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自宅リフォーム日誌1 経緯など

この家を買って、もう3年以上経った。なのにまだ入居できていない。
それももう、ここまでか、そろそろ無理すれば入居できそうな感じまできた。今更ながら様子を記録する。

2020年9月4日。初ビジット。奥の家、手前右手の建物は離れの物置です。改造すれば住める。

これが売り出し中当時の家

このように長屋状態で複数の家の壁が繋がったタイプをミトワイエンヌ(maison mitoyenne)という。
裏に広い土地があり、その上には壊れかかった農機具を入れる車庫、ブラックベリーのつたで覆われた鶏小屋もある。その庭の向こうは通りに面している。つまり、前も後ろも道がある。ミトワイエンヌの真ん中ということを除けば、面白い物件だと思った。

私が撮った動画から抜粋。裏庭です。右手の建物は農機具の車庫。大型車が入ります。


国有森林を目の前にした物件だ。小さな商店街を備えた町は近くにいくつかあるものの、この村には本当に何もない。パン屋も郵便局も小学校もない。あるのは役場と教会と墓地、そして民家。農場。牛、豚、鶏。当時の人口300人ちょい(今もだいたいそんなもん)。しかも、物件は人里(村の中心地)から3キロくらい離れたところにある。

ところでこの村、ブルターニュとはいえ、ほぼノルマンディとの境近くにある。ブルターニュとノルマンディの境といえばモンサンミッシェル。というわけで、世界遺産が近くにあったのは大きい。なぜかというと・・・

ビジット当時、家の前の森
車で20分でモンサンミッシェルがあるところ

パリ郊外に不動産を購入したばかりの私たちが
地方移住を決意した経緯

私たちは、この2年前にパリの郊外に3階建ての庭つきという珍しいアパートを買ったばかり。コロナ禍では庭のありがたみや喜びを知った。
しかしコロナ禍直前に私は経済的解雇を受け、同時期は夫がリウマチ系の難病にかかり入院した。退院後も階段の多い家の中を移動するのも辛い彼の姿を見て、都会のアパートは老後不便になる、つまり、頑張って買ったこの家は私たちの生涯の家にはならない、と実感した。
それで平屋で大きな庭のある地方への移住を少しずつ考え始めた。

私たちが住んでいたパリ郊外のアパートは、3階にあたる屋根裏を独立玄関のストゥディオに改造し、すぐにairbnbの収入を毎月10万円程度受け取るようになっていた。この経験で、もう少し本格的に貸家をしたいと思い初めていた。ちょうどその頃、私はビジネススクールの研修を1年間受けていたので、スクールの課題がてらにビジネスプランを作り始めた。
ゲストハウスをしながら自然の中で暮らせたら、というのが当時描いた餅だったというわけ。夫も乗り気だったし、二人とも本気になってきた。

そういうわけでこの場所

ブルターニュは私たち二人のお気に入りの地方。夫の両親ゆかりの地方というのもあるし、風光明媚な自然と綺麗な街が多い。さらにゲストハウスを経営する上で、観光客の引きが強いのはモンサンミッシェルかなー?と思い、ブルターニュだけどノルマンディのすぐそば、この界隈を選んだのです。

当時老後の生活プランに本気を出していた義理姉も、私たちのビジネスプランに興味を深く示し、会社の設立や資金調達に協力したいと言ってきて、3人で界隈の家の内見に回ることになった。彼女はビジネスコーチなので、人脈を駆使して私たちに専門家を多く紹介してくれた。この話はまた別で。

この屋根裏が、大変身します。

次回、2024年の状態を紹介します。
その前に、これが内部の屋根裏。断熱材が天井裏に敷き詰めてあり、埃でものすごく汚かった。

私が撮影した動画から抜粋。屋根や石の壁は外気をそのまま伝えてくる。

期待に胸を膨らませ、右往左往した今日までの軌跡を少しまとめますがそれも次回。・・・大どんでん返しもあります。

ではでは

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Yu
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