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「裏」と「表」

昔から、音痴だった。
私は人に比べて音楽的センスがないんだなと自覚したのは遠い昔。
頭の中ではちゃんと歌えてるのに。
綺麗な声で、心地いいリズムで。

最近、ネットで「脳内マジカルバナナ」という言葉を目にした。
脳内でどんどん連想ゲームが繰り広げられて、目の前の話題から勝手に遠ざかっていく。
私の頭の中にはいろんな単語が飛び交っていて、バナナと言ったら黄色、黄色といったらレモン、レモンと言ったら酸っぱい、酸っぱいと言ったら梅干し、梅干しと言ったらおにぎり、おにぎりと言ったら運動会、運動会と言ったらリレー、、、、、、、
ドラえもんの四次元ポケットみたいな、異空間が広がっていて、私はその中心にいて広い、広い、その空間でも足りないくらいいろんな言葉が飛び交っている。

身長153センチの私の体の中にたくさんのものがあって、
私がまとっている皮膚が私の中のものたちを外の世界から隔てている。

ずっと私のなかのものたちを抱きしめて、大切にして、
傷つかないように、外側の私が代わりに傷を負ってきた。

最近はたまに、どうしても中のものたちが重くて、怖くて
外に出したくて仕方なくて。
中からずっと刺激してくる。
外に出して。素直になりたい。逃げたい。




頭の中ではいつも、イメージは完ぺきなの。
この場所から飛び降りること。

重心は腰に行きがちだから、ちゃんと頭から落ちるように水に飛び込むように飛ぼう。
ゆっくり落ちるのは怖さがたつから、走って空を飛ぶように飛ぼう。
真夜中だと発見が遅くなるから、朝日が昇る直前の早朝にしよう。
これで死ねるはず。これで大丈夫。私なら飛べる。

そうして毎日屋上にのぼって、マンションの一番上にある貯水タンクに寄りかかって、
早く飛びたい
それだけを考えながら。
ふちの部分に立つと鼓動が一気に早くなって、思考力が消える。
飛びたいことも、怖いこともわからなくなって。
自分が何してるかわかんない。いや。むり。できない。
そうやってまた飛べなくて。

そうして今日が来た。
飛ぶ直前の「まだ生きたい」


結局私も正常な判断ができるのだと。

頭は混乱して、うまく思考ができない。
なのにお腹はすくし、服を着て何でもないような顔でスーパーにもいける。

すれ違う人たちはどんな人生を歩んでいるのだろうか。
私みたいに、思い悩んでいるのになんでもない顔をしてここにきているのか。

そんなことを考えてたら一日は過ぎていくし。
意味のない日々。なんの役にも立たない自分。
結局は誰かに必要とされたいだけの人生だった。


仕事もやめて、一人暮らしの家も解約して、アラサー無職の完成。
いろんな人が心配してくれた。

「今はゆっくり休めばいいよ」
「きっとそのうちよくなるよ」

外側からの声が痛くて、私の胸を、お腹を、刺していく。
私のことを心配している人たちは、心配はすれど必要とはしていない。

その事実を何よりも実感してく時間。
今が一番心が死んでいる。

「心配してくれてありがとう」「貴方のおかげで元気になれそう」
表側の言葉でまた返す。
心の闇は終わることなく広がっていく。
ブラックホールみたいに私もついていけないほど速いスピードで。

現代人が使う「社会不適合者」だなんて。
そんな安易な言葉には、肩書には私はヒットしない、そんなプライドで生きてきた。
必死に社会に適合しようとして、いびつな形で適合しようとして。
最後に砕け散った。


私の裏側はいつも暗くて、じめじめしていて、カビばかり。


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