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【自由に創作】夏
第二関節が悠太の頬骨を殴ったせいでぽきっと鳴ってじんじんと痛んだ。彼は古い机と椅子と壁に頭をぶつけて呻いた。痛いんだろう。そうだろう。思い切り殴ったんだから当たり前だ。近づいて、前髪を掴んで顔を上げさせると、もう顔?ってくらいあちこち大きく腫れ上がっていて思わず笑ってしまった。
「ひでえな」
ひでえのはお前だよ、と向かい合った自分に言う。
「鼻血拭いたら?」
声を掛けても悠太は虚ろな目で脱力していた。悠太がもたれている壁にはめられているガラスには網膜を焼くような鮮度の太陽と平筆で塗ったみたいな水色が広がっていて、そこには救済があるのに、顔面ボコボコのこいつには全く無縁の世界だ。
順調に温暖化が進んでいる現代で、エアコンが導入されてないのはこの学校だけではないか。閉め切った教室なんてサウナと変わらない。死にかけの悠太はこのままにしておくと腐って蛆が湧いて臭くなって骨だけになるのではないか。いや、ベーコンみたいにカリカリになるのかもしれない。まあわかんないけど。
悠太の顔を覗き込む。焦点が合わない。眼球が天井を向いてる。揺さぶってようやくこちらを向いた。黒いだけの瞳。
「別に理由とか無いから」
一番上のボタンが無くなったシャツの胸元に血がついている。空の青と雲の白はソーダで、血の赤とシャツの白は結婚式。
悠太の頭蓋骨を揺らして壁を叩く。重たい音がする。中身が詰まっている。甲斐甲斐しい母親の弁当箱みたいな。そういうのうざいから、ちょっと苛々した。
「ただ窓際にお前がいたからさ」
左足で悠太の肩を潰す。やっぱり中身が詰まってる。つまみにしてるささみの燻製みたいな。奥歯が痙攣しそう。
靴底で蹴っても反応しないから面白くない。
「な?お前が悪いよな?」
蹴って、蹴って、蹴って。
引っ張り上げた毛根は容易く抜けて指の間から落ちた。
窓の外は青くて、何か底抜けに青春ってかんじ。あ、これセックスみたいじゃない?背徳感っていうの?きっと似てる。あっちは汚れてないのにこっちは汚れていて、ほら黒板を引っ掻いたみたいなバイオリンの音が聞こえて水面に空気が浮かぶような暢気な音が鳴って、定規に沿って線を引いたり本を読んだり赤ペンで丸を付けたり、花壇が水を貰って汗臭い体操着がロッカーで発酵してチーズになって納豆になってさよならって言って夕陽が絶望の色をして沈んで。で?
「じゃあまた明日」
手を離すと悠太は派手に倒れて動かなくなった。
呼吸に合わせて背中が動いているのに、死んだのかななんて思った。
まだ青い。暑い。頬を撫でる汗を腕で拭う。
ロッカーから通学用のリュックを出して背中に引っ付けて教室を出る。そのまま校舎裏にある小さな社に向かった。背の高い木が両手の指を絡めたみたいに重なり合っている。日陰は涼しくて安心する。マイナスイオン的なものが出ている。
形ばかりの賽銭箱を覗くと中は空だった。罰当たりな誰かがひっくり返して賽銭を持って行ってしまったのだ。自分もそのつもりできたのだが、これではファンタグレープが買えない。何もかもが嫌になって財布の中に入っていた一万円札をそこに落とした。パンパンと手を叩く。
悠太のシャツの血の色が落ちますように。
見たことも無い悠太の母親にエールを送る。
プールの底みたいな青空。冗談みたいな質感の雲。暗い木陰。笑う一万円札。いつの間にか踏み潰してる名前も知らない虫。乾いた土。
誰もが救われるような夏はまだ続く。
***
自由に書いていいんだと思うと何かしら書けるな。