【地域の決断を追う#3】原子力発電所・事前了解とは何か
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今回は前回記事でも一部で触れた「事前了解」について見ていきます。
まずは「事前了解」について、柏崎刈羽原発の事前了解を題材に見ていきます。ついで、「茨城方式」とよばれる、東海第二原子力発電所の事例を確認します。一方で、「事前了解」は法的にどういった性質をもつのか、また事前了解を求める自治体の範囲の議論についても確認します。
「事前了解」とは何か:柏崎刈羽原発の事例
柏崎刈羽原発においては、東京電力と新潟県、立地自治体である柏崎市、刈羽村との間で「東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所 周辺地域の安全確保に関する協定書」を結んでいる。
この協定は周辺住民の安全確保を目的として、情報公開や連絡・通報、立ち入り調査などに関して規定を設けている。「事前了解」もこの協定の中に含まれており、協定書では下記の通り規定されている。
なお、同協定書の運用については「東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所周辺 地域の安全確保に関する協定の運用について」とする文書の中で、協定書第3条の事前了解の運用について記している。
事前了解は原子炉等規制法に定める内容に関しての事前了解としており、原発の再稼働に関しての事前了解は規定されていない。原発の再稼働に関しての事前了解の規定がないのは、柏崎刈羽だけではなく、全国各地の原発・自治体協定と同様である。
2021年に発覚したセキュリティ不正問題を受け実質的に運転禁止処分となっていた柏崎刈羽原発だったが、2023年に原子力規制委員会によって解除となった。残すは地元同意を取り付けることとなっており、政府や東京電力も地元理解を得るための説明会などを開催するなどしている。
規定に入っていないからといって、東京電力や政府が地元の意向を無視する形で運転再開に踏み切ることは考えにくい。無論、「地元の意向」はあくまでも首長による判断ということになるため、自治体の中に残る反対の考えをどこまで踏まえるかというのは難しい問題になるが、選挙で選ばれた首長の判断を無視して、つまりは地元自治体の多数の考えを踏まえることのない再稼働が行われる可能性は低いと思われる。
各原発の安全協定の分析を行った論文によれば、協定は「各立地自治体において自治体と事業者とが相互に関係を築いてきた結果である」としている。また、こうした協定は国の法令などとは別にして、「事業者が地域に対する社会的責任をもっていることは自明の理であり」「地元の了解を得ることなどは,社会的責任の範疇に含まれる」(菅原、稲村、木村、斑目(2009):162)としている。
茨城方式とは何か
2018年に周辺自治体と協定締結
こうした中、2018年に東海第二原子力発電所の再稼働を目指す日本原子力発電と、周辺自治体との間で、事前了解を盛り込んだ安全協定が締結された。これまでは、事前了解に関する規定は立地自治体との間で結ばれてきたもので、初めて周辺自治体にも広げられた。周辺自治体の事前了解を求める他原発の立地自治体などからは、「茨城方式」とよばれるようになった。
従来は、再稼働にあたっては立地自治体である茨城県と東海村の同意を得ることを盛り込んでいたが、新たな協定では東海村に隣接する日立市、ひたちなか市、那珂市、常陸太田市、水戸市の合計6市町との間でも協定書を締結し、各自治体が実質的な事前了解権を獲得することとなった。
茨城方式の課題
各自治体が実質的な事前了解を行うこととなった一方、意見の集約については課題を残したとの指摘もある。全会一致なのか多数決かなど、事前了解をどのように理解するか、協定書の中には書かれておらず、実際の運用などにあたっては課題も残されている可能性がある。
また、日立市やひたちなか市には原発関連事業者も多く在住するとされ、各自治体がそうした意向も踏まえながら判断することを考えると、取りまとめが難しくなる可能性も指摘される。
「地元」をどこまで捉えるか:柏崎刈羽原発をめぐる周辺自治体の要求
東海第二原発では周辺自治体も再稼働に関する事前了解を獲得するなど、先進的な事例として取り上げられた。柏崎刈羽原発をめぐっても、周辺自治体に事前了解を与えるよう求める動きが起きた。
柏崎刈羽原発周辺自治体における動き
2020年8月に、柏崎刈羽原発から30km圏内(避難準備区域、UPZ)に含まれる8市町(柏崎市、長岡市、燕市、見附市、小千谷市、十日町市、上越市、出雲崎町)の議員などが集まり、研究会を設立した。目的は事前了解権を有する安全協定の締結を目指すことだった。
2021年には地元自治体と締結している協定書をベースに協定書案を示した。原発の稼働や延長運転の際には締結自治体に対して東京電力が事前了解を得るものとする条文を含めた。再稼働にあたっての事前了解権である。
一方で、柏崎市長や刈羽村長は消極的な姿勢を示したほか、UPZ圏内の7首長が権利を求める要請に対し賛同しなかったことが明らかにされている。
事前了解権拡張の課題
茨城方式と同様に、周辺自治体まで実質的な事前了解権を与えることによる問題点は存在しないのか。
茨城方式でも問題点として指摘されたことと同様、意見の集約をどのように行うかという点である。各自治体が原発事業者との協議を行い、事前了解を与える・与えないという判断を行う場合、意見が全会一致になるとは限らない。仮に意見が分かれた場合に、多数決で決定するのか、あるいは一つの自治体がNOとした場合に原発を止めることになるのかを決めておかなければならないだろう。
2002年に起きたトラブル隠し事件では、地元自治体がプルサーマル発電の地元同意を取り消したが、この時は東京電力もプルサーマル発電の計画延期を表明していた、つまりは自治体と事業者の足並みが揃っていた。
仮に事業者と立地自治体、周辺自治体がバラバラの意思表示を行った時には、法的には拘束力を持たない協定によって原発が止められることによる訴訟といったリスクも背負うことになる。無論、原発事業者が有する社会的責任は存在するが、無限に背負うものではないことを考えると、意思表示を統一することの必要性があるだろう。
電源三法の成立により、原発立地自治体には交付金など財政上の支援なども行われるようになっている。原発の賛否の議論ではこうした交付金の存在を指摘する声もある。こうした交付金を周辺自治体が実質的なキャスティングボードを握ることは許されるのか。
事前了解権の拡張は、周辺自治体に対する原発事業者に対する社会的責任を果たす一つの可能性であると同時に、自治体間による政治的な分裂を引き起こす装置である可能性もある。その議論は十分に行われているのか。茨城方式の不十分さは、議論の不十分さをそのまま反映しているように思えてならない。
参考文献
・菅原慎悦、稲村智昌、木村浩、斑目春樹(2009)「安全協定にみる自治体と事業者との関係の変遷」『日本原子力学会和文論文誌』Vol.8,No.2,p154-164。