特に何もない平凡な日々の影に隠されていた残酷な世界 2022年5月14日

今日も朝からAmazonの配達。

この仕事を始めて1ヶ月が過ぎた。すっかり慣れてきたこともあり、良いのか悪いのか、緊張感がなくなってきたように思う。始めた当初の「今日も無事に終えられるかなぁ...汗」というハラハラ感が少し懐かしい。

毎回、割り当てられたコースを回って、荷物を配り切る。もし不在などがあれば、ステーションに戻って荷物を返す。そして帰宅したら、その日の出来事などを思い出し、日課にしているnoteの日記を書いて、1日が終わる。そんな毎日の繰り返しである。

今日は本当に何もなく、一体noteに何を書けばいいのかとネタ作りに困っていた。帰り道の車中で捻り出すように振り返ってみたものの、結局何も思いつかず。あまり乗り気ではないが、気になるニュースを引っ張り出してきて、無理矢理にでも物申してみようかと無粋なことを考えていた。

そうこうしているうちに自宅に到着。車から降りると、小鳥の死骸のようなものが目についた。

「うわっ!最悪」

一瞬、目を逸らそうとしたが、よく見ると瀕死だったもののまだ生きていた。

「怪我でもしているのかな?」

少し気になって近づこうとした時、一羽のカラスがやってきて、小鳥を咥え、どこかに飛んでいった。

「なんて残酷な...」と、カラスの残虐性に少し引いてしまったが、よくよく考えたら、カラスも生きるために必死なんだということに気づいた。

〝特に何もない日〟というのは、人間だけに与えられた特権なのかもしれない。ただ世界的に見れば、毎日のように戦争の話題が報じられている。今まで36年間、恐怖に怯えることなく、のうのうと生きてこられたが、実は様々な奇跡の上で成り立っているのだろうか。

今後、世界はどうなっていくのか、無知な自分は全く予想できないが、これからも〝特に何もない平凡な日々〟が送れることを願いながら帰宅した。

そして「今日のネタはこれだ」と、瀕死だった小鳥の犠牲のおかげでnoteの毎日更新を持続でき、胸を撫で下ろした。

カラスよりも自分の方がよっぽど残虐だ。

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