見出し画像

【ビブリオバトル日本一がガチで30日間本紹介してみた】2日目『ゴールデンスランバー』

 ビブリオを始める前に、少し昔話をします。
 去年、私が日本一を取ったときに紹介したのは『勉強が面白くなる瞬間』という本でした。でも実はあの本を紹介するはずじゃなくて、最初に選んでいたのは全く別の本でした。
 私が人生最後のビブリオと決めていたあの大会ーーその最後にふさわしいと選んだ最高級のミステリー小説
 今日はその幻のビブリオをお届けします。


一瞬で犯人が明かされる?

 今回私が紹介するのは、伊坂幸太郎作『ゴールデンスランバー』です。
 さて、この本の冒頭である重大な事件が起こります。なにやら、総理大臣がパレード中に殺されたらしい。なんとも物騒な事件ですね。
 さあ今から華麗な犯人捜しの始まりかと思いきや、この本、たった数ページですぐに犯人の名前を明かしちゃうんです。
 犯人は、青柳雅春というらしい。

 これで一件落着かと思いきや・・・この本普通の小説とちょっと違うところがありまして。
 この犯人の往生際がやけに悪い。普通のミステリーだったら、犯人がバレたらだいたい観念して捕まりますよね。でも彼はとにかく逃げるんです。彼が犯人だって証拠が次から次へと出てくる。それでも観念しない。三日三晩逃げ続けたちょっと変わった人が犯人。
 ここまで聞いた感じ、この本やけにあっさりしてますよね。すぐ犯人見つかっちゃうし。

 でも、みなさん、実は今までの話は最初のたった10ページにすぎません。そう本当の物語が始まるのはここからです。

『ゴールデンスランバー』 本当のテーマ

 今から描かれるのは、犯人・青柳雅春側のストーリー
 みなさん気になりませんでしたか。彼は、どうしてあんなに逃げたのか?

 結論から言いましょう、実は、彼は犯人ではないんです。この事件とは無関係のただの一般人だったんです。それなのに首相殺しの犯人にされてしまった。
 これはただの冤罪でしょうか?警察の勘違いでしょうか?
 いや、明らかに何者かが偽の証拠を作ってわざわざ彼を犯人に仕立て上げたんです。そうつまりこれは単なる首相暗殺を描いた小説なんかじゃありません。「首相殺しの犯人にされた男の必死の逃亡劇」これこそがこの本の本当のテーマなんです。


画像:新潮社

読者は「容疑者」視点

 さあこの設定の何が面白いか、ちょっと語らせてください。
 基本的にミステリーや事件小説で描かれるのは追いかける側、探偵目線のストーリーですよね。でもこれは180度違います。
 この本を読むあなたは追いかけられる側、犯人なんです。しかも一国を揺るがす大事件の犯人。だから、どこへ行っても周りは敵だらけ。その中で逃げ切らなきゃいけないというのがこの本の面白いところ。
 いくらミステリー好きとはいえ、この追いかけられる側のドキドキを味わったことのある人はいないでしょう。
 最後の1行まで緊張がゆるむ瞬間が一度もない。これほどまでに手に汗握る小説はないはずです。

 さて、これはたった3日間の逃亡劇です。でもこの本少し分厚いんですよね。700ページくらいあるんです。
 これが何を意味するのか?
 それはつまり作者の伊坂幸太郎が、この逃走劇の一瞬一瞬を、緊迫の瞬間を、この緊張感を、どれだけ細かく描いているかということです。この作者の本気に圧倒されない人はいないでしょう。そしてこの圧倒的な描写は、読者であるあなたをこの世界に引きずり込んでしまいます。

注意:ちょっとネタバレ

 さあここまでこの本をべた褒めしてきましたが、ちょっと正直な感想言わせてください。
 
1回目読み終わったときはちょっともやもやしました。

 実はこの本、最後に真犯人が書いてないんです。黒幕の正体が明かされない。
 これはこの本の評価が分かれるところで、これが面白いという人もいればこの結末が不服だという人もいる。私は不服側でした。
 確かに読んで面白かった。面白かったんだけど、なにかもやもやする。結局黒幕は誰だったんだと、作者に怒りたくなる。この結末はなんなんだとGoogle検索すると、「結論は書かれてある」「それに気がつかないのは君の目が甘いから」と書かれてあって、ますます腹が立つ。

画像:iStock

 でも、もう一度読んでみると、その通りでした。もう結末は、ちゃんと書いてあったんです。でもそれは自分が一度読んだから気づけることで、初めて読んだ時には絶対に気づけない結末の書き方なんです。
 だからこの本、「2回読んでも面白い」なんてレベルじゃない。読み直したときにはもう別の本になっている。全く違う世界が見えてくる。こんな小説世界に一つだけだと思ってます。

 だから、今このビブリオを読んでくれている人の中にも、もしかしたら「この本読んだことあるよ」って方がいらっしゃるかもしれません。
 でも、私はその方にこそお勧めしたい。一度目で味わわされるのは敗北感。でも二回読めば、あなたは真実に気づくことができます。
 誰も真犯人に気づいていない、いや気づけなかったこの世界で、あなただけが本当の犯人を知ることができる。この強烈なまでの痛快さと優越感。あなたも味わってみませんか。


いいなと思ったら応援しよう!