
「旅行ですか?」と聞いた。
仕事柄、いろんな人といろんな話をする。
もちろん、商品について。洋服について。というのが主ではある。
最近では、天気のこと。コロナのこと。というのが次にランクインする。
たまに話し込んでしまうと、日常生活や仕事のこと、恋愛や人生相談なんてのもある。
正解かどうかは別として、私がいつも一番に考えているのは「少しでも多く笑って帰ってほしい」ということ。
そこに少しでも多く売上が乗れば万々歳なわけだけれど、なかなかそうもいかない。
先日、お揃いの洋服を選んでいた若いカップルのお会計をした。
大きなキャリーケースをゴロゴロと引きながらニコニコと楽しそうだった。
「旅行ですか?」
いつものように私はそう聞いた。
すると、2人は少し気まずそうにお互いの顔を見た後
「はい。そうなんです…」
と言った。
それまでの楽しそうな声色が、ほんの僅かだったけれど萎んだ気がした。
マズいことを聞いてしまっただろうか。と、洋服を畳みながら一瞬だけ考えていた時
「ずっと前から計画してたんです」
と、彼女が言った。
そうなんですね。どこからですか?と言いながら、私はようやく気付いた。
そうか。今のこの状況で旅行というのはあまり大々的に言いにくいのかもしれない。
と。
長野です。という申し訳なさそうな彼女の顔を見て、私はもっと申し訳なくなった。気を付ければ良かった。それでも言ってしまったものはもう取り消すことはできない。だから私まで気まずい雰囲気を出してしまうと、この2人が悪い事をしていると言っているかのようになってしまう。
「長野…あ、軽井沢とかの!あらまぁー。じゃぁこっちは暑いでしょぉ。今なんて特に暑いし」
当たり前なんだよ。良いんだよ。ようこそ。という気持ちで、当たり障りのない事を言った。
「長野も暑いですけど、やっぱりこっちの方が暑いですー」
暑いよねと彼氏に言う彼女の声色が和らいだ。彼氏も暑い暑いと少し笑った。
忙しい時期でレジが混み合っていたこともあってそうたくさんの会話はできなかったけれど、彼女は私が渡した商品を受け取った時
「この街、ずっと来てみたかったんですっ。やっぱり楽しいですっ」
と言った。
それまでの会話よりも何よりも一番大きな声だった。
私も(おそらく)彼女くらいの年齢の頃、初めてこの街に来たという事。その時の楽しさから、いつかこの街で働いてみたいと思った事。その時の想像とは少し形が違うけれど、今この街で働いている事。
私はいろいろ伝えたくなった。
それでもレジの列は消えてはくれない。私はレジから離れられない。
だから私は彼女に負けないくらい大きな声で
「ありがとうございます。またお待ちしてます」
と、いつもの言葉を言った。
「旅行、ゆっくり楽しんでください」
といういつもと違う言葉も小さく付け足しておいた。
心から。
私もいろんな考え方の人を知っているし、知っているよりももっといろんな考え方の人がいるんだろうと思う。
いろんな考え方の人がいるならいろんな考え方の人がいても良いんだから、いろんな考え方があって良い。
だから2人が笑って旅を終えていてくれたら嬉しい。
今日の一曲:さぁ旅を始めよう/LOST IN TIME