ラングドン教授とシグマフォース、ときどき三体。
もしかすると2020年は、1年間でもっとも小説を読んだ年かもしれない。中でもどハマりしたのが、ダン・ブラウンが描く宗教象徴学ミステリーの「ラングドン教授シリーズ」と、 ジェームズ・ロリンズが描く考古学×科学捜査ミステリーの「シグマフォースシリーズ」。
どちらもほぼ全シリーズ読んだあと、今年ももう終わりかなあと思っていたところに全世界を席巻した超SF大作「三体シリーズ」と出会い、思わず一気読みしてフィニッシュ。このままだと内容を忘れそうなので、なにが”いい”と思ったのかをそれぞれ簡単に書き残しておこうと思う。
ラングドン教授シリーズ
最初に読み始めたのがラングドン教授シリーズで、ひと昔前に一世を風靡した『ダヴィンチ・コード』がものすごく好きだった。モナリザの裏に隠された真実。次から次へと押し寄せる古代の謎。みなが常識と思い込んでいる事実が根底からひっくり返る快感がたまらず、コロナを機に別のシリーズに手を出し始めたが最後、『ロスト・シンボル』『インフェルノ』『オリジン』と最後まで一気に駆け抜けた。偏見満載のおもしろポイントを挙げていく。
ロスト・シンボル(2009)
全編にわたり、かの有名なフリーメイソンが題材の本作。実在するこの秘密結社がアメリカ建国に関わっているという事実だけですでに面白い。フリーメイソンには会員にランクみたいなものがあり(最高位で33位階)、上の位階にいくほど国の要人が所属しておりその儀式は秘密のベールに包まれているとのことだがどこまで事実に基づいているかは謎。ちなみに日本支社が港区にあり、ネットで調べれば普通に取材記事が読めるのも驚き。
この作品から最先端科学もふんだんに用いられるのだけれど、特に純粋知性科学という分野が面白かった。人が死ぬと体重が軽くなることから意識には質量があると考えられるだけでなく、東海岸の人の治療のために西海岸の人が大勢で祈りを捧げた=意識を向けたところ、治癒能力が向上したという実験まであるらしい。まだオカルト科学扱いされている分野だそうだが、仮に真だとしたら宗教のとてつもない力の一旦が説明できるという仮説だけで十分に面白い。
ちなみにラングドン教授シリーズは新しいものほど残虐性が落ちていく。その点『ロスト・シンボル』は残虐性と巧みなストーリー構成のバランスがいい。僕は最後まで騙されました。
インフェルノ(2016年)
こちらは映画にもなったのでご存知の方も多そう。のちにシグマフォースシリーズを読んでも感じたことだけれど、人口増加と環境破壊、それに基づく人間への失望が動機となって犯人が人類を滅ぼそうとする類のストーリー設計が多いこと。小説なので極端なフィクションとして一見片付けがちだけれど、この悪役は本当に悪なのだろうか?という問いは共感を持って受け入れられる時代になりつつある。小説にも出てくる以下のグラフは、地球環境のすべての汚染は人口増加が原因であると印象づけるには強烈すぎる証拠だ。
本作では黒死病(ペスト)になぞらえた”ある病原菌”を世界に撒き散らすことで人口抑制しようとする悪役を、人道的な観点に立つラングドン教授たちが謎解きを経ておさえこんでいくわけだけれど、果たして何が正しいかを問いかけられる、娯楽としても教養としても哲学としても良書だとおもう。
オリジン(2019年)
ラングドン教授シリーズ最新作は、時代の流れを汲むように最新テクノロジーであるAIが活躍する。とはいえテーマは宗教と科学の対立であり、ゴーギャンの有名な「我々はどこから来たのか、我々はどこへ行くのか」が主題となっている。ここに科学的な答えがもたらされたとき、すべての宗教は作り話として片付けられてしまうからこそ対立するわけなのだが、本書で紹介されるこの問いに対する仮説には興味をそそられた。特に”我々はどこから来たのか”という部分。
生命のはじまりは「原始スープ」から、という定説は知っていたのだが、そのスープからなぜ生命が生まれうるのかまでは考えたことがなかった。本書で登場する天才科学者は過去の実験を参考にシミュレーション演算でこの問題に立ち向かっていくのだが、鍵となった変数は”エントロピー(拡散)”という概念。つまり人間を含むすべての生命は「拡散せよ」という命題に従う、という仮説がブレイクスルーとなっていく。(たしかに人間を拡散させる場合、最も効率がいいのは自分を増やすこと=生殖となるし、地球資源が限られてくると奪い合わないために自己収縮していくはず)
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といったかたちでラングドン教授シリーズは、ロスト・シンボル以前は残虐な考古学ミステリー、以降は宗教と科学の対立の色合いが濃くなっていきます。いずれにしても、知的好奇心がゆっさゆっさ揺さぶられること間違いなし。
シグマフォースシリーズ
ラングドン教授シリーズを読み終えた後にシグマフォースシリーズを読み始めたからこそ思う。著者ジェームズ・ロリンズは頭おかしい。ラングドン教授シリーズで使われていた科学的トリックや人口問題の危機を何年も先取りしていたりするし、何より刊行ペースがおかしい。これまでに13作品ほど出ていて、1年で2〜3作品仕上げていたりする(しかも上下巻の長さ)。
このシリーズの魅力はなんといっても、歴史上の事実と不自然な空白からロマンある空想を膨らませていくところ。加え、随所に説得力ある科学的事実を散りばめているので学びが深い。ただ、ストーリー構成の妙もあって最初こそ度肝を抜かれたものの、どのシリーズも基本の流れは同じなので後半になるほど結構飽きてきて、内容も薄くなってきている気が…。
とはいえこのシリーズは前作の流れを受けて人物関係やストーリーがどんどん変わっていくところも面白いので、読むならぜひ最初の「マギの整骨」から。ここでは特に好きな3作品をご紹介。
ナチの亡霊(2012年)
ナチスで実際に行われていた「優生学」の再現をめぐる本作。そもそも優生学なるもの自体知らなかったのだけれど、倫理的な問題はさておき科学的に”身体能力や知能が優れた生命”をつくれるという話は興味深い。
加え、物語の鍵を握るのが量子力学。その説明として出てくる「二重スリッド実験」がとても面白い。下図のように、2つの溝をもつ板を挟んで向こう側の壁に粒子を放つ場合、通常はAとして観測される。しかしこの実験を人間が「観る」という行為を行うと、Bの結果が得られるというもの。
人間の意識そのものが量子レベルで影響を与え、結果を左右してしまうという話はラングドン教授シリーズに出てきた純粋知性科学に通ずるのだけれど、この実験はその事実を端的に示す。だけでなく、本作では話が原始スープにまで及ぶ。ラングドン教授シリーズではエントロピー(拡散)が生命誕生の鍵として紹介されるが、ここでは意識の力が遺伝子配列に作用して生命を誕生させたのではないか、という仮説が紹介されて知的好奇心がかなり揺さぶられた。
物語全体としてはエンターテイメントとして刺激的なものに昇華されているけれど、こうした科学的事実をもとにした犯行動機の設計と歴史的事実の紐付けがとても上手で感心してしまった一作。
ケルトの封印(2015年)
こちらも遺伝子もので、かつ悪役の動機が人口抑制。ラングドン教授シリーズともかぶるけど、この手のテーマが好きなんだろうな。増えすぎた人類の繁殖を抑制するために遺伝子組み換え技術が活用されるのだけれど、前提として、ミツバチが大量失踪しているという事実との掛け合わせが面白い。農薬によってミツバチの帰巣本能が破壊され、数が激減しているとの見方が強いそうだ。
ミツバチは花の蜜を運ぶことで花粉を身にまとい、食料の自然交配を促す。つまりミツバチが世界から消えると食料が実らず、食糧不足と世界的飢饉が進んでしまう。この事実を利用し、遺伝子組み換えによって食糧生産量を意図的にコントロールして人口抑制しようというのが悪役の魂胆だったと記憶しているけれど、こうした極端思想の裏に垣間見える純粋な使命感に少し、共感してしまう自分がいる気がする。
なお「黒い聖母」や「ドゥームズデイ・ブック」と呼ばれる興味深い歴史的事実も巧妙に物語と絡んでいた記憶があるのだけれど、詳細は忘れました。
ダーウィンの警告(2016年)
かつてダーウィンは南極大陸まで旅し、警告を残していた。という事実だけで面白いのに、南極大陸の分厚い氷の地下深くはかつては森が広がっていて(ここまでは事実)、いまも独自の生態系が発達しているという設定が最高。空想の爆発、想像力の羽ばたき。
それっぽい歴史的/科学的根拠をもとに、”かもしれないロマン”を描くことにグッとくるのだろうなと思う。この設定だけで飯が食える。
かつ、本作でも遺伝子の話が出てきます。DNAだけでなくRNA、さらにはXNA…この辺は本を読んでください。遺伝子の話も人間の根幹に関わる(そして前提をひっくり返しうる)部分として気になってしまうタチなのだと書きながら思いました。
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他作には歴史的事実として、黄金の図書館が南米に実在することやネアンデルタール人とホモ・サピエンスの雑種交配の話などシグマフォースシリーズには各所に面白い歴史的/科学的事実がふんだんに散りばめられて、読むだけで教養を深められます。学びとエンタメが高次元で融合してるって最高。
三体シリーズ
ようやくここまでたどり着きました。シグマフォースシリーズにも飽きてきた頃に出会ったのがこのシリーズで、もともとSFには興味も親もなかったのだけれど、正直ぶっ飛んだ。全三部作で和訳は二部までしかされてませんが、とにかく二部が面白い。(が、ちゃんと一部から読んでください)
話としては、地球以外の文明=三体文明が宇宙にあることがわかり、しかもその文明は地球のずっと先をいっている。地球滅亡までのカウントダウンが進む中、軍事的技術的にはるかに劣る地球文明はどうやって生き残るのか?
物語の時間的空間的スケール、そして僕には理解できなかったけれど科学的根拠に基づく技術発達や仮説がどんどん登場するのでとにかく想像力が爆発します。そして、こんなに広げた風呂敷どうやってたたむの?ってなってるところからの、あまりに鮮やかなぶったたみ展開。第二部の結末はまさに爽快です。説明できるようなものではないのでとにかく読んでください。
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ということで、2020年ハマった小説の解説を試みた今日の日記。長くなりました(疲れました)。歴史に隠された謎と真実を追うこと、人間の前提を疑ってその構造を暴くことが大好物なのだなと書いてつくづく実感する。
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