流れ星 : シロクマ文芸部
流れ星?
毛糸の帽子を深く被って、マフラーを巻いても、全てをさらい尽くす様な凍てつく風が頬に当たって、鼻はもげそうに痛かった。
風を正面に受けてしまうと呼吸が出来なくなるのは知っている。
だから、下を向いて歩いていたのだけれど、急に母が立ち止まったから、私も
「なんだろう?」
と思い立ち止まり、空を見上げた。
赤黒く染まった夕焼けの空に、巨大な火の玉みたいな塊が、分裂しながら、水切りの石みたいに流れていった。
「ねぇ!!
あれは流れ星???」
「うん。
流れ星かなぁ?」
「隕石じゃない???」
「隕石かも知れないね。」
「どこなに落ちたよね。」
「空中で、散り散りになったんじゃない?」
「そうかなぁ。
隕石欲しいなぁ。」
「見つからないよ。」
「そうかなぁ。
あっちの方に落ちたんじゃない?
隕石、欲しいなぁ。」
もう母はどうでも良くなって返事をしなかった。
それよりも、強風に煽られるのが耐えられなくて、おしゃべりをやめて家に帰りたかったのだろう。
私はと言えば、母を風除けにして流れ星を見ていたし、流れ星に魂を持っていかれて寒さを感じなくなっていた。
母を風除けにしたのは偶然で、たまたま風下にいただけだし、私はまだ母よりとても小さかった。
「中華まん買って帰ろうか?」
「私はあんまん。」
「じゃ、早く帰ろう。」
そう言って、商店街を通って家に帰った。
家に帰り暖房を付けても直ぐには温まらなかった。何もかもが、凍てついた世界。少しずつ少しずつ、温もりが広がって行った。
母はお茶を入れ、買って帰った中華まんを食べた。
中華まんの温もり。
「あったかくて美味しいね。」
「美味しいね。」
母と、特別な温もりの魔法を確かめた。
そしてまた、流れ星を思い出し、しつこく母に
「隕石欲しいなぁ。」
と、繰り返した。
だけど母は、中華まんが食べられなくなった。
父が、中華まんを食べた直後に頭が痛いと言い出し、そのまま帰らぬ人となったから。
中華まんが悪いわけではなくて、たまたまのタイミング。
それだけなのだけれど、母はそれ以来、中華まんが食べられない。
でも、それだけのこと。
母も私も、生活が一変したけれど、逞しく生きている。
流れ星が私の何かを変えたかと言えば、特に変わった事もなく、母が中華まんが食べられなくなったからと言って、母の何かが変わったわけでもない。
凍てつく強風は昔も吹いていたし、悪魔が現れそうな赤黒い夕暮れもあった。
二人でずっと、温もりを分け合いながら生きていた…それだけだ。
今でも、流れ星のかけら…隕石が欲しいなぁと思っている。