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とうとうその日はやって来た : 「#布団から」
布団から出て来たものは…。
とんかつだった。
冬の晴れ間に布団を干そうかと、母の布団を捲ると、千切りキャベツの上にとんかつをのせてラップをした夕べのおかずのとんかつ。
「これどうしたの?」
とか
「夕べ食べなかったの?」
とか
事実検証しようとしても、
「知らない。」
「食べた。」
と、返事するのはみえている。
結構、
日常にイリュージョンは溢れているのだ。
もはや、トラックが飛ぼうと、ビルが飛ぼうと、UFOが飛ぼうと、それ程驚く事ではない気がしている。
母もそうなんだけれど、会社の上司も同じで、
「ちゃんと報告してもらわないと困る!」
と、怒鳴りだすのだが、既に私の報告を受けて、上司は受給先に出かけているのだ。
そう言うのが多々あり、一度LINEで流して、口頭で更に報告しているのだが、同じ事は繰り返され、母と同じ、
「知らない。」
と、繰り返す。
もはや、私の記憶が書き変わってるのかと、自分の記憶がおかしくなったようで、恐ろしくもやもやする。
もしかしたら、この世界でコミュニケーションは成り立たなくなった感じさえする。
…とにかく、イリュージョン。
事実検証は無駄なのだ。
今、この瞬間だけが、事実。
今、この瞬間だけが事実…と言うのも、悪くないと思う。
どの道、過去と未来の辻褄を合わせようとしても、辻褄が合う事もなく、疲労するだけなら、瞬発的に今を生きた方が楽なのだし。
この感情を何と表現すればいいのだろう?
胸を探ってみても、どんな言葉も当てはまらない。最近は、胸の中の状態を表す言葉は何もないと感じる。
怒りでも、悲しみでも、戸惑いでもない。
良いとか悪いとかでもない。
言葉なんかもう飛び越えた所で生きている気もする。
感情を形にする必要もないのだろう。
ただ思うのは、柔らかい暖かい膜で包みたいと思うのだ。
「分かんないや。」
と、呟くと、自分の声に促されるように、とんかつをサイドテーブルに置き、布団を干した。
空気は冷たいけれど、空が青く晴れていた。
小鳥が群れで飛んでいだけれど、あっという間に消えていった。
台所にとんかつを持って行き、捨てようとすると母が現れた。
「何で捨てるの?」
「ん?」
一晩、母の温もりと過ごしたとんかつ。
「もう、食べられないよ。」
「まだ、食べられるのに捨てるなんて勿体無い。」
「あったかい所に置いたから、もう食べられないよ。」
「そっくりしてるのに、何で捨てるの?食べ物を粗末にして…。あなたはいつもそうやって物を粗末にする。そうやって無駄なお金も使うんだから。」
見つかったら、そう言うだろうと思っていたけれど、こう言う時はイリュージョンは起こらない。…不思議だね。
「食べるの?」
「私が食べるから捨てないで。」
おー!食べるのか?
下痢するだけだから、まぁいいでしょう。
チンすれば菌も死ぬかもしれないし。
「じゃあ、冷蔵庫に入れて置くね。」
その後、母がとんかつを食べる事はなかった。とんかつの事を思い出す事がなかったから…。
今度は見つからないようにゴミ箱に捨てた。
結局は、母に見つからないように捨てるのがコツなだけ。
母は、昔から、認知症の傾向があった。
認知症になったと言うより、ただそう言う性格で、歳を重ねてそれが色濃くなっただけじゃないかと思う。
年期が入れば私の対応も、何だか面白がって過ごせるようになった。
それにしても、とうとう認知症と名前がつくくらいの感じにはなったようだ。
そろそろ、介護認定を受けて介護保険を使う準備をしなくちゃ。
これからも、色んなイリュージョンがあるだろうけど、トラックが空を飛んでる想像をしたら、何とか乗り切れちゃう気がする。
現実とイリュージョンと妄想は凄く密接にくっ付いていて、瞬時に渡り歩く修行を絶賛実行中。
世界はグルグル周り、一瞬たりと同じ時はない。
フィクションです。