422: 夏を招く万能ハーブのマスカットみたいな甘い香り色
森の奥深く
貴方が知っている
あるいは知らない場所にある色屋の話。
白い花が咲き,あたりには
甘いマスカットのような香りが広がっている。
木陰には,小さな人形に羽が生えているような,
いわゆる「妖精」的なものまでパタパタと
飛んでいるように見える…
「まさかな〜…」
青年は首を振りつつ,木の近くまで行ってみる。
もちろん木陰には何もいない。
クスクスと笑う声が聞こえているような
気配を感じつつ,瓶を取り出し,
エルダーフラワーの花の色を採取した。
「ふぅ,6月初旬までに咲く花だから
焦ったけれど,満開に間に合ってよかった〜。」
「あんた誰だい?」
作業をしている背後から声をかけられた。
「こんにちは。
僕は色を採取する仕事をしているものです。
今日はこの花の色を取りに…ハックション!
ズビ…失礼しました。寒暖差が激しくて、、、
クシュン‼︎
色を求めにこの地まで来ました。
いい香りといい色…アックッション!」
「イギリスへようこそ。ここいらじゃ
こんな寒暖差は当たり前さ。クシャミも出るよ。
うちへ来な。色と香りだけじゃない,
万能ハーブと呼ばれるエルダーフラワーの力を
味合わせてあげるよ」と,夫人は言うと
踵を返しどんどんと家のある方角へと
歩いていってしまった。
「えぇ〜唐突ぅ…(八塩さんみたいな人だなぁ…)」
青年は苦笑しつつ着いていく。
マスカットのような香りが背中を押すように
後ろから薫ってきた。
「このコーディアルをお湯に溶かして,っと。
温かいうちに飲みな。ほらクッキーも食べな。」
ドンとテーブルに置かれた
香りの良いハーブの白湯とクッキー。
「これは…?」
「エルダーフラワーのシロップ漬けさ。
花を摘み取って綺麗に洗い,
レモンと砂糖水に漬け込んで作るんだよ。
ここいらじゃエルダーフラワーの事を
「庶民の薬箱」って呼んているからね」
「あ,飲みやすい〜。美味しいです。」
「あんたの予定が詰まってないなら,
ワインに入れて飲むのもお勧めだよ。」
「ここから帰るのがおぼつかなくなりそうです」「なんだい,だらしがないねぇ」
そう,ぶっきらぼうに言いつつ夫人は,
台所の背後の棚をガサゴソ漁りだす。
「ほら,コレを土産にしな。
こんな場所にまで仕事をしに来て
風邪までひきかけてるんだ。
宿でワインに入れて
ほろ酔いになってから寝るといいよ。」
「わぁ嬉しいです!」
「そして忠告。
夜にあの木の近くに来ちゃダメだよ。」
「と言うと?」
「さぁ,昔っからそう言われていてさ。
ほら,映画で有名になった
ハリーポッターがあるだろう?
あれで校長が使ってた魔法の杖が
あの木から作られるんだよ。
なので,霊力がやどるか,妖精やらが来るから,
おいそれと見に行っちゃダメなのかもしれないね
連中を驚かすと碌なことがないからね」と,
ニヤリと笑う夫人。
「(やっぱり八塩さんに似てる…)」
青年は,ほんわりと色つくハーブの白湯と
クッキーを堪能しつつ,森の入り口の
ケーキ屋のオーナーの八塩さんを思い出した。
「(八潮さんが喜ぶだろうな)」
「またこの辺に来たら寄りな。
今度は美味しいシチューをご馳走してあげるよ。
さて,私は陽が高いうちに
畑の様子を見てくるからアンタは適当に帰りな。」
「えっ。ありがとうございます。
あの,畑は何が植っているんですか?
お礼にお手伝いさせてください。」
「私特製のハーブ類だよ。今から手伝うと
帰りが大変になるからイイよ。
次は手伝いにくる目的で来ておくれ」
「じゃぁ,この近くに宿をとってまた来ますね。」
「そうしな。ハーブ類も分けられるようしとくよ。
色を集めてるんだろ?真夏の朝のアレ等の
彩も,それは美しいもんさ。見せてやるよ」
「それはそうとアンタの名前を聞いてなかったね
私はハーブ農家のローラさ。」
「僕は…ハックチョン‼︎」
「おや,まだ体が冷えてんのかい。
早くおかえり!ほら,とっとと駅に行く!」
「え、あ、はい〜!名刺を置いときますね〜!」
こうして新しい縁ができた青年でした。
素敵な香りとぶっきらぼうな親切に押されて,
彼は無事に駅まで向かったのでしょうか?
早く風邪,治してくださいね?