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舞台「文豪ストレイドッグス」 共喰い編感想がわりのラブレター

今日、私が2.5次元舞台というジャンルでここ数年間、熱狂し、一番愛したと言っても過言ではない作品が無事一つ幕を下ろしました。

今までにない2.5次元の表現に、ここから演劇作品としての何かがはじまると思った初演。

伝説を打ち立てたと言っても過言じゃない、2.5次元ストレート舞台の演出/芝居の金字塔と思っている黒の時代。

座組と作品の熱量と、美しすぎる演出を浴びたくて、気付けば最初二枚だったチケットが当日券握りしめたりして終わりは六枚に増えていた三社鼎立。(※ここから私の何かが外れた)

こんな台詞量を役者に用意する鬼演出家とそれに答えてしまう役者たちがいるのか…?という演劇表現に挑戦してくれた入社試験に探偵社設立秘話。

コロナ禍で悔しい思いをしながらも、無観客でも最高の舞台を届けてくれたデッドアップル。

多くのファンが待ち望んでいただろう中也と太宰の十五歳の「完璧」な青の時代を見せてくれた舞台化に、小説でしか存在しなかった作品とキャラクターたちを見事に舞台の上で再現し、まだアニメ化されていないのにアニメをリスペクトし切った最後で締めくくった、完璧な文豪ストレイドッグス作品の系譜として作り上げられたストームブリンガー。

いつだってこの座組の彼らは、最高を次の作品で必ず超えてきた。
そんな数々の舞台の思い出が蘇る中、去年の終劇の文字を見た劇場の空気を今も覚えています。
一年前からこの日が来ることを、楽しみにしながら恐れていた。
けれど、劇場で浴びた千穐楽の空間で過ごした今日という日は、間違いなく人生で最良で、最高の日でした。

これは千秋楽公演を無事に見終え、人として生きる上で迷い、足掻き続けることをやめなかった文豪ストレイドッグスの作品の核である「迷い犬」である彼らを、生身の人間で描き切り2.5次元舞台の魅力を出し切ってくれた、舞台への最愛の感謝を込めた感想文でありラブレターです。(だってこのラブレターを届けたくても感想QRコードがなかったんだ…)

共喰いで改めて描かれた双黒の魅力


舞台版の敦は、どの作品でも印象的に常に師であり、養父とも言える院長先生の影を背負い続けています。
私は、この舞台版の常に院長先生の影を背負い続ける敦の演出がずっと心に刺さり続けており…何故なら、この舞台版文豪ストレイドッグスに、院長先生の演出は、ミュージカルの手法で言うリプライズ(作品のテーマを刷り込ませる反復)と思っているから。
初演から、三社鼎立も、そうしてデッドアップルで彼が爪を立てた時も。この院長先生の影を意味深に背後に背負い続けるこの演出を繰り返したからこそ、舞台版の敦って、親代わりの男から与えられた最初の間違った愛に支配され続け、誰かに認められないと生きていけないと思い込んでしまう、苦しむ迷い犬であることがアニメや漫画よりも色濃くでていると感じるんですよね。
そして、その六年越しのリプライズが今回、観客たちに響くわけです。

舞台で描かれた院長先生の死と対面する敦。
アニメでは省略されてしまいましたが、漫画にはある「お前の師だろう」と直接指摘する芥川と、アニメで描かれた美しい黄昏時に敦に一般論を諭す太宰。
敦にとっての別れの黄昏ではじまり、そして最後の乾杯も黄昏の中で乾杯して終わる、終始美しい夕焼けが共にある共喰い編。まさしく夏目先生が構想した昼と夜の間を司る探偵社の色で締めくくられる作品でした。
今回の作品を3時間に収めるため、そして出ていないキャラクターを補完するためにいろんなものは省略されましたが、共喰いとこれからの双黒を描くための核であるそこはきっちりと抜かずに表現した舞台版、漫画と舞台の完全いいとこ取りですよね。この話の重要な核を収め切っている。

私は共喰いという本編で「芥川は何故、敦を認め、人殺しを止めてまで敦との再戦に望むのか」という作品としての今後重要な展開であり、ターニングポイントを、原作やアニメを見た時に、「一体いつ、どうして芥川はそこまで敦を認めることができたんだろう」と自分の中で言語化できるほど噛み砕けていなかったんですが、今回の舞台ではっきりとそこがわかり共感できたのは、原作のコマやアニメのカットの外にあった芥川の感情が舞台の上にあったからだと思います。

院長先生の影を背負い、二度と死者には認められることはない敦の苦しみを理解し、「僕の師よりもよほど過酷ではないか」と敦の過去を認めたときの芥川の感情の動き。
最後の敦がイワンに、生きていくことは逃げずに足掻いていくことだと必死で説く舞台オリジナルのシーンに、ずっと黙って敦のセリフを聞いている芥川。それは太宰に認められたいと過去に妄執し、囚われ続ける芥川にとっても探し求めていた答えなんです。芥川が敦との再戦を誓ったのは今、この瞬間だって、舞台でようやく思えました。

本当に最後の敦と芥川の戦いの波紋の演出も全てがアニメコンテをリスペクトしながら美しい表現に落とし、かつ舞台でしかできない脚本に昇華された二人の描写。
「この演出家、ちょっと原作の強火オタクすぎる…」って常に漫画と小説とアニメまで原作の派生全てを誰よりも読み込んで、そのいいとこ取りをした上で解釈して一つにまとめてくる凄技を浴びるたびに思っていたんですけど、今回の共喰いは本当にファンが見たいと思っていたシーン全てを詰め込んでくれた舞台にしかできない共喰いでした。

徹頭徹尾、キャラクターを魅せる演出

今回の舞台美術、複雑そうに見えてシンプルで、かつ劇場のどこに座っても見やすく美しく、そして総勢28人のすべての役者たちを主役に仕立ててくれる舞台美術、本当に素晴らしかったです。
横浜の街の風景にも、裏路地にも、洞窟にも、そして岩巨人にもなってしまう。
キャラクターの出捌けも並びも常に意味があって美しかった。
前に舞台にしかない魅力の話で、デッドアップルのパンフレットのコメントで中屋敷さんが「舞台の魅力はキャラクターが立っているだけで絵になる所」って残してますけど、本当に今回も上下、左右、あらゆる方向で探偵社とポートマフィアの対立を照明とミザンスで見せてくれた、もうあれは動く絵画でした…本当これは何度でも言うが、中屋敷演出の2.5次元舞台におけるミザンスの美しさは宗教画と崇めたくなる美しさ。(※舞台・黒子のバスケと出会った時から中屋敷演出のミザンスと止めの演出に焼かれ続けているオタクが勝手につけた名称です)

あと、中屋敷演出における照明やミザンスの美しさはどの観客たちも褒めちぎるだろうと思うので、ここであえて違う部分を書くんですが、中屋敷さんの演出って虚構が舞台上に現れることがないんですよね。箱馬や物が捌ける時が意味なく見えたことがないんですが(舞台からキャラクターが消える時は最後まで役の状態で意味を持って消えるし、舞台の転換も見えた試しがない)舞台の上には「キャラクター」しかいないということに本当に気を払っている演出だなと改めて思いました。
キャラクターが舞台上の箱馬を移動させたり、セットを履けさせたり転換させることが丸見えになる時って、「あ、これそういえば舞台だな」って観客が虚構と気づいて夢から覚める瞬間だと思うんだけど、それが一切ない。

(今回隠れて評価しているところが谷崎が森さんを暗殺しに来るシーンのあと、森さんが捌けるシーンも彼を安全な場所に移動させるという芝居のまま捌けさせて、ベッドとして使われた台は舞台上の人間が押したり動かしたりするわけでもなく、きっちり中から見えないように舞台の中に仕舞われるというちょっとした所にも気配りがある場面転換に細やかさを感じます)

なんかまたここでもサビのように繰り返してしまうけど…「本当にこの演出家、文豪ストレイドッグスのオタクすぎないか…?」ってぐらいキャラクターが大好きな人が作った、舞台の上でキャラクターが生きていることを徹頭徹尾魅せるための演出でした。


「終わりよければ全てよし」の千穐楽

たくさんの素敵なカーテンコールとお見送りが日々ありました。
でも千穐楽のカーテンコールとお見送りは私たち、この舞台を追ってきたファンにとっては特別なカーテンコールで、まさしく舞台からのギフトでしたね。

初演から、どうしてこの文豪ストレイドッグスの舞台を私が「凄い」と思ったのか。
それは上記でも書いた徹頭徹尾、キャラクターを魅せる演出と、最後まで役であり続ける役者たちがいたからなんですが、作品の終演であり千穐楽でもそれは変わらなかった。初めて見た時に、こんなにストイックに漫画原作を舞台にする作品があるんだと思ったし、そこに私は恋をしたんだな、ってどうしてこの作品を追うと自分の熱量がどんどん上がっていくのか忘れかけていた最初のときめきが、今日、千穐楽にありました。

挨拶はミニマムに、そして最後、去る姿も袖の最後の最後に捌けるまで、ずっと彼らはキャラクターのままで。
そして、初演の時に乱歩で始まった舞台が、乱歩で終わるわけです。
ほら、君たち帰りなよって。一度も声も震えることもなく、涙もない、飄々とした態度で、からっと私たちの前から去っていく乱歩。本当に最高にストイックで、クールで、「私が好きになった作品って、こういう馬鹿みたいに格好いい所なんだよ…」って何度も割れんばかりの拍手の中で思った。最後の最後まで、ずっと格好いいままでいてくれて、ありがとう。本当に終演で、二度目の恋に落ちた気持ちです。

僕がよければ全てよし。

乱歩はそう座右の銘を口にして初演の頃、締めくくっていたのを今になって思い出すわけですが、何故、乱歩がこの舞台を締めくくる役にあてられたのか、今思うと、この台詞の元がシェクスピアの戯曲である「終わりよければ全てよし」をもじったもので、そんな言葉をいじって座右の銘にする乱歩しか、「舞台」文豪ストレイドッグスは終われないわけだよな、なんてことに今更ながら気づいて。
文豪への知識と原作への愛がいろんな所に巧みに散りばめられ、舞台でしかできない仕掛けがある、愛されすぎたこの作品のことを、私は一生忘れないでしょう。この舞台、本当に全てにおいて意味がある。クレープおじさんもね。いや、嘘です、クレープおじさんは彼らの最高のお茶目です。

終わりよければ全てよし。
そんな言葉が何よりも似合う、舞台・文豪ストレイドッグス。

最高の余韻と、お別れでした。

この先、原作やアニメの天人五衰編で用意されている彼らの葛藤や戦い。
そこにはきっと逃げずに立ち向かい続ける幸福に至るための道があるし、そこに至るために彼らは足掻き続ける迷い犬であり続けるのだと、まるでこの先の舞台では描けない天人五衰編への架け橋になる「幸福」を軸にした脚本。
多分、この先のアニメや漫画の展開を見るたびに、生身の体で体当たりして迷い足掻く人間としての表現を見せてくれた舞台の彼らの姿は重なるだろうし、この魂も熱量も原作へ生きていくんだろうなと思うと、この舞台にファンとしてもう悔いはありません。
原作から生まれ、原作を愛して、原作へと帰っていく。
そんな素晴らしい2.5次元の舞台の強さと可能性を見せてくれた舞台・文豪ストレイドッグス、ありがとう。私が恋した舞台は、本物で、最高でした。

各キャスト・キャラクターへの感想

本当は激しく一人一人にコメントを残したいのですが、ここまででもうすでに5000字ある記事になってきたので、各組織に分けて感想を残したいと思います。

【武装探偵社組】

本当に少し見ない間にみんなそれぞれ役者として成長して戻ってきてくれた、最高の武装探偵社のみんなでした。
個人的に本当に長江くんの乱歩が本当に公演の回を増すごとに国木田や敦に諭すシーンや要所要所の抑揚が効いていて、社長を守りたいと言う乱歩が滲んでいてよかったです…、本当に彼の10代からの成長が滲み出ている最後の乱歩だった。与謝野さんと乱歩がちょっと距離が近かったり、社長の手当てをするところの芝居とかも二人とも台詞はないのにしっかりと入り込んでいて、このあとの四期の与謝野さんと乱歩を知っている身からすると、そういうこまやかな芝居がまたキャラクターが生きてるって思える二人でした。
谷崎兄妹も相変わらずの再現度で、「まぁこの妹のためなら喜んで世界を焼くな…」の台詞を思い出す、常にお兄様に絡み続ける徹底した谷崎兄妹で最高でした。
今回初出演になる花袋さんも本当に自然と国木田との親友を感じさせる距離感で…(あの頃序にドッグスでいたと思うと改めてそこも感慨深いです)
鏡花ちゃんの芥川との対決シーンもデップルを経て、かつ地下で実は同じく訓練を受けていたという衝撃の事実発覚後の二人の距離感が出ている対決と殺陣で、漫画やアニメの時には味わえなかった二人がいたのが本当によかった。
あと、ずっとお茶ふーふーしていた社長、猫舌すぎてかわいかったですね。(そこ?)舞台の社長は本当にちょっと滲み出るお茶目さがあって、こういうところを探偵社のみんなは慕うんだよなぁと思った素敵な社長でした。

そして、本当に立派に22歳の太宰を演じてくれた田淵くん、ありがとうございました。しっかり目に光がある、未来を信じて、先を見る太宰君だった。気づけば立派に日替わりのアドリブで敦君や芥川をいじり倒す側に回っているの、十五歳の頃のお茶目なおじさんたちに振り回された遺伝子そこにあって、青の時代を経た太宰君だなぁと思いました。


【ポートマフィア組】

脚本を書いた側(そして私たちファンたち)の「ポートマフィアの活躍がもっと見たい!」という欲望を全て叶えてくれたポートマフィアのみんなだった。
十五歳からストームブリンガーを経て、大人の魅力をしっかり出してくる中也は、最後までずっと帽子をとらずに首領の横に立ち続けてくれた五大幹部の男でしたし、常に気品がある立ち回りを見せてくれる紅葉姐さん(本当に元ジェンヌという美しさが存分に出ている立ち姿と着物の扱い、好きすぎる)も、気づいたらステテコパンツで最後の中也の涙拭こうとしている、気づいたら日替わりしてたお茶目な梶井もみんなの活躍がある最高の共喰いのポートマフィアでした。
あと根本さん演じる森鴎外。本当にありがとうございました。森鴎外を演じてくれたこと、感謝しきれません。

【ギルド組】

フィッツジェラルドがフィッツジェラルドすぎる…(日本語)あんなにも黄色の眩しい照明を背負うことが似合う男がいるだろうか、あまりにもフィッツ様です。
日替わりで毎日フィッツにいじられながら、時にはアルバイトまでしてくれているルイーザちゃん…、本当にずっと可愛かったですね、中の人の柿でのご活躍も楽しみにしております。
ルーシーちゃんも本当にいつもどのカットでもかわいい、袖に引くまでずっと隙がないルーシーでした。本当に文ステの女子たちは完成度が高すぎるし、可愛すぎる。大好きです。

【鼠組】

彼の芝居がなくてはこの作品は成立しなかっただろう松田君の最高の狂気のイワン。本当にどの公演も常に全力の狂気を見せてくれた、最高の敵でした。
そんなイワンの人生を狂わせた、本編屈指の悪を演じてくれたひさびさに浴びる岸本くんのヒョードルも本当にぞくぞくする悪役そのもので、歩き方ひとつ、姿勢ひとつとっても、ヒョードルそのものだった。

【主演の二人】

冒頭にかなり熱く芥川と敦のことを語ってしまったので、もうこれが二人から受けた熱量の全て…と言う感じなんですが、初演から二人がぶつかってきた軌跡が滲み出た最高の敦と芥川だった。敦と芥川を演じるのはこの二人しかいないと思える、最高の幕引きでした。千秋楽の「行くぞ、芥川!」の青年館に響き渡った咆哮から、なんだかわからない熱い涙が止まらなくなっていた。本当に最後まで熱演ありがとうございました。

そして、最後まで支え続けてくれたドッグスの皆様。
本当にアンサンブルとしていつも美しい最高の表現をしてくれて、作品を重ねるごとに美しくなる異能の表現を見るのが本当に楽しみだった。この作品、本当にドッグスの皆さんがいなければ成立しない演出の数々で、どのシーンを切り取っても美しいシーンしかないのはドッグスの皆さんのおかげです。たくさんのありがとうを込めて。

ここまで読んでくれた人は確実に舞台・文豪ストレイドッグスのオタクだと思いますし、ロスを求めてこの記事にたどり着いた仲間だと思うのですが、それでももしかしたら見ていない人がいるのなら最後に見届けてほしいと言う願いを込めて配信URLを最後に載せてこの記事は締めくくろうと思います。

https://eplus.jp/sf/detail/2340160006-P0030048P021001?P1=0175

千穐楽配信は大盤振る舞いの7/23まで!

最初で最後のラブレターがわりの感想文。
ここまでご精読いただき、ありがとうございました。
DVDと思い出の中の彼らにまた出会えることを願って。


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