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【放課後日本語クラスから⑪】「『生徒に本当に必要なこと』ってなんだろう…」と考えてしまった新年の話

あけましておめでとうございます。

公立高校の日本語補習クラスで日本語指導員をしている、くすのきと申します。

昨年9月から書き始めたこの連載ですが、お読みいただいた方から励ましや共感の声をいただけたおかげで、年が明けても書き続けるモチベーションを維持しております(笑)。拙い投稿にお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございます。

2022年も、引き続きお読みいただければ幸いです。

さて、年初のご挨拶に続いては、新年の抱負をお伝えするのが筋というものでしょう。

私自身も、ぜひともそうしたいと考え、いろいろと考えをめぐらしているのですが……。正直をいうと、どうもパッとした文言を思い浮かべることができません。

まだ子どもの頃や自分を持て余していた若い時分と違い、おとなになってからは目標を定めることがそれなりに上手になったと自負しています。

少し先に見据えた目標から逆算して、今は何をすべきか、いつまでを目途にすればよいかといったことを考え(メタ認知ストラテジー ^^)、うまくいかないようであれば、少しずつ軌道修正しながら歩を前に進めていく。

そんなふうにして「日本語」の世界とも付き合ってきました。

なのに。SNSに流れる、多くの方の新年の抱負という夢や希望や理想。そこに自分も乗っかりたいのに乗っかれないのはどうしてなんだろう? 

そう考えながら、思いあたることがいくつかありました。じつは、大小いろいろあれもこれもとあるのですが、今回は生徒のひとりAさんのことから、夢を語る新年の眩しさに乗りきれない自分の気持ちについて書いてみたいと思います。

Aさんは中国ルーツの女子生徒です。何度か日本と中国を行き来しながら、中国で中学を卒業し日本にやってきました。

私が指導員を務める高校では、生徒の多くは思春期を迎える頃に親の呼び寄せで母国を離れ、日本にやってきます。生徒たちにとって、日本は自分自身の意志や希望で選んだ場所ではないために、日本人や日本語、日本の学校に対して、疎外感や時には反発心をいだいていたとしても不思議ではないように思えます。

そんななか、Aさんは私の目をまっすぐ見て真剣にクラスに参加してくれる、(ある意味とても)珍しい存在です。もともと知的好奇心が旺盛なタイプなのだと思いますが、高校卒業後は中国の大学に進学したいという明確な希望をもっています。

そのAさんと初めて会った頃、彼女は私に向かってニコニコしてはくれても、なかなか話をしてくれようとはしませんでした。声もささやくように小さく、すぐには何を言っているのか聞き取れません。

あるとき、
T:「Aさん、もう少し大きな声でお願いします」
S:「・・・」(ニコニコ)
T:「ん? なんですか?」(と近寄る)
S:「……日本語は聞くのはわかる、だけど、日本語でどういったらいいかわからない……」

Aさんは困ったようなニコニコ顔でそう訴え、私はちょっと虚を突かれたような気持ちになり一瞬黙ってしまいました。

2020年に続き、コロナ禍が続いた2021年。私も多くの日本語教師の方と同様に、毎週末のように無料で開催されるオンラインセミナーや学習会に参加し、web上で配信される多くの学習教材に接してきました。

JSL高校生の漢字学習教材、教科学習支援、日本語初期指導、JLPT対策。どれも、ICTを使いこなして教材としてアウトプットしてくださる方々の力を借りなければ、進めることができないことばかりだったと思います。

それはわくわくするような体験であり、同時に純粋に恩恵でありつつも、いつのまにか私自身の受容と判断のキャパシティを超えてしまった部分があったのではないか。そんなふうにも思うのです。

平たく言えばとっ散らかった状態。あれもこれもそれもと、手当たり次第に手元に掻き込みながら、いったいいま、何が手元にあるのか。本当に大事なものはなんなのか。優先順位をつけるとしたら、どれから拾い上げるべきなのかがわからなくなってしまった。

そんな状態を引きずりながら、今年になだれ込んでしまったように感じます。

Aさんの「日本語でどう言ったらいいかわからない」という言葉に引き付けて考えれば、私はAさんが日本で生きていくために最も基本的ともいえる課題を解決するために、何かをしたでしょうか? 

この一年、私は自分に足りないことを埋めようと必死だったけれど、それが本当に「生徒にとって一番大切なこと」に結びついているでしょうか

確かに、Aさんは日本語の会話力が不足しているために、おとなとの会話に自信がもてず引っ込み思案になっているのだと思います。

しかし、考えてみればこれは奇妙な話です。

日常会話(BICS)は1~2年のうちにほぼ問題なくなるので、時間のかかる学習言語能力(CALP)を高めるために日本語指導が必要。多くの場合、公教育の現場では、海外ルーツの児童生徒の支援についてそのように考えられているのではないでしょうか。

それでは、すでに高校生となったAさんが日本語の会話を学び、実際に会話の中で使うスキルは、いつ、どこで、だれといっしょに身に付ければよいのでしょうか

もし、松の内を過ぎてしまった現時点でも「新年の抱負は?」と問いかけてくれる人がいるなら、2022年は「緩むこと」を心がけていきたい。そう答えたいように感じます。

あれもこれもと冬眠前のクマのように詰め込んだ知識や経験を大切にしながらも、生徒にとって本当に必要なことは何かを俯瞰して見つめ、自分にできないことがあればそれを率直に認め、できない自分を開示することで、できる人とつながっていきたい。

前のめりになって急ぎすぎたために取りこぼしてしまったことも多かった昨年を経たいま、まずはAさんの会話スキルの向上について、どのような取り組みができるのか――もしかしたらそれは学校とは違う場と方法を必要とする事案なのかもしれませんが、いろいろと試行してみたいと思っています。

本年もぜひどうぞよろしくお願いいたします。

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