それで、何がしたい。
「そんな話は東京で」
そう彼は言って電話を切った。
たった40秒ほどの通話時間だった。私は明日も学校を休もうと、もう電話をする前から決めていたのだ。
電話の後しばらくしてからアパートを出た。夏風が足元を抜けて暗闇に渦を巻いてとけ込んでいく。そんな夜道を歩いていた。
私はどうする
君は何になる
どう生きる
何がしたい
何もしたくない
私は私を知っているか
君は私を知っているか
知らない
知ろうとしない
知りたい
会いたい
声がききたい
彼は私の初めての恋人だった。
今までの私の恋愛はコンビニエンスストアの様だった。24時間開いてますよ、欲しいもの何でも揃ってますよ、立ち読み?えぇ何でもどうぞ、フンッ、ってスタイル。
その頃は沢山の人が、沢山の知らない人が、私の手足爪の先までたしなんで何事もなかったかの様に去っていった。
東北の小さな町から東京に上京して、大学生活に必死で慣れようとしてから6カ月が過ぎた。
彼とは歌舞伎町の居酒屋で出会った。
「よかったら一緒にのまないか?」
彼はそう話しかけてきた。
「私まだ18歳」
「そう。ならソフトドリンクで乾杯しよう」
「いいなら、あなたはお酒でもいいのよ」
「そう、ならハイボールにするよ」
「東京の人?」
「千葉」
「ここにはよく来るの?」
彼はタバコに火をつけて二口吸ってから言った。
「初めてだよ。終電で帰るつもりだったけど逃してしまった。」
私は前髪指先で整えながら言った。
「朝までのむの?」
「まさか。明日早いんだ。ホテルに泊まって早朝には帰るよ」
私は胸の奥が揺れる感覚を言葉に変えた。
「私も泊まりたい」
「え? 帰る家がないとかまさか言わないよね?」
私は嘘を言った。
「最近はずっと、この店の向かいの高架下の路上で寝てるの」
「まさか」
「ほんとよ」
「まさか」
「ほんとだって」
彼は言った。
「そろそろ帰ろう。名前は?」
「桃華」
「ももでいい?」
「ももでもりんごでもいちごでも」
「明日になったら忘れてるさ」
そう言って彼は私の手を握って居酒屋をあとにした。
ホテルに着いたのは午前3時を過ぎた頃だった。
私は笑いながら泣いて手を握りながら歩いてきたけれど少し走ったから息があがったままベッドにダイブして少し寝たけれどすぐに起きて服を着替えたけれどやっぱり脱いでセックスをした。そのあと彼の体を触って血を感じながらスマホを操作してトモフスキーのコインランドリーデートをリピートで聴いていたら夜が明けた。
夏の終わり。私は大学のあるJR御茶ノ水駅の近くのアパートで、寝ぼけ眼に夕焼けを浴びてスマホを触った。
二回目のコールの後、彼はすぐに電話に出た。
「いま新幹線なんだ」
「どこいくの?」
「出張だよ、岡山まで」
私はあくびを一回、してから言った。
「またしたいわ」
彼は言った。
「そんな話は東京で」
(了)