乳酸菌飲料の賞味期限vs数学が苦手な私
数学が苦手である。
はっきりとしたきっかけを今でも覚えている。
あれは小4のとき、分数の問題を解きながら「世の中には苦手な学問という概念があるらしい。私は今の所特にないけど、強いて言えば算数はあんまり好きじゃないかな」と思った、まさにまさにその瞬間からである。実際に歯が立たないような問題を解いていたわけではない。しかし、そう思ったその瞬間から「算数が苦手」になった。
今でも我ながら不思議だ。もしもあのときそんなことを考えなければ、私はもう少し"数"というものに対して前向きでいられたのだろうか?それは今となってはわからない。
例えるなら、価値観がまるで違う人と静かな部屋で2人きり話しているような気持ちになる。理解に努めようとしても、根っこの部分で何を言っているかわからない。しかし相手にはなんらかの意図があり、それを汲み取れないが故に話が通じないやつとみなされるのかどんどんどんどん会話が噛み合わなくなっていくような、そんな時間を経てへとへとに疲れてしまう。
数学がわからなくて、受験勉強はものすごく苦労した。3教科のうちひとつという大きな割合を占めるもののうち、「大問1の導入編」、会話の例えで言うなら社交辞令やら自己紹介みたいなやつから先がからっきしわからないのだ。
数学を得意とする母はいつも私に、「数をこなせばいい、解いた問題の量が足りない、パターンを掴めば楽」と言うのであった。その度に私は悩んだ。気の合わない人とどんなに一緒にいても消耗するだけで、それなら物語を読んだり、遺伝について考えたり、歴史について思いを馳せる方がまだ楽しくね?会話にパターンとかもなくね?と。
また、数学を得意とする夫はこう言う。「答えがあって、それを見つければいいから楽」と。それに対して私はこう思うのだ。「生きていくのに答えなどなくて、だからこそ楽しいのに?」
もう完全に屁理屈である。
ドラえもんの登場人物になって、もしもボックスを出してもらえたなら間違いなく「この世から数学をなくして!」と言うだろうと何度も思った。しかし、そのたびにすぐに思い直した。なぜかと言うと、この世界の秩序や安全はあまりにも数を用いて設計されているからだ。したがってわたしがもしもボックスで数学の殲滅を願ったら最後、ドアを開けた瞬間荒廃した世界と不健康な有機物に塗れた終わりの世界みたいなものが現れ、振り返ればもしもボックスもドラえもんも消滅しているだろうな、そんな願いはダメだ、としょんぼりしながら机に向かって噛み合わない会話に悩む日々だった。
一方で私はお金の概念は好きだ。長らく「数学」のカテゴリにいたお金についても無理解を貫いていたが、ふとマジであらゆるお金関係があまりにわからなすぎる現状に気づき、多分このままいろんな責任を持つ立場になったら、いやならなくても、どっかで人生破綻するかも…とある日突然怖くなり、FPの試験勉強を突然始めて合格した。その結果、生活に不可欠な要素かつコントロール可能なものとして受け止めることができ今ではお金にまつわるものだけは少し理解できるようになった。
おそらく私は、決まった答えがあり、与えられた情報と持ってる知識を使ってそこに辿りつかないといけないという制約を苦手としているのだと思う。こちらが数を意味と価値のあるものとして制御して、求める答え、ないしは結果を導き出すツールとして使うのだともう少し早くから認識できていればよかった。数学は自然の摂理に基づくもので、論理的思考を学ぶにはこれ以上ないパッケージだったのに、と今付き合い方を分かってから悔やんでいる。大人になった今、数はただただ便利なだけで、それもまぁ自分にとって必要なものが明確に可視化されるからなのであろう。
なぜ長々とこんな話をしたかというと、最近、乳酸菌飲料の賞味期限と戦った時に数学に対する気持ちをつくづく思い出したからなのである。
お腹の調子が良いと人生の調子も良いので、我が家では乳酸菌飲料を愛飲している。個別にパッケージングされたものは少々割高なので紙パックのものを買っているが、この年末年始のふくふくとした空気に紛れて直近で買った未開封の紙パックの賞味期限の存在に、残り後3日の時点で気がついた。容量は1000mlで、1日の推奨量は60mlである。
さ〜てどうしようかな
2人で飲んでも単純計算で8日近くかかるよ
しかもなんというか、気分じゃない
でもできれば捨てたくない
こういうとき、たいてい「賞味期限は消費期限と違っておいしくなくなるだけだから多少はサ」みたいな感じでやり過ごすのだが、相手は無数の乳酸菌を宿した液体なので美味しくなくなるというのはどういう意味になるのかが掴みきれず悩んだ。今はこんなにも美味しくて乳酸菌たちもイキイキしてるであろうこの小宇宙が死滅しちゃう?逆に猛烈に増えちゃう?その結果味はさておき飲んで大丈夫?賞味期限を決めてくださる方々いつもありがとうございます、今回どうすれば良いでしょうか?
自己管理のために飲んでいるのに、数に管理されざるをえない現状。10代のあの日、数学の問題を見た時と同じ目をして見つめてしまった。
結局は一回量を増やし、1〜2日の賞味期限切れを許容するというごくありふれた解決策でこの件は終わったが、久しぶりに数の概念を苦々しく思い出したなとニヤついてしまった。
乳酸菌飲料よ、すまなかった。いつも美味しく私たちの体を守ってくれてありがとう。次は数をハックして、美味しく適切にお付き合いさせてもらうからね。
乳酸菌飲料、大好き。