『いちばんすきな花』の感想文
少し前に、『いちばんすきな花』を観た。端的に感想を述べるとするならば、僕はこのドラマが嫌いだ。いや、この作品に描かれている登場人物たちが嫌いだ。しかし、この作品が試みていることは(少なくとも自分にとっては)新しく、その点は賞賛したいと思っている。
まず、簡単にストーリーを紹介する。本作は20代後半〜30代の男女が出会い、友達になり、いわゆる「いつめん」「仲良し」みたいなグループを作る物語である。過去そういった複数人の親しいグループもしくは2人組を作ることができなかった人たちが、それに対するコンプレックスを抱えながらも、そのコンプレックスを共有しながらお互いが「同じ種類の人間」であることを確かめ合っていく、そうすることで仲を深めていく話だ。(全11話あるが、基本的にこれだけを描いている作品である。)
登場人物の4人は、「2人組」が苦手である。学生時代の「ペアを作ってください」という教師からの指示に怯え、「ペアになるならこの人」という存在を作ることも、自分が誰かにとってのそういった存在になることも難しかった。だからこそ彼らは、「そんな自分たちは周りの人間よりも繊細で、人間関係における息苦しさを感じて生きてきた」ということを相互に確かめ合い、確認し合うことで仲を深めていく。周りの人たちが気にも留めないような他者の発言や行動を取り上げ、「自分たちは物事をこうも繊細に解像度高く捉え、より高いレベルでメタ認知している」と確認し合うことで、安心する。
私が本作の登場人物を嫌う理由はここにある。
まず、自分たちのことを「私たちは周囲よりも繊細だよね」と確かめ合うような人は、繊細な人間だとは到底言えない。むしろ鈍感だとさえ言えると思う。また、他者よりメタ認知能力が優れていることによる息苦しさを共感することで安心するような人は、メタ認知能力が高いとは言えない。もし仮に、4人が本当に繊細でメタ認知能力に優れた人物たちだとしたら、4人の間で行われるコミュニケーションの浅さを自覚し、辟易とするはずである。
また、この4人の関係性はこの4人以外に開かれておらず、完全に閉じ切った関係性を築いている。物語の途中で「4人全員の共通の知り合い」が登場するのだが、この人物が加わってグループが「5人組」になることはない。むしろ作品内ではそれを積極的に否定し、「4人組」の閉じた関係性を強調しているように思う。理由はいまいち言語化出来ていないが、この「閉じ切った関係性」がなんとも気持ち悪く、受け入れられない。
とはいえ、こんなことを言っている僕も、人間関係を構築する能力は高くない。大学に入るまで誰かと深く仲良くなることは無かったし、かといって浅く広く付き合いがあるタイプでもなかった。第一印象は必ず「怖い」と言われていたが、むしろ人に怯えていたのは僕のほうで、人付き合いを恐れながらも強く羨んでいた。故に人間関係を相対的に捉え言語化することでそのストレスから回避する術を覚え、本作でいう「繊細な人間」側の特性を得ていったように思う(僕は自分のことを繊細な人間だとは思わないが)。
しかし、いや、だからこそ、登場人物たちのコミュニケーションは信じがたい。まず前述の通り、本当に繊細な人間だとは思えない。仮にもしそうだとしても、誰かと「仲良し」になる方法が、「周りと違って繊細な人間であるということを開示し合うことによって、お互いに安心し合うこと」しかないアラサー、ヤバくないか。なんかもっと他にあるだろ(雑)
このように、ツッコミどころはたくさんある作品ではあるのだが、提示しようとしているものは新しい。何が新しいかと言うと、人間の生活において「人間関係」が最も重要であるという価値観を提示しつつ、その人間関係から「恋愛」を丁寧に排除しようとしている点だ。
ただ、登場人物たちが恋愛を避けて生きている、というわけではない。4人の中で誰かが誰かを好きになるという描写は描かれるし、恋愛をしたことがない4人組というわけでも全くない。彼らは、「男女2人組」がかならず恋愛に結び付けて捉えられてしまうことや、恋愛によって強固な関係性を築き2人で生きていくことが普通という価値観に、疑問を呈している。
この作品を観た時に、私は坂元裕二の作品を想起した。人間関係の豊かさや尊さ、または切なさをどう描くかというテーマは共通しているし、何より「4人」という構図が『カルテット』を思い出させる。
しかし、坂元裕二の作品には、恋愛は人間関係において中心にあるものだという価値観があり、その点が本作とは異なる。彼は恋愛関係の中でも、特に「2人に閉じたロマンティックな時期を通り過ぎて中距離に落ち着いた関係性の豊かさ」を提示している。『最高の離婚』、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』、『カルテット』、『anone』、『大豆田とわ子と三人の元夫』、『初恋の悪魔』等の代表的な作品に見られるように、「どうしても結びついてしまう2人の関係性の豊かさ」や「ロマンティックな関係性を通り過ぎた中距離の関係性が連鎖した共同体の豊かさ」を提示している(これについては別途書きたい)。
しかし、『いちばんすきな花』は、恋愛を徹底的に排除しようとする。片思いは一方通行で実らず終わるし、交わることもない。「友達でいたいから」と告白は断る。恋愛が理由で関係が変化することを拒み、むしろ恋愛関係をキャンセルすることで理想的な友達としての関係性を維持する。それでいて人間関係以外の部分に帰着させようとするのではなく、あくまで人間関係を生活における最も重要なものとしながら、恋愛関係のみを丁寧に排除しようとしているのだ。
他にも一つ一つのセリフに突っ込みたくなったり、「ある程度年齢を重ねた大人がそんな理解で人間を見ていないだろ」みたいな細かい具体的な違和感はあれど、全体としてこの作品が提示している価値観は、無視できないように思う。