『名前のないことば辞典』制作秘話③
2021年2月に刊行した遊泳舎7冊目となる書籍『名前のないことば辞典』。「わくわく」「もじもじ」「だらだら」といった擬音語や擬態語などのオノマトペ、感嘆詞を、ユニークな動物たちのイラストとともに楽しめる「絵本のような辞典」です。
本書の制作陣である、著者の出口かずみさん、デザイン担当の荒木純子さん、編集者の谷口香織さんの3名による鼎談を、全3回にわたってお届けする企画。
最終回となる今回は、カバーづくりで直面した葛藤や、作り終えた今の気持ちについてのお話です。
(第1回はこちら・第2回はこちら)
カバーづくりで大苦戦。商業出版の限界を感じた瞬間
谷口 装丁でも苦労しましたよね。カバーは水色の紙に白のインクでいくって決まっていました。でも、色校を見ると白のインクが思ったように出なくて、水色が透けて動物の顔色が悪く見えちゃっていました。面白い本なのに、カバーはなんとなくどんよりした雰囲気で。でも、すでに紙も発注していたし、時間や予算の余裕もなくて。大きくは変えられないけど、ここからできることを最大限にやろうと、遊泳舎とも話してまとまっていました。
当初、カバーは水色の紙に特色の白と茶のインクで印刷する予定だった
荒木 それまでに困ったことや迷うこともありましたが、みなさんのおかげで納得できる形で先に進んでいけていたんです。でも、最初の案のカバーの色校を見たときに、「うーん……違うけどまあ仕方ないかな」と思っている自分がいました。内容をつくる編集の段階と違って、印刷は、紙や印刷方法、コストなど、コントロールできる部分が少なくて、どうしようもないのかもしれないと。でもやっぱりもやもやしてました。
谷口 そうですよね。
荒木 このままじゃこの本が出たときに「本当はこうしたかったけどこうなっちゃったんですよねー」とか言いそうだなとも思ってて。そうしたら谷口さんが電話をくれて、「今までこんなにみんな頑張ってやってきて、最後の最後であきらめたくない」と言ってくれて、そこでハッと目が覚めたんですね。それまでは「あきらめる」ってことが自然となかったんですが、最後の最後でいつのまにかそうなっていました。こわいこわい、と。
谷口 紙やスケジュール、予算のことはいったん忘れて、「このカバーって本当に魅力的なのか」を話したくて、純子さんに電話しました。そこから、カバーについても別のやり方を考えたんですよね。
荒木 私が最初のアイデアにとらわれて固まっちゃってたから、出口さんの絵が印刷されて、本になったときにより良く見えるように、考え方を変えようって思って。
谷口 最終的には、水色の紙ではなく、白い紙にカラーで印刷することになりました。
荒木 あのとき谷口さんが電話してくれなかったら、完成したときの気持ちが全然違ったと思います。本自体に向き合ってくれることも嬉しいし、同時に人間として向き合ってくれるのもめちゃくちゃ嬉しかったです。
谷口 その時点では一番忙しかったのが純子さんで、入稿に向けて1か月以上休みなしでずーっと作業してくれてたんです。出口さんも追い込みで絵を描いてて。私は自分の原稿が終わって後は確認する作業なので、自分だけ大変なゾーンから抜け出していました。カバーの入稿直前は、純子さんが徹夜することもあって、心身ともに疲れてるだろうなと感じていました。
荒木 本のこと以外は何も手がつけられなかった時期ではありましたね。
谷口 自分は労力的なものからは解放されて、身体的には楽だったから考えられたのかもしれません。同じ土俵に立ってたら「とにかく入稿して、早く終わらせないと発売に間に合わない」というところだけに意識がいっていたはずです。
「あれがなかったら、私の2020年どうなってたんだろう」。いざ作り終えて
谷口 無事に終わってみていかがですか。
出口 なんか寂しいですね。乗り越えなきゃいけない。楽しいことが終わってしまって、それでもこれからも頑張んなきゃいけないっていう不安があります。
荒木 2020年に一気に集中してやってたじゃないですか。コロナのこともあったので、あの期間に、この楽しい本づくりを毎週毎週話しながらできたっていうのは、とても幸運だったと感じてます。あれがなかったら、私の2020年どうなってたんだろうと思うと恐ろしい。
完成した本書を初めて手に取った瞬間の荒木さんと谷口さん
出口 他の人が「コロナのせいで2020年結局何もしなかったよねー」とかいうけど、私は心の中でずっと楽しい時間だったっていうか、充実してたと感じていました。全然持て余さなかったというか。
谷口 外には出られなかったり不自由だったりする思い出より、この本を作ってたのが楽しかったっていう思い出が強いですね。
荒木 リモートでやってたのも、よかったかもしれませんね。打ち合わせをしながらその場でデータも共有できるし、気軽だし、交通費かかるわけでもないし、色んなことが良い方に働いた気がします。「お家にいた方がいいですよ」って期間だったけど、家にいないと作業ができないから、誰かに言われたからじゃなくて、自分が楽しめることをやるために偶然家にいるという感覚も、なんとか正気を保てる大事なことで、運がよかったと思ってます。こんな楽しい時間を過ごせたことに感謝してます。
技術的な部分から精神的な部分に至るまで、制作の裏側で起きていた苦労や、抱えていた想いなどを伺うことができました。それぞれ性格や役割も異なる3人の出会いがあったからこそ、この『名前のないことば辞典』という唯一無二の本が完成したのではないでしょうか。
この長期間にわたる本づくりを振り返ったときに、3人の口から「楽しかった」という言葉が真っ先に飛び出したことが、とても印象的でした。楽しみながらも妥協を許さず最後まで突っ走るのは、なかなか真似できることではありません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
(第1回から読む)
取材場所・えほんやるすばんばんするかいしゃ
住所|〒166-0003 東京都杉並区高円寺南3-44-18
時間|14時~20時
定休|水曜日(現在は不定期営業)
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