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快晴ウォーキングフォト

本日快晴。日の出前に公園へ向かいました。
本日、公園でイベントがあるらしく、ラジオ体操をする老人達、多くのテント、快晴。
最近はウィンターブルーが入ってきて、昨夜、Amazonで太陽光ライトを検索したら、4,000円で売っていたので、購入。
高照度光療法。私のウインターブルーの主な原因は、日照不足の為にセロトニンが不足しているのだろう、と。その対策として、フィンランドの人々の様に、家の中でライトを浴びよう、と考えて、数年前、ネットで探したら、高価だったのです。断念。
昨夜、卓上の鏡サイズの光療法用の照明が4,000円で売っていて、無いよりはマシだろう、改善を願って買いました。

ということで快晴。前日は雨。そこからの快晴は光が美しい。
ご褒美のような光なので、公園に出掛けたのでした。

ウォーキングフォト、凡そ1時間半。往復込みで2時間の旅路。

久しぶりの撮影。私の視野感覚は48ミリ程度で、スマホのレンズは26ミリ。そのズレは一歩ちょい遠い。
一歩近づけば良いさ。考えて撮るのでは無く、撮れなくても残念と思えば良いだけ。良い写真を撮りたいと思うのは下の下で、写っているか確認しなくても良し。
スマホカメラならば、キチンと写っているでしょう。

散歩をしながら70枚以上を撮影しました。その中から8枚をチョイス。
ほとんど撮り直し無し。撮影時にモニターを然程見ない、撮影後も確認しない。
つまり、凝視をしないし、キチンと見てもいない私が居て、公園と快晴と私、パッと見て、私の裡に入ってくるので、そのまま反射させて撮ることを意識しました。
その反射に自意識は邪魔なのです。無心であり、虚無。イノセンスは既に宿っています。

今日、撮影しながら意識していたのは、サマになり過ぎないことでした。
上の写真を撮って、サマになり過ぎたな、と思ったので、下の写真、撮り直しました。
整い過ぎないようにするというか、崩しを入れるというか、線で撮っている感じでは無いのです。

線ではなく、色ではなく、光ではなく、アウラ。

最上級の快晴の中、どう撮ってもサマになります。だから、苦心しない。少しズレていても良い。生を出す。この生がアウラと溶け合うことで、写真を液体化させるのではないか、と。空気感覚は液体です。
光をリキッドとして認識するように、空間をリキッドとして写す感覚。微妙な揺れ。

アウラは一定の物質ではありません。

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