"CO2を食べる自販機"を考察する【夏休み自由研究'23】
モンエナの奴隷
皆様、炭酸飲料はお好きですか。炭酸飲料といえばコーラやサイダーを思い浮かべる方が多いと思いますが、ブラック企業に勤めている私は、職場の自販機のモンスターエナジーやドデカミンが真っ先に浮かびます。毎日2~3本飲んでギアを入れないと仕事もおぼつかず、もはやアサヒ飲料様なしでは生きていけません。今日もありがとうございます。
そんなアサヒ飲料様から先日、以下のニュースリリースがありました[1-3]。
「CO2を食べる自販機」とは、どうやら二酸化炭素 (CO2) を吸収する機能を付けた自販機のようで、アサヒ飲料様はこの自販機を活用した「CO2資源循環モデル」を提案しています。
との事ですので、技術的・定量的に考察してみます。私の今年の夏休み自由研究とします。
CO2の循環は「リング」か「らせん」か
アサヒ飲料様のニュースリリース[1-3]にあるCO2資源循環モデルは以下の図1のように表されています。
この図1ではCO2がCO2吸収材、肥料などの工業原料、野菜や商品として循環するように見えますが……本当にこの3つは循環しているのでしょうか。
具体的にはCO2資源循環モデルについて、以下2点の疑問があります。
1) CO2は本当に循環しているのか?
2) ライフサイクル全体を見たときにCO2は削減されているのか?
実際はどんな物質やエネルギーのやり取りが行われることになるのか、CO2吸収材に着目して以下の①②③で考察します。
①「CO2吸収材」はどこから来たのか
CO2資源循環モデルでは、自販機が"大気中のCO2を吸収する木と同じような役割を果たす"ために「CO2を吸収してくれる特殊材 (CO2吸収材)」を用いています。つまり、このモデルの主役は自販機そのものではなく、そこで使用されているCO2吸収材です。CO2吸収材こそが悪を退治するヒーローのような存在と言え、自販機はヒーローショーの舞台に過ぎません。
ではまず、このCO2吸収材はどこから用意するのでしょう。食品産業新聞社様の記事によると、
のだそうです。
⇒ CO2吸収材は吸収材メーカー様からアサヒ飲料様が購入している。
②「CO2吸収材」は何者か
次に、このCO2吸収材とはいったい何者なのかを考えます。食品産業新聞社様の記事によると、
だそうです。
CO2資源循環モデルを見てみると、CO2を吸収した使用済み材のその後の用途は「肥料」や「建材」と書かれています。肥料や建材に使われるCO2を含む物質といえば炭酸カルシウム (CaCO3) があります。ここから、CO2吸収材は酸化カルシウム (CaO) や水酸化カルシウム (Ca(OH)2) が主成分と推測します。以下の式(1)のように、CaOは大気中のCO2を吸収してCaCO3になるので、これを利用すれば「CO2を食べる」ことになります。
では、このCO2吸収材はCO2を食べるだけなのでしょうか。ライフサイクルを通して考えてみます。
CO2吸収材となるCaOはそのまま自然から産出するわけではなく、採掘等により得られた原料の鉱物、CaCO3[6]から加工する必要があります。化学反応式で表すと以下の式(2)になります[7]。先ほどの式(1)の逆ですね。
⇒ 1個のCO2を吸収できるCO2吸収材を製造する際に、原料から1個のCO2が排出される。
この加工における原料由来のCO2排出量は日本石灰協会様による提供値では「CaOを1 g生産するにあたりCO2を0.748 g排出」となっています[8]。
また、このCO2を排出してCaCO3からCaOを製造する過程 (図2) は、焼成炉で900 °C以上に加熱して行われます[7]。「燃料」を燃やす必要があり、他にも送風や粉砕等には「電力」を消費します[9]。
「燃料」を燃やすことでもCO2は排出され、「電力」を発電する際に燃やした燃料からもCO2が排出されます。
⇒ 原料 (CaCO3) からCO2を取り除くには「燃料」や「電力」が必要で、その分だけ更にCO2が排出される。
石灰製造工業会様の資料[9]では、これらの燃料を燃やした際に発生するCO2や、電力を得る際に発生するCO2を合わせた、エネルギー由来のCO2排出量が示されています。2021年度のエネルギー由来のCO2排出量は「CaOを1 g生産するにあたりCO2を0.232 g排出」となっています。
これまでのCO2の出入りを合わせて考えると、下記の図3のような収支になります。1 gのCO2吸収材 (CaO) は自販機周辺のCO2を最大0.748 g吸収しますが、製造時には原料 (CaCO3) から同じ量のCO2を排出しています。さらに加えて、製造時に必要なエネルギーを得る際にも燃料や電力を使用しており、その分のCO2も排出していると言えます。
⇒ 自販機周辺ではCO2は吸収されるが、ライフサイクル全体ではそれ以上のCO2を排出している。
③「CO2吸収材」はどこへ行くのか
最後に、CO2吸収材はどこへ行くのか、CO2は本当に「循環」しているのかを確認したいと思います。
CO2吸収材が自販機を出入りするのを1回目、使用済み材を肥料に使った商品が自販機を出入りするのを2回目とすると、
1回目) CO2吸収材が自販機に設置され、CO2を吸収した状態で回収される
2回目) 商品が自販機に設置され、適温で販売される
1回目に出てくる「CO2を吸収した使用済み材」は、肥料となり製品となり消費者に届けられるのかもしれませんが、2回目に出てくる「商品」は、その後元のCO2吸収材やその原料である鉱物に戻るわけでは……ありませんよね。
⇒ CO2吸収材やCO2は、姿を変えて2回自販機を通っている。
まとめ
以上で推定したモノの出入りを整理すると、以下の図4のようになります。
右上から時計回りに
吸収材メーカー様によりCaCO3は高温で焼成され、CO2を放出してCaOになる。
アサヒ飲料様の自販機に設置されたCaOが、大気中のCO2を吸収してCaCO3になる。
CaCO3は自販機から回収され、肥料の成分となる。
肥料はなんやかんやあって (農作物の生育に活用され、収穫・加工を経て) 商品として自販機に並ぶ。
商品は自販機を利用したお客様の手に渡る。
というわけで、最初の2つの疑問に対する答えは以下のようになりました。
1) CO2は循環しているのではなく、姿を変えて2回自販機を通っている。
2) ライフサイクル全体を見るとCO2は増加している。
つまり、自販機だけ見るとCO2は減少するのですが、それを実現するためにそれ以上にCO2を放出させて製造したCO2吸収材を買っているのでは?ということです。やらない善よりやる偽善……と言いたいところですが、ライフサイクル全体でCO2が増加してしまうのであれば、「やる偽善」と言えるかどうかも怪しいのではないでしょうか。
一方で、アサヒ飲料様をはじめ自販機業界が実効的な努力をしていないわけでは決してありません。自販機のCO2排出量、消費電力のいずれも年々改善しています (図5)。
筆者の感覚では、こういった地道な努力は素晴らしいと思いますが、
とのことから、当事者としては改善に頭打ちを感じているのでしょうか。また、CO2を食べる自販機について記事では
と書かれていました。
「20%CO2吸収」のニュースバリューは、20%CO2排出量削減や20%節電よりも高いのでしょう。技術者としてはなんだか悲しいものです。
おっと、カフェインが切れそうなので今回はこの辺で。それではまた。
参考文献
[1] アサヒ飲料株式会社, “国内初、CO2の資源循環モデルの実証実験を6月から開始” , (2023年8月19日閲覧).
[2] アサヒ飲料株式会社, “「CO2を食べる自販機」6月30日から国内初設置” , (2023年8月19日閲覧).
[3] アサヒ飲料株式会社, “「CO2を食べる自販機」“東京スカイツリー®”に関東初設置” , (2023年8月19日閲覧).
[4] 食品産業新聞社, “国内初“CO2を食べる自販機”アサヒ飲料が展開、大気中のCO2を肥料やコンクリートなど工業原料に”, (2023年8月19日閲覧).
[5] Ronald Barker, "The reversibility of the reaction CaCO3 ⇄ CaO+CO2", J. Appl. Chem. Biotechnol., 23, 733 (1973).
[6] 日本石灰協会・日本石灰工業組合, “石灰石” (2023年8月20日閲覧)
[7] 日本石灰協会・日本石灰工業組合, “生石灰” (2023年8月20日閲覧)
[8] 環境省, “2.A.2 生石灰製造 (Lime Production) (CO2)”, (2023年8月26日閲覧)
[9] 石灰製造工業会, “石灰製造工業会における地球温暖化対策の取組 ~CN行動計画 2021年度実績報告~”, (2022).
[10] 株式会社インプレス, "「CO2を食べる自販機」が話題! 吸収したCO2はどうなるの? アサヒ飲料に聞いた“ (2023年8月20日閲覧).
[11] 株式会社ジャパンビバレッジホールディングス, “ジャパンビバレッジ 環境・社会報告書 2021“, (2021).
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