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ぴよりーの育児奮闘記「そして母は今日も出汁をとる」

料理が圧倒的に不得意な母にとって離乳食を作るという未知の作業は、妊娠中からそれはそれは恐怖だった。

どうやってあんなにドロドロに…?栄養って何…?何にどんな栄養があるの…?と、何もわからなかった為、早々に母は思考の帽子を脱いだ。

それでも時間は等間隔で過ぎていく。ぴよりーのはどんどん大きくなり、すぐに離乳食開始を推奨される5ヶ月になった。

"最初はおかゆをペースト状にしたものをひと匙にしましょう"

おかゆをどうやって作るかもわからない。おかゆをペースト状にする方法もわからない。ひと匙がリアルにひと口のことなのか、小さじ1を何度かに分けてあげるのかもわからない。

とにかく何もわからなかった。

とりあえず、最初は大人のご飯を炊く時に湯呑みにちょっとだけおかゆ用の米と水を入れて一緒に炊けば良い。と聞いていたので、それを実行。

その後、お食い初めの時にもらった食器セットに入っていたうらごしするやつでなんとなくズリズリやった。ほぼ水分。さらさらのつぶしがゆが完成。

こんなんで良いんかしら。と思いながら、ほんの少しスプーンですくってぴよりーのの口に入れてみると、まるで何も入ってきていないかのような無表情で口をむにゃむにゃさせていた。その後、何もなかったかのようにミルクを飲んで終わった。

ぴよりーのにとっても母にとっても人生初の離乳食は、ぴよりーのも母もよくわからないまま終わった。

よくわからないなりに少しずつグレードアップを続け、量が増えたり種類が増えたりしながら何日か過ごしてみたものの、お互いに "よくわからないよね" という空気を纏ったままだった。

腰もすわっていないぴよりーのを膝に抱えて、小さなスプーンを入れたり引いたりする日々。嫌がることも喜ぶこともなく、ただ口の中に入ってきたミルク以外の何かをむにゃむにゃと飲み込む作業。嫌がっていないのなら良いのかと、落ちないものを無理やり腑まで落とす母。

が、その日は突然やってきた。

なんでも無表情で飲み込んでいたぴよりーのが、全てを嫌がるようになったのだ。

きっかけはほうれん草だった。初めて食べさせられたほうれん草ペーストがあまりに不味かったのか、ぶぇーんと泣いてしまった。

その後、今まで食べていたものまで嫌がるようになった。突然のことで母はパニック。

ベビーフードなら食べてくれたりするだろうか…と、ずっと試してみようと思っていたベビーフードをこれを機に買ってみた。

「ベビーフードを買ってみたよ」

と、父に報告すると、3秒間ほど不思議な顔をされ

「…あ、非常用?」

と言われた。

あぁ、この人には市販のものを使うという思考はまるでないんだろうな。と、悟った。

それでも母は負けない。ベビーフードを使ってみた。しかしながら、ぴよりーのは食べてくれなかった。

なぜだなぜだと母は試行錯誤を繰り返し、挫折しそうな時にタイミング良く区の保健師さんが訪問。そこで提案されたのが、"出汁で味を少し変えてみる" というものだった。

とにかく味をつけてはいけないんだ。素材の味だけなんだ。という頭だった母。出汁は大丈夫ですよと言われ、とても驚いた。

赤ちゃん用の粉末だしやコンソメなんかもあるとは知っていたものの、まあとりあえず。と、家にあった出汁昆布と鰹節で出汁をとって混ぜてみた。

それでもぴよりーのはやはり食べなかった。が、今までの "食べない" という感じともまた違う気がした。完全な解決策ではないけれど、止まっていたものが動き出した感じがあった。微妙に。

そして次に、抱えて食べさせていたのを、座らせて正面から全力でポジティブに声をかけながら食べさせてみる方法に変えた。とはいえベビーチェアはまだ買っていなかったので、友人から譲ってもらったリクライニング式のバスチェアに座らせてみた。

すると不思議なことに、ぴよりーのが離乳食を少しずつ食べ始めた。

6ヶ月の終わり頃、もうすぐ7ヶ月になろうかとする頃。母はようやく暗闇から抜け出した。

食べるようになると、ぴよりーのの食欲はみるみるうちに爆発し、どんどん積極的になった。毎日もりもり食べる。スプーンを自分で持とうとする。スプーンを食べようとする。食器を自分で持とうとする。食器を食べようとする。

ただ、あまり乗り気じゃない日もあれば、好みじゃないご飯もあるらしい。集中しないことも多々ある。口の中から大好きなニンジンがなかなか無くならない時もある。

「ぴよちゃん。ニンジンがまだあるよ。一生そこにあるのかな……一生いっしょにいてくれやっ♪ってか?」

というのが始まりで、ぴよりーのがあまり乗り気じゃなさそうな時、母は三木道三のLifetime Respectを縦ノリで歌うようになった。

ぴよりーのはそれを聞くとなぜかゲヘゲヘと笑う。笑うと食べてくれる。突然ポッと生まれたこの作戦は、とても重宝している。

食べてくれるようになったという喜びタイムも束の間、母は離乳食のレパートリーの少なさに不安を感じるようになった。

いつも同じようなメニューばかり。おかゆ!にんじん!豆腐!魚!など、シンプルな品が多い。

SNSなどを見ていると、色とりどりの品が並んでいたり、いろんな食材を組み合わせてバランスを取っていたり、それはそれは美しい。"ズボラなママの簡単作り置きレシピ" なんて言うけれど、それでズボラなママならば、ここにいる母はうんこみたいなものだろう。

更には、1日1回だった離乳食が2回に増え、冷凍庫のストックが無くなるペースが倍になった。作れども作れども、気がつけば無い。という日が出てくるように。

ここで再び登場するのがベビーフード。友人にも聞きながら、どんなのが便利だったかなど調査し、買い物に行った時にいくつか買ってみようと心に決めた。

「こんなんとかどうかなぁ。これなら食べれるやつばっかり入ってるから大丈夫な気がする」

とかなんとか言いながら、父と一緒に(もちろんぴよりーのも)ベビーフード売り場をうろうろ。

「それなら…わざわざ買わなくてもいつもの感じで作れそうだけど…」

と言われた。

あぁ、この人には台所仕事の苦手な私の気持ちは一生わからないんだろうな。と、悟った。

それでも母は負けない。たまにベビーフードに助けてもらいながら、なんとか2回食の今を生きている。3回食になった時のことを考えると動悸がするので、その部分に関しては思考の帽子を脱いでいる。

そして、ぴよりーのの食欲の起爆剤なのかどうなのかはわからないけれど、今でも出汁は必ず入れるようにしている。

だから私は毎朝、出汁昆布と鰹節で出汁をとっている。

何度も赤ちゃん用の粉末だしに手が伸びそうになった。その度に、私にはこれくらいしかできないしな…と、手を仕舞い、スーパーで出汁昆布と花鰹を買う。

絶対に高くついてる。しかしそれも承知の上で、母は毎朝、出汁をとっている。

栄養満点じゃない、色鮮やかでもない、品数豊富でもない、地味な離乳食しか作れない母。せめて出汁をとるくらいはやろう。そう決めた。半分意地になっている。

だから母は今朝も出汁をとった。

そして母は明日も出汁をとるだろう。

そして全力でポジティブに声をかけながら、ゲヘゲヘ笑わせながら、ヨーグルトを口に入れたままブーッとされながら、顔面にいっぱい飛び散ってきたヨーグルトを拭いながら、離乳食を食べさせるのだ。


さて、明日は三木道三が登場するだろうか。

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