2022年4月19日
ブレイキング・バッドをやっと見終えた。
どんなドラマか、超ざっくり説明すると末期ガンで死期の近い高校の化学教師が家族にお金を残すため、化学の知識を生かして覚せい剤を作って売るのだが、どんどん闇落ちしてしまい、取り返しのつかない事態となっていく。始めは地味でごく普通の高校教師だった〝しがない中年男性の主人公〟が、覚せい剤の〝魔力〟に取り憑かれ、麻薬カルテル顔負けの悪になっていく。
10年前くらいに完結しているドラマなので、もうすでに見終えた方も多いだろう。なぜ今更ブレイキングバッドを見ようと思ったのか、明確な理由はわからないが、なんとなくドラッグを題材にした内容なのが気になったのかもしれない。アウトロー系の映画やドラマが好きなので、特に前知識がない状態で見始めたのだがすごく面白かった。
主人公は高校教師をしながら、放課後は車の洗車場でバイトをしている。日本では教師がバイトなんてあまり想像できない状況だが、アメリカでは珍しくないのだろうか。それはさておき、とにかく貧乏でお金がなく、その上、自分はガンに侵されている。自身のガンの治療費に加えて、ガタついている自宅の修繕費や多額のローン返済、子供2人分の養育費など、相当お金に困っていることがわかるシーンが第1話で描写される。
残された少ない人生で何ができるのだろうか。自分は何の為に生まれてきたのだろうか。そう自身に問いかけた結果、ひょんなことからドラッグのことが頭に浮かぶ。そして〝なんやかんや〟あってドラッグビジネスは大繁盛。もちろん主人公は当初、非人道的なことをしている自覚はあるのだが「これらは全て家族のため」と自らに言い聞かせている。
さらに〝なんやかんや〟あって、妻にドラッグビジネスがバレてしまう。このあたりでうまいこと手を引いていれば、勝ち逃げできた可能性があるのだが、主人公はドラッグビジネスをやめない。第1話の時点では考えられないほどの大金を稼いだにもかかわらず...。
ブレイキング・バッドは冴えない中年男性の自己顕示欲や承認欲求が描かれたドラマだった。主人公は優秀な化学教師がゆえに純度99%の覚せい剤を作り出すことが出来る。このドラマ内ではおよそ70%くらいあれば十分だと言われているので、主人公が作る覚せい剤がいかに凄いかわかる。極上の覚せい剤を作り出せるとして、反社組織のボスから認められ、麻薬取締局からはヤバいやつがいるとマークされる。
こんなマフィアからも麻取からも〝特別扱い〟される非日常的な状況が、今まで日陰で生きてきた主人公にはたまらなかったのだろう。実際、終始「家族の為」と言い訳していた主人公だが、最終話でやっと「自分の為」だったと激白する。もともとプライドが高かったであろう主人公だが、社会的地位が低いがために長年自分を抑圧していたのかもしれない。
世の中には本来ならプライドが高いのにも関わらず、社会における自分の存在を客観的にジャッジした結果、謙虚にならざるを得ないという人も少なくないだろう。歳を重ねれば重ねるほど、謙虚でいる方が利口だと考えるようになる。別にそれはそれで必ずしも悪いことだとは思わないが、自己愛が強すぎる人間にとっては狂ってしまうトリガーになるのかもしれない。自分も〝謙虚にならざるを得ない中年〟だからこそ、主人公が最悪な行動ばかりしているのに、感情移入できてしまう余地があった。
結果的に主人公は家族も財産も全て失ってしまう。ドラッグディーラーだけでなく、殺人まで犯してしまっている(しかも何人も)ので、当然の結末だろう。しかも主人公の犯した犯罪が全米を賑わす大事件として大々的に報道されてしまい、家族も不幸になってしまう。かつては父親を尊敬の眼差しで見ていた息子が号泣しながら「さっさと死んでくれよ...」と言い放つシーンには胸が締め付けられた。
自己顕示欲や承認欲求を拗らせた冴えない中年男性の悲しすぎる末路に深く考えさせられ、現在の自分と主人公を重ね合わせると同情は全く出来ないものの色々と突き刺さる部分が多かったドラマだったと言える。