同人と商業の間 ~国内ボードゲーム市場を分類してみる~ #BGADC
※本記事は 「Board Game Design Advent Calendar 2019」 10日目の記事として執筆しました。
遊験工房のターキーと申します。
今年の春ゲムマにて『ドライヴォルテの後継者』というゲームをリリースし、晴れてゲーム制作者を名乗ることが出来るようになりましたので、憧れであったBoard Game Design Advent Calendarに参加しようと思い立ちました。
とはいえゲームデザインについては駆け出しの自分が語れることはあまりないので、少し違う観点のお話をしてみたいと思います。
それは記事タイトルにある通り、国内ボードゲーム市場を俯瞰的に見てみようというお話です。
と言っても、私自身は特にその類の専門家という訳でもないので、数字の話はしません。いち個人として観測できる範囲から、定性的に分類を試みます。
また、特に商業寄りの部分は当事者として仕組みを知っているわけではないため、誤っていることがあるかもしれません。その場合はコメントやTwitter(@Turkey_BGM)にてご指摘いただけますと幸いです。
はじめに ~国内ボードゲーム市場に関する私見~
日本のボードゲーム市場は、同人という文化の発展によって企業でない個人が出版を行うことが活発という、世界でも特異なものになっていると思います。
同人といっても、漫画や小説といった分野と違い二次創作(版権もの)ではなく一次創作(オリジナル)の割合が極めて高いのも特色です。二次創作の場合、著作権的な面から(商業活動ではないという建前のため)利益を出すことを控えることが多いのですが、一次創作主体の同人ボードゲーム界隈ではコンポーネント等にかかる費用が高めなことも起因してか、商業色が比較的強い傾向にあると思います。
そういった中で、昨今では各社の委託販売やAmazonマーケットプレイスなど個人製作のゲームの販路が充実したことで、同人制作から商業的規模に拡大するケース、またデジタルゲームの会社やゲームカフェなどの事業者が同人活動と同じ印刷サービスや販路を利用してゲームを出版するケースというのも目に付くようになりました。
その結果として、現在の国内ボードゲーム市場は同じ売り場に個人・専業外の企業・ゲームパブリッシャーの作品が入り混じる、混沌とした状況になっているのではないでしょうか。
そんな現状で国内ボードゲーム市場の話をするとき、「商業」と「同人」という切り口ではどうしても何かしらに齟齬が出るな、と思ったのが出発点になります。
商業と呼ぶには小規模で、同人と呼ぶには商業的な、同人と商業の間の領域を探る。それが本稿の目的です。
分類の観点① ~制作主体~
分類にあたっての観点の一つ目は、制作主体です。「個人」「企業」「出版社」の3分類を定義します。「制作」とはゲームのシステムデザイン・デベロップだけでなく、製品として販売できる形にするところまでの工程全体を指すこととします(個人で活動しているデザイナーの作品が出版社から出る場合、制作主体は出版社、ということになります)
「個人」
企業などの事業体でない個人の活動として制作者全般で、事業体でなければサークル等の団体も含みます。
厳密にいくと個人事業主になって青色申告を行っている方などもいると思うのですが、その場合はその人が個人の趣味の活動の延長としているか、事業組織化を目指しているかによって次の「企業」と分類するのが良いと思います。
「企業」
分類としては企業と括ってしまっていますが、ボードゲーム制作とは別の本業がある事業体を指します。ボードゲーム出版社(パブリッシャー)は含まれません。
例えばデジタルゲームやスマホアプリを制作している企業はゲムマでもよく見かけます。ディライトワークスさんのように大々的に出展している所もあれば、一般ブースで説明を聞いていると「本業はスマホのゲームを作ってる会社なんです」なんて話を聞くこともあります。
また、最近ではゲームカフェが店舗のブランドでゲームを制作しているケースもよく見ます。ただし、JELLY JELLY CAFEさん(JEKKY JELLY GAMES)やEngamesさんの規模だともう主要事業として、次の「出版社」に分類すべきかと思います。
なお、同じ会社の人が集まってボードゲームを制作したとして、会社の名前で(事業として)出展するなら「企業」ですが、会社の名前を出さずに私的な活動として出展するなら「個人」に分類します。
「出版社」
ボードゲーム・カードゲームの出版を主要な事業として行っている事業体を指します。ここは皆さんもうご存知の会社名が挙がると思います。
分類の観点② 販売方法
もう一つの観点は販売方法です。様々な売り方がありそれによって様々な点で差異があるのですが、「個別販売」「委託販売」「仕入販売」の3分類としました。
「個別販売」
制作主体自らが商品を販売する形態を個別販売と定義します。例えば、個人が知り合いに対面で販売したり、企業が自社店舗などで販売するなど制作主体自らが直接販売するケースです。ゲームマーケット等のイベントに出展して販売することも該当します。
また、昨今ではBASEやboothといったオンラインショップのプラットフォームサービスも充実していますし、Amazon market placeで出店するゲーム製作団体も増えてきました。これらのサービスは「ユーザーが各自のオンラインショップを開設する」という建付けで、諸々の責任はショップオーナーが負う形になります(各自が特定商取引法に基づく表記を掲示しています)。boothやAmazon market placeでは倉庫からの発送サービスもあるので紛らわしいですが、あくまで販売の主体はユーザー自身であり、個別販売に分類します。
このように個別販売という括りの中にも幅広いバリエーションがあるのですが、ここでは上記で紹介した順にクローズド(購入機会が限定されている)からオープン(購入機会が開かれている)へと性質にグラデーションがあると考えます。
制作主体自らが販売しているので、流通の経路は販売主体⇒売り場(オンラインショップを含む)⇒消費者とシンプルになり、在庫リスクは制作主体自らが受容することになります。
ただし制作主体自らが販売するとはいえ、直接販売以外はイベントなら主催者、オンラインショップならプラットォーマーといった第三者が介在します。それらは出展料やテナント料といった商品の売り上げとは独立して発生する料金や、商品売り上げの何%といった手数料によって収益を得ています。
「委託販売」
販売業者が商品を預かって制作主体の代わりに販売する形態です。もともと同人誌の販売方法として一般的で、同人ボードゲームの販売方法としても定着しました。ボードゲーム業界での最大手はご存知の通りイエローサブマリンさんになります。
また、最近ではGlory's WorksさんがAmazon market placeへの出品を代行するという取り組みを行っています。これもAmazon market placeのGlory's Worksさんのショップで委託販売を行うという形です。
あくまで販売を委託するという建付けなので、販売業者は商品に対してお金を払わず、消費者に購入されて初めて制作主体の売り上げになり、その一部が委託手数料という形で販売業者の収益になります。そのため、(販売業者側も保管場所の問題はありますが)在庫リスクは制作主体側が受容することになります。
流通経路としては制作主体が委託販売業者へ納品し、委託販売業者の流通網を通って販売業者の売り場に並びます。イエローサブマリンさんなら全国の店舗に、R&Rステーションさんなら他のアークライト系列の店舗に、といった具合ですね。ボドゲーマさんやゲームカフェのように納品先=売り場のような場合は流通網が省かれます。
「仕入販売」
販売業者が商品を購入してそれを販売する、一般的な商品販売の形態です。販売業者が仕入れ時点で出費するので、在庫リスクは販売業者が受容し、売値から仕入値を差し引いた分を販売業者の利益として得ることになります。
流通経路としては制作主体は卸問屋に商品を預け、卸問屋が各販売業者に対して販売するという過程を経て、販売業者の流通網を通じて売り場に並びます(委託販売と同様販売業者の流通網がない場合もあります)。
制作主体から見ると相対するのは卸問屋のみで、誰がどこで売るのかは分からないのが他二つにない特徴です。一方消費者から見た特徴としてはヨドバシカメラなど委託販売を行っていない一般の店舗でも販売されているという強みがあります。
なお、ボードゲームの仕入販売を行う販売業者は多数ありますが、卸問屋についてはアークライトさん一社のみが担っているそうです。Amazon.co.jpへの卸もしているとのことなので、Amazonの商品ページで「Amazon.co.jpから販売」となっているものは十中八九アークライトさんからの仕入販売ということになります。本稿では仕入販売を行っているかの目安としてAmazonでの販売者情報を確認しています。
余談になりますが最近はAmazon自身が販売している商品とmarket place商品(特にAmazon倉庫からの発送品)の垣根がほとんどなくなっているわけですが、「Amazon.co.jpから販売」と「〇〇(ショップ名)から販売」では大きく商品の性質が異なる、ということにはボードゲームに限らず留意しておくべきと考えています。
分類してみる ~制作主体×販売方法~
前述した2つの観点で、実際に3×3の9象限に分類して、私が知る限りの実例を交えつつ考えてみます。
A:個人×個別販売
ゲームマーケットに出展する一般的な同人サークル、といったところでしょうか。BASEやboothによるオープンな販売チャネルもありますが、個人的な経験(同人誌をboothで売ったことがあります)からすると個別ショップはサークルの知名度がないと流入が少なく、あまり大きな規模にはなりません(最近はBOOTH Festivalアナログゲーム特集のようにショップ横断のイベントもするようになりましたが)。
Amazon market placeについては個人でも出店可能ですが、出品にはJANコードの取得が必要になり、趣味で作ったものを売るといった立ち位置からは少し商業の方に寄っていきます。
B:個人×委託販売
こちらもサークルがイエサブさんなどに委託する、同人ボードゲーム販売の一般的な形かと思います。
C:個人×仕入販売
この形態をとっている例については寡聞にして知りません。
卸問屋流通に載せるためにはそれなりの規模が必要になるため、ここまでするには個人ではなく事業体になっているという面もあるかもしれません
(そもそも卸事業者の取引条件として事業体でないといけないという可能性も高そうです)。
個別のゲーム制作団体の商品で「Amazon.co.jpから販売」になっているものもあるのですが、その団体の公式サイトを見ると作りがきちんと企業的(法的情報やプライバシーポリシーなどがちゃんとある)だったりします。
なお、ボードゲーム業界の外に目をやれば、出版業界では自費制作の著書を問屋流通に載せる「自費出版」、音楽業界では自主レーベルのCDを問屋流通に載せる「インディーズ」がこの分類に当てはまると考えられます(出版業界は問屋流通でも原則委託販売なのでちょっと微妙かもしれませんが)。
D:企業×個別販売
ゲームマーケットへの出展や、ゲームカフェならば自社店舗での販売といった一般的なケースです。Amazon market placeへはゲームカフェのぶんぶんさんやリゴレさんなどが出店しているのが確認できます。
ただ、今回記事を書くに当たってAmazonで探した感触としては、企業出展者として名前の思い付く所は思ったよりもAmazon.co.jpから販売(=分類Fの仕入販売)になっていたのと、分類Cでも触れましたがその団体が個人活動なのか企業なのか判別がつかないケースが多いというのが正直な所感です。
E:企業×委託販売
こちらもそれなりに一般的なケースだと思いますが、イエサブさんの店頭ではバーコード有の商品⇒値札シール、バーコード無の商品⇒バーコード付シールとなっており、バーコード有の商品は仕入販売と委託販売の区別がありません。そのため、分類D以上に委託販売なのか仕入販売なのか判別が難しくなっています。基本的には分類DでAmazon market placeで個別出店していたゲームについては卸問屋流通をしていないということなので委託で販売していると思われます。
F:企業×仕入販売
自社の商品として卸問屋流通に載せているケースです。分かりやすいところところではディライトワークスさんが挙げられます。そのほかデジタルゲーム関連ですとゲムマ大賞の最終選考にも残った「FILLIT」のラディアスリーさんも本業はスマホゲームの開発会社さんで、Amazonでは現時点で品切れのため販売者を確認できませんが「FILLIT」はヨドバシカメラなど一般の販売店で売られています(取締役の中村さんに直接お話を伺う機会があり、このとき出版社以外が卸問屋流通を利用するケースもあるのだと知りました)。EU向け輸出の話なので論旨は少し逸れますがCEマークも取得されており、この分類の良いモデルケースだと思います。
ゲームカフェではGOTTA2カフェさんのゲームは「Amazon.co.jpから販売」となっていました。
G:出版社×個別販売
出版社の販路は基本的に分類Iの仕入れ販売になりますが、あえて個別販売のケースを考えるとするとゲームマーケットなどのイベント出展や、アークライトさんの「ボルカルス」のような出版社主催のクラウドファンディング(ボルカルスの場合はファンディングより事前予約の意味合いが強いので特に)が挙げられるでしょうか。
H:出版社×委託販売
このケースもなかなか考えづらいですね。大手の出版社というより、小規模に出版事業を行おうとするケースでしょうか(分類Eとの区別をつけづらいですが)。
I:出版社×仕入れ販売
前述の通り、出版社の基本的な販路となります。
同人と商業の間を探る
以上の分類を使って、一般に「同人」と「商業」と呼ばれている領域を考えてみます。ここでもう一つの尺度として、頒布数の規模感を考えます。具体的な数は一旦置いて、ざっくり同人は小規模、商業は大規模とします。頒布数の規模で見ると、
クローズドな個別販売 < 委託販売 < オープンな個別販売
という順になるので、ここからは個別販売をクローズドとオープンを分けた形で扱います。
「同人」
まず一般に同人ボードゲームと呼ばれているものは「A:個人×個別販売」と「B:個人×委託販売」に該当するでしょう。ただ、個別販売の中で最もオープンな形のAmazon market placeはJANコードの取得が必要で頒布数もそれなりの規模になるので同人の範疇を超えるように思います。
「C:個人×仕入販売」は少なくとも小規模な同人ではあり得ないようなので除外します。
また一方で、販売主体が企業でも収益を気にせずごく小規模で販売するケースでは、同人作品というカテゴリに入る可能性もあるのではと思います。
例えば今年の秋ゲムマでバンダイナムコ研究所さんが販売した「イロトカタチ」は商品化未定のテスト販売です。この例は流石に主体が大手なので同人とは呼びづらいですが、もっと小さな企業でも同様のケースは起こりうると考えられます。
「商業」
次に商業ボードゲームと呼ばれている領域ですが、まず出版社が主体の分類G~Iは当然該当します。それに加えて、卸問屋流通を通じて一般のお店で仕入販売が行われているものも商業という括りで問題ないかと思います。
あとは企業が大規模な(事業収入として成り立つ程度)頒布数を用意して各種の販売方式で販売するのも商業と呼べると思います。
上記をマトリックス上に図示すると以下のようになります。
こうして見ると、以下の領域について適当な言葉がないのではないか、ということが浮かび上がってきます。
・個人が主体の、Amazon market placeや仕入販売に対応できる程度に販売規模が大きなケース
・出版社以外の企業が主体の、本業に比べて事業収益にはならない程度に販売規模が大きくないケース
はじめにで書いた、「商業と呼ぶには小規模で、同人と呼ぶには商業的な、同人と商業の間の領域」です。
本稿ではこの領域を、「準商業」と呼ぶことにして、先ほどの図を完成させましょう。
ついでに、筆者の感覚で頒布数の規模感を記しました。この値については大いに検討の余地があるものですが、フォアシュピール秋の「ボドゲ登竜門」と秋ゲムマの「ボードゲームグランプリ」といったパブリッシャーへのプレゼン企画で聞いた実績のあるサークルさん達の頒布数を伺ったところでは500個というのが1つのラインになっていると感じました。
準商業と商業の境界については全く知見がないためドタ勘です。おそらく卸問屋流通に載せるには1000では足りないと思いますが、ゲムマで企業・エリア出展をして各種委託販売とAmazon market placeで個別販売をして、事業収益として成り立つ最低ラインはこのくらいかな、という感覚です。
おわりに ~言いたかったこと~
長々とした論考にお付き合いいただき、ありがとうございました。最後に、私が本稿の整理を通して持っている考えを述べたいと思います。
これまで見てきた通り、国内ボードゲーム市場は同じお店の店頭に個人・企業・出版社のゲームが入り交じっています。コアなボードゲーマー以外の消費者は、その違いをあまり判別せずに購入します。個人の制作者にとっては、とても厳しい環境と言えるでしょう。
このような状況下で、「上手く売るためにはこれをするべき」といった方法論や「ウチはこうやってうまくいった」といった成功例が流れてきます。そうした情報を見て「それにひきかえウチは……」なんて思ってしまうこともあります。
そんなときに、「その情報を語る人の市場の立ち位置」と「自分が目指す市場の立ち位置」を考えてみてはいかがでしょうか。自分は同人という規模でやろうとしているのに、準商業の領域での成功事例を追っていたら、身の丈に合わない無理のある努力をしてしまうことになるかもしれません。
趣味としてゲームを作っている人が300個売れるものを作れたとして、次のステージが500個売ることでその次は1000個売ること、そう思ってしまいがちですが、それ以外の道もあるはずです。
自分が今年の春ゲムマに「ドライヴォルテの後継者」を出して思ったのは、「仕事しながら作るとしたらこの倍(300個)が限界だな」ということでした。またアートワークや説明書の品質といった面でも、このままのバージョンで一般層にまで販路を拡大することはできないと感じています。
趣味の同人活動のキャリアパスとして、「個人のまま準商業領域に拡大すること」以外の成功例がもっと増えていったら良いなと思っています。その意味で、今回ゲムマ秋でEngamesさんが「ノコスダイス」を出版されたことやパブリッシャーへのプレゼン企画が開催されたことは、とても良い流れだと思います。
もちろん、自分の力で1000個売りたい!という方は存分にその道を目指すのも良いでしょう。そんな方には自分の今いる領域を意識して、次はどの領域に手を伸ばすかを考える手掛かりとして本稿を思い出していただけたら幸いです。
それでは、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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