いていて、他の章も書いていくうちにまとめたくなって終章が出てきたというか、まとめられそうになったので、終章が出てきたというのがありますよね。
第1章の最初のモデルの立て方もだいぶ悩みました。入門のほうなので、普通はボンと利得を与えて「こんなものですよ」としてもよかったんですけど、図斎さんがおっしゃる通り、利得を適当に与えてボン、これで分析しますみたいな卒論にならないように、じゃあその利得表を導くまでの背景には何があったのかというのを、丁寧に議論できるように最初は意識してかなり長く書きました。森谷さんと図斎さんに言われていろいろ削りながら。
オンライン・コンテンツにはもうちょっとちゃんとした形でのモデルの解き方、利得表じゃないモデルの解き方を示しつつ書いた感じですかね。全編を通して、モデルをつくる過程での試行錯誤みたいなものが見えるような形で。そういう意味では序章から終章まで一貫して試行錯誤している書き方をしているのかな。
図斎:それでモデルを立てるところでの試行錯誤は日頃、論文を書いたり研究したりする中でやっているわけです。しかし私に関して言うと進化動学の純粋理論においては、比較静学で扱われるようなパラメータを変えたときの影響というのは、一般化されたモデルにおける動学の分析ではそんな簡単なことでもないので、実は私自身の日ごろの研究で焦点を当ててやるわけではない。だけれども、具体的なコンテクストがある中でモデルを立てるんだったら、当然比較静学はやらなきゃいけない、というか比較静学をやると楽しい。お二人の書き方とかプレッシャーとかがあって、ふだんあんまりやってない比較静学というのをあらためて意識して第4章や第6章を書きました。パラメータがこう変わると安定するところも変わりますよとか。それは自分の頭のリフレッシュにもなりました。
各章で書くべきことの優先順位としてもだいぶ試行錯誤しました。第6章の繰り返しなんかを考えると、繰り返しゲームは理論的に深いところなので、最初のプランだとここはむしろ部分ゲーム完全均衡という均衡概念自体の話をがっつりやろうかなと思ってたんです。だけど、繰り返しゲームの理論を活かすということを考えて、比較静学の話を入れました。
森谷:そのへんが図斎さんと応用寄りとの考え方の違いというところではありますよね。応用理論だと比較静学がないとちょっとという感覚がやっぱり強いので。
図斎:この章は最初のプランからはだいぶ変わりました。均衡をしっかりというのが自分の最初のイメージだったんですけど、比較静学を意識して繰り返しゲームの出てくる最後の解、条件みたいなものを丁寧に入れました。繰り返しでの部分ゲーム完全均衡みたいな話はオンライン・コンテンツのほうでしっかり書けたので、そこで回収できたかなと思います。
他の章も含めて、書いた原稿の半分くらいが本にぎゅーっと縮まって収録されていて、残りの半分がオンラインに掲載されているので、オンラインまで含めるとこの教科書はかなりお得ですよね。
(④に続く)