5月のカレンダー : 「# 月めくり」
月めくりのカレンダーが5月のままだ。
はぁ〜とため息をつき、
「もう今年も残り2週間なのに、カレンダー5月って。カレンダーの意味ないでしょう。」
と、面倒くさがりの娘に言った。
どうせカレンダーをめくるのさえ面倒だったのだろう。全く呆れる。
「もう、朝からうるさいなぁ。」
頭爆発して口角にはヨダレの跡がある。
どこかの戦場にでも行ってたみたいだ。
「もうお昼だよ。こんなに天気もいいのに。」
「私が起きた時間が朝なの。」
一人暮らしを始めたのはいいけど、一体どんな暮らしをしているのか、心配になってしまう。
「何時に寝たの?」
「ん? 10時。
あれ〜13時間寝ちゃった。母が来なかったら、もっと寝たね。」
と、娘は笑う。
こんな娘を見ると脱力してしまう。
ふにゃっと柔らかで、かったるそうなのに軽やかで、猫のようなエネルギーだなと思う。
「早く着替えて。ランチにでも行こうよ。その後、食料買い出しして、部屋の掃除をしましょ。」
「え〜。
母は慌ただしいねぇ。
部屋はこれでも掃除してるからいい。掃除なんててげてげでいいんだよぉ。」
と、洗面所に消えて行った。
部屋を見回すと、仕事を持ち帰ったのか、パソコン前にA4のコピー用紙が散らばっている。
それでも掃除はしているようだ。
5月のままのカレンダー…。
「5月が一番好きなの。」
カレンダーを眺めていると洗面所から戻った娘が言う。
「でも、外は冬なのに。変な感じじゃない?」
「うん。でもいいの。気分は一年中5月。外はクリスマスで、無理やりクリスマスにされるけどね。」
「面倒くさくてそのままなのかと思った。」
「それもあるけどね。
季節が過ぎたよって、追い立てられるみたいじゃない? 私は自分の時間を生きたいんだよね。」
「そうなんだ。いいね。」
娘の方が私よりずっと世界を分かってるのかもしれない。四季の移り変わりは美しいけど引きずられるような気さえする。
5月のカレンダーは、外の世界からリセットするためのものなのだろう。
「まぁ〜、お茶も出さずに。」
と、娘がふざけておばさんのように言う。
「なんてぇ。勝手にお茶入れて飲んでて。」
「これはこれは。どうもお構いなく。」
キッチンは片付いているけれど、ちゃんとご飯は食べてるんだろうか。つい冷蔵庫チェックしたい気分になるけれど、そこはやめておく。
「ランチどこに行く?」
「駅前のカフェでよくない?」
「うん。いいね。」
もう、十分お腹が減っている。
「お待たせ。」
コーディロイのパンツにセーターとシンプル。爆発した髪は嘘のように整っている。
それなりにちゃんとしていて、ほっとする。
駅前のカフェは、緑に囲まれた作りになっていて、緑を眺めて食事できる設計でよく考えられている。
それ程混んではいなくて、森の中で食事しているようだ。
「ねぇ、チーズケーキも食べていい?」
「食べなよ。バスクチーズケーキ。私も食べたい。」
美味しいものを食べるのは幸せだ。
緑の光の中で、娘と、
「美味しいねぇ。」
と、笑い合う。
「洋服でも見に行く?」
「いらなあ〜い。
母、褒めてくれないけど、このセーター可愛いと思わない?」
「可愛い色だね。」
ピンクっぽいパープルで、でも派手ではなくて、オフホワイトのパンツに合っている。
爆撃されたような寝起きからは考えられない、柔らかい配色に包まれた娘は妖精みたいだ…親ばかかな。
「でしょ?
だから、別に欲しい物ないもん。
公園で散歩しようよ。天気いいしさ。」
「お腹もいっぱいだし、そうしようか。」
駅前から続く遊歩道を行くと大きな公園に着く。
遊歩道の街路樹は貧弱だけど、公園は森のようになっている。太い幹の木々が歩道の両脇に広がる。
木々が開けると子供たちが、シャボン玉を飛ばしていて、強い風が吹くと、潰れたり、急激に空に飛ばされたりしている。
子供達は、シャボン玉がどんなになっても喜声を上げて、シャボン玉を飛ばし続ける。
娘は、シャボン玉を追いかけ出し、とうとう子供たちと遊び出してしまった。
私は日向のベンチで、それを眺める。
きっと娘に子供が生まれたら、こんな風に遊ぶのだろう。
仕事で色んな事を乗り越えているのだろうに、こんなに柔らかく過ごす娘を見ていると、胸が熱くなってうるうるしてしまう。
娘がまだ小さかったら、
「頑張ったね。」
と、抱きしめてしまうだろう。
誰もが思い浮かべる平和とは、こんな世界ではないだろうか。
そして、娘は本当にずっと5月を生きているのかもしれない。