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シロクマ文芸部参加

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2023年6月の記事一覧

老婆 : #「街クジラ」

老婆 : #「街クジラ」

「街クジラ、に行きますよ。」
引っ越し業者らしい三人のアンドロイドが、ドアを開けるとそう言った。

そう言えば…。
100歳を超えた一人暮らしの人たちが、街クジラに住むことになると聞いた事がある。

「何の通知もありませんでしたが…。」

「ネットの広報で知らせていましたよ。僕らは依頼を受けただけなんで。」

そう言えば、何かお知らせが点滅していたような…。
戸惑う家主をよそに、あっという間に荷物

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空散歩 : #「街クジラ」

空散歩 : #「街クジラ」

街クジラは、ブワーと大きく潮を吹くように蒸気を吐いた。

上空の冷たい空気に触れた蒸気は、霧雨みたいに地上に降っていく。
太陽の光がそこに当たると、大きな大きな虹を作り出した。

街クジラの窓にへばり付き、
「虹を越える!」
と、知らずに声はマックスになっていた。
でもそれは、わたしだけじゃない。
あちらでも、こちらでも、
「わー、虹!」
とか、
「虹の橋を通り過ぎる!」
とか、
みんな、感動で声

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甘い記憶の海 : 「海砂糖」

甘い記憶の海 : 「海砂糖」

「海砂糖」
と、泰大に返事をした。

「海砂糖? どこそれ?」

「知らないけど、母さんが言ってた。今、連れて行きたい所なんだって。」

「海で泳いだら、ベトベトしそうだぞ。」

「うーん…。
海岸が金平糖で出来てるんじゃないかな。」

「海で泳いだら砂糖のシロップ漬けになるんじゃないか?」

クリスマスケーキのショートニングで出来たサンタクロースが浮かんで来た。
折角の夏休みなのに、全然楽しくな

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「ガラスの手」

「ガラスの手」

「ガラスの手」に
触ろうとした手を、
マオはそっと引いて、
「キレイね。」
と言った。

ガラスの手はライトを煌々と受けて、
キラキラ光っていた。

「うん。」

「私の手もこんなに綺麗だったらいいのに。」

マオは、キラキラ光るその手ではなく、
その形状を言っていたらしい。
節がない細く伸びた指。
確かに綺麗だ。
でもそれは、
人間としての手ではなくて、
オブジェとしての美しさだ。

「こんなに

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恋は猫  :  「恋は猫」

恋は猫 : 「恋は猫」

「恋は猫」
生垣の傍を通った時だった。
子猫の鳴き声がして、
生垣を覗き込むと、
生まれたばかりのような子猫と目が合った。

私がかがむと、
私によじ登り爪を立て離れなかった。

「ミャア ミャア」
子猫特有の声で鳴いている。

お腹が空いたの?
そう思ってもバックの中に食べ物は何もない。

アパートに戻って牛乳を持ってきてやろうと、思い、子猫を離そうとしても、子猫はしっかりしがみついている。

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