ストゥディア『国際私法』刊行に寄せて
わかりやすい筆致でご好評いただいている有斐閣ストゥディア『国際私法』。
このたび本書が刊行に至るまでの苦労話やエピソードを語っていただくことにしました!
ご登場いただくのは本書をご執筆いただいた次の4名の先生方。
本書を完成させるまでの、山あり谷ありの冒険譚を是非ご覧ください!
◇企画当初の素直な感想
あのときは、わかりやすくて売れる教科書を書いてほしい、と言われましたが、「売れるかどうかまでを、我々執筆者が考えなくちゃいけないの?」みたいな(笑)。そういうところから始まりました。
そこまで読者に歩み寄らなきゃいけないのか? という意識は、わりとあった気がします。他の本とどの程度違うものをつくるのか、あまり具体的にイメージを持っていなかったので、普通にそれぞれ原稿を書いて持ち寄って、それで出版されるのかなと思っていました。ここまで丁寧にやるとは考えていなかったですね。
2回目の会合のときに、編集担当者さんから「授業で使っているレジュメを持ち寄ってください」と言われまして、全員のレジュメを見ながら話をしていたら、編集担当者さんが、「こういうレジュメの代わりになる本がつくりたいんです」とおっしゃられたんですよね。そのとき、イメージがわかないままに、「はあそうですか」ってお答えした記憶があるんですけど……。
そうですね。初期の原稿を見ると文字ばっかりで。図やケースもありますけど、ずっと「である調」で……。結局、他の入門書とどう違うんだろうって。
授業で使えるわかりやすいテキストの具体的なイメージが、まだ出来上がってなくて。本当に試行錯誤、五里霧中、暗中模索みたいな感じで、一個一個アイデアを出しては潰して、ということをやっていた気がしますね。たしかに、私も授業でテキストを指定していたんですけれど、実質、自分がつくったレジュメと授業での説明がメインになっていました。「使えるテキスト」というコンセプトは理解していたけれど、何も具象化できていなかったですね。
勉強のためには、学生自身が表や図を書いたりフローチャートを作ったりして、初めていろんな知識がまとまるんだから、それを僕らが代わりにやるのは、学ぶ機会を奪って良くないという思いが今でもあります。でも、いつからかどこからか、思い切って舵を切った形ですね。
◇執筆開始
Wordの文章の段階では、会合でそれをプロジェクターで映写しながら、変更履歴機能を使って一つ一つ直していました。でもゲラになってからは、それでやるとゲラに反映できないし、一方、やっぱりゲラを見てからでないと分からないところもあるし、どうやったらいいのかが課題になって。
そういう方法の模索から始まったのも、時間がかかった要因の一つだったと思うんですよね。もともと4人がバラバラなエリアに住んでいて、コロナ前からオンライン会合をするようになっていたんですが、どういうふうにやったら効率的に、かつ後々の編集にうまく反映させられるのかを考えなくてはいけなくて。こんな方法があるんじゃないか、こういうデバイスがあればできそうだとか、そこからやっていましたよね。結果的にオンライン授業のスキルの凄まじい向上につながったという副産物もあったんですけれど(笑)。
Zoomを利用してタブレットを画面共有して話合いながらPDFに直接書き込むという方法を発見してからやりやすくなりましたね。
図表をいっぱい入れようという話になったのも、正確にいつの時点からか覚えていないんですけど……。たとえば、この写真が初期のころのバージョンで、この頃には、こんな感じで会議室のホワイトボードに申先生が描いてくださって、それを活用しようという話になっていました。
記憶をたどると、最初に契約のところと不法行為のところでモデル原稿をつくるとなったんですが、そのときに編集担当者さんが、「視覚的に訴えるものを」とおっしゃって、いくつか今のフローチャートの原型みたいなものを書きました。そうしたら、これいいんじゃないかみたいな話になりまして。私自身、授業でそういう絵とか図表とかふんだんに使っていたわけじゃないんですけれど、つくるならこういうものになるのかなと思ってつくったものが、比較的この本のコンセプトにマッチしているのがわかって。そこから、じゃあ絵にするなら、図にするならこういうのになるのかなというのが積極的に話題として上がるようになった、という感じですね。
私は、美術部に所属していたマンガ大好き少女だったので、元々絵を描いたりすることは好きだったんですが、よもやそういうのがここで活きるとは思いもしませんでした(笑)。先生方の原稿を見ながら、「もしこれを自分で描くならこうなるかな」と思っていたのは初期の段階からあったんですが、あんまり自分が担当じゃないところに口を出すのも気が引けるところがありまして。ただ、最終的な段階になって、自分とそれ以外のところとの雰囲気の違いとかレイアウトのバランスを考えると、これは全章分やった方がいいんじゃないかなと。いくつか自分なりにアレンジした図表をつくってみて、「なんとかなるな」と思えて。
いくつか図をつくった後、学会で先生方にお会いしたとき、「こんなのつくってみたんですけど、どうでしょうか? もしお許しいただけるんであれば、私のほうでつくり変えてみようと思うんですけど……」という話をしたんです。そうしたら、みなさん快く、「やってください!!」とおっしゃってくださって。
多田先生:
本当は申先生に描いて頂けたら良いなと思っていたんですよ。でもお仕事を増やすのは申し訳なくて……。
◇サビニャー先生とワンチーニくん誕生!
村上先生:
サビニャー先生っていつごろ登場しましたっけ?
過去のメールを掘り起こしていたら、一番はじめに我々のメールの中にサビニャー先生という言葉が出てくるのが、企画がスタートしてから数年くらいたってからですね。
ああ、そうそう。全章共通のキャラクターを作ったらどうかという話があって。サビニャー先生というネーミングは申先生がポロッと出されて、「それすごくいい、サビニャー先生かわいい!!」と思って。
サヴィニーならぬ、サビニャーと言ったら、皆さんに怒られますかね?とか、そんなようなことを書いた記憶が(笑)。
担当編集者:
ワンチーニくんはけっこう後でしたよね。
そうなんです。なかなかキャラクターのデザイン化がうまくできないサビニャー先生のイラストを杉本さやかさん(株式会社バードデザインハウス)にお願いする話になって、会社に伺ったところ社長さんが、「キャラは引き立て役がいるといいんだよ」とおっしゃって。それでワンチーニくんも登場することに。
◇徹底的に作り込む
最初はお互いに遠慮があるといいますか、自分の担当以外にあまり口を出すのは失礼じゃないかという意識がありました。でも、最後はどんどん他の方のところにも赤を入れたり、大胆に構成を変えさせていただいたり、自分の担当の部分を超えて、とにかく全体としていいものをつくりたいという思いが強くなりました。長らく一緒にやってきて得られた 信頼関係とか、その間にできてきた人間関係があって初めてできたことだなと思います。
いくつか本を共著で書かせていただいていますけど、この本は本当にみんなで作り上げたという感じで。特に大きかったのが、イラストレーターである杉本さんが描かれたサビニャー先生の登場ですね。あれでこれを世に出したいというモチベーションが上がりました。そのためには、下手な文章や内容ではサビニャー先生に申し訳ないと(笑)。それぞれ書いたものがまとまって終わりみたいな感覚でない仕事になりました。
そうですよね。その意味で言ったら、何回かターニングポイントになる部分があって、もちろんサビニャー先生というキャラクターを取り入れたのもそうですが、最後の最後のターニングポイントは2019年9月の……。
村上先生:
とあるカフェでの会合ですね。
この図ってそのときつくったものでしたよね。
長田先生:
そうそう。私の一番お気に入り。
私は、仕事というよりも楽しくてやっていたのが一番大きくて。4人でつくりあげていく過程で、どんどんこの本が良くなっていることを実感できて、アイデアもつぎつぎと出てきました。終わってしまって、ちょっと寂しくもあります(笑)。
多田先生:
ロスですか(笑)。
リモートですけれども、とくに2020年は多いときには週に何回も会合をして、手応えを感じながら1つのものをつくりあげるという貴重な経験をしました。もちろんこの本の会合をしていたのですが、その他にもこういう論点があるよねとか、新たな発見もたくさんあって、すごく勉強になりました。本書に携わったことで、教え方とかわかりやすく伝える方法もすごく真剣に考えることができたなと思います。どうしても研究者は研究から入るので、教育についてどうすればいいかとか、他の先生と議論する機会はあまりないのですが、この会合でどうすれば伝わるかとか、学生がどういうものを望んでいるかとか、そういうことを初めて先生方と議論しつつ具体的なアイデアとして形にできたので、私自身研究者としてもそうですし、教える立場としても成長できたなと。
それは本当におっしゃる通りで。これだけの長い時間がかかりましたけれども、一番はじめの段階で持っていた我々の教育に関する知識やスキルと、この間で得られたものとでは、本当に段違いで。それは本書に携わることによって、先生方と試行錯誤しながら得られたことです。「このあいだの授業でこんな質問があってビックリした!」、「テストの答えでこんな勘違いしているものがあった」というような話をみんなでワイワイガヤガヤとしながら、「そうか、そこがわかりにくいのかぁ」と言って。そういうのを“対話コーナー”や“教えて!サビニャー先生コーナー”、あるいは本文にできる限り落とし込んでようやくできた本なので、短い期間では絶対、無理だったと思います。そういう意味では、その間に質問してくれたりした学生さんにも感謝しないといけないんですけど(笑)。
たしかに、図とか表を正確に作ろうとしたら、やっぱりいくつか細かいところで表現しきれないので、無理だと諦めたくなる気持ちもよくわかります。でも、我々はそれを諦めなかったもんね。少年漫画とかで「諦めない!」というのがよくありますけど(笑)。
長田先生:
図やフローチャートだけではなく、文章にも一切妥協はなかったですね。「ややこしい」とか、「難しい」とか、「ここ切ろうよ」とか。
多田先生:
僕も何回か言いました。「(小声)すみません……。一生懸命書いてくださったけど、言っていいかなぁ。ここ全部カットで」とか。
そうやってバッサバッサ切って、下手すると数ページ分削ったところもあると思うんです。全体のボリュームとしてはたしかに減って、情報量も減ってしまいましたけれど、その結果、本当にきれいに剪定されて、一番大事なコアなところだけ過不足なく、しかも非常にわかりやすく残った。講義で読み上げていても、よく練られたいい文章だなあって思います。
◇実際に使ってみて
4月からの授業で使用していて、学生は非常にわかりやすいと言ってくれています。私自身としても授業で説明するときに、条文関係図や図表を見てくださいと言えるのはとてもやりやすいです。たとえば、このあいだ、法の適用に関する通則法11条と7条から10条との関係の話をしていたのですが、どこが特則になって何が最終的に適用されるかのあたりは、言葉にするとすごくわかりづらいんですけれど、図表があると一目瞭然で。特にオンライン授業になって、直接学生の顔を見ることができない環境下でそういう伝え方ができるのは非常にやりやすいです。
村上先生:
自画自賛(笑)。
「国際私法は難しい。先生の話も難しいんだけど、授業で理解できなかったところは教科書を読むと理解できました」と言ってくれる学生が一定数いたのは、うれしかったですね。これぞテキストのあるべき姿だなって。
サビニャー先生とワンチーニくんの対話の部分についても、わかりやすいという声をききました。本文の部分は難しいという人も、対話形式で書かれていると頭に入りやすいようです。楽しみながら勉強してくれているなと感じます。
楽しみながらというのは、あると思います。去年オンライン授業になって動画を作っているときに、難しい法律の授業を少しでも楽しんでもらえればと思って、フリー素材の癒し系のイラストを入れたりしていたんですが、それが学生にすごく好評だったんです。ちょうど本の執筆の大詰めで、「この方向は間違っていないな」と思えました。イラストや図表とかって、本の内容としてはかならずしも必要でないのかもしれませんが、ちょっと息抜きできるポイントがあるというのが、学習に良い影響を及ぼしていると感じるところです。
今の時代は、比較的薄くて読みやすい教科書が好まれる傾向がありますよね。「国際私法って何か知らないけど、なんかこの本はかわいいから買って読んでみようかな」という気にさせる、そういうアイテムとしても売れたりして……。
たしかに、学生から、「カフェで勉強するときなど、ふつうの法律の教科書はあまり目立たないように置いたりしますが、このテキストは他の人の目を気にせず堂々と置けるのでうれしいです」とか、「見た目もかわいく、他学部の友達に『教科書めっちゃかわいいね!』と褒められて私まで嬉しかったです^^」というコメントがありました(笑)。
実務家の先生にもとても好評で、「すごくわかりやすい」とか、「実務的にも、『ああそうだよね』というポイントを押さえていただいています。」という感想をいただきました。
◇少しの心残り
この本に難があるとすれば、いわゆる狭義の国際私法しか書いていないところかな。特に司法試験を考えている学生に対するアピールが若干欠ける部分はそこだと思います。一冊で終わりというのと、これとあれとを買ってというのでは……。
司法試験受験生とか予備試験受験生にとっても、一種の副読本といいますか、他の教科書を理解する手助けになるとは思いますが、たしかに、これ一冊では不十分ですね。もし改訂するとしたら、我々の案としては、「国際裁判管轄」、「外国判決の承認・執行」、「国際取引法」の3点には触れたいですね。
◇マンガからスタート
村上先生:
最初の出だしもいろいろなアイデアがありましたよね。
多田先生:
最初はシナリオ風だったんです。
小劇場としてシナリオ風にする前も、RPG風にするとか、いろいろなアイデアがある中でネコ劇場になって。これにイラストをプラスしたのをゲラにしたんですが、イマイチだったので、思い切って四コマ漫画にしたらどうかという話がでてきて……。うまくできるのかな? と思ったのですけれど、幸いにも杉本さんは快く引き受けてくださいました。
知人に本を送るときに、有斐閣から出ますって言ったら、「すごいねえ~」という反応だったんですけれど、「4コマ漫画で始まる」とも伝えたら、「えっ! 有斐閣の本で4コマ漫画なの?」とビックリされまして(笑)。でも実際に手にとっていただいたら、「この本、わかりやすくて面白かった」と。書店で買う場合にも、本をパラパラと見て決める方が多いそうですが、最初に漫画があるとハードルが相当下がるみたいで。
◇もはや4人は戦友!
コロナ前にリアルで何回か会合できたおかげで、お互い親しくなれたといいますか。やっぱり、リモートだけで人間関係を構築するのはなかなか難しいので。
私と多田先生は大学院時代からすごく親しくさせていただいていましたけれど、申先生と村上先生は大学が違うので……。
多田先生:
学会で年2回会ったりするくらいですかね。
長田先生:
いまや完全な戦友ですけれども。
村上先生:
ありがとうございます。
そう言っていただけて、本当に光栄です。そういう意味では、長い時間がかかったのも無駄だったわけではなくて。いろいろ試行錯誤する中で、学説や立場、考え方の違いを乗り越えて、最終的にテキストとして何を書くべきかを、ディスカッションを通じて収斂させることができました。最終段階に近くなって、これは本当に本になるぞと確信を持てたときは嬉しかったですね。本が届いて、テンションぶち上がり! みたいな(笑)。思わず写真を撮って、他の3人に「届きました!」って送ったんです。
長い冒険の末に、いい戦友と共に素晴らしい本を作ることができて感慨深いです。