私たちが、自然とともにあるために
黄や赤に色づいた葉たちが落ち、緑は落ち葉に覆い被さり、八ヶ岳は冠雪を終え、一年を通して最も長い冬を迎えた。季節の移り変わりは決まった時期に訪れるが、その当たり前の変わり映えにいつも心が満たされる。八ヶ岳の麓で暮らし始めて早くも3年が経過したけれど、山も川も移ろいゆく景色を見ても飽きはこない。
「いつもの景色だから夕日を見ても感動しなくなった。」
昨年の冬にロードトリップで九州地方まで行き、旅先で出会った人からの言葉をたまに思い返す時がある。そんな訳がないと思う反面、自然は素晴らしいことが普遍的な価値観という考えそのものに偏りがあるとも思えた。
noteを最後に更新したのは2021年。
かれこれ2年もの間、文を書くという行為から遠ざかっていた。一時は文を書くことに恐れ、自分の言葉で発信することの抵抗感があった。今もまだ拭えきれていないけど、足踏みしたって仕方ない。前に進むには克服するしかない。だから、今書いている。
自分に余裕がないと心狭き人間になるように、日々の業務に忙殺されると身の回りのことが疎かになる。ここ最近で自分の中の余裕が生まれ始め、料理でも2品はおかずを作るようになってきた。おかずの量はその人の心の余裕を表している。(おかずは多ければ多いほど幸福度が高まると思っている。)
ちょうど年の瀬の時期でもあるので、istについて、そしてこれからについて久しぶりに文で書き留めておきたいと思う。
普段の暮らしを自然の中で
これはistのコンセプトになる言葉で、内装や設計、コンテンツやイベント考案など、すべてのことに対して「暮らしと自然」がシームレスにつながることをベースに展開してきた。このコンセプトが根底にあったからこそ軸が真っ直ぐとあり、少し迷った時などは立ち戻れる場所でもあった。事業を任してもらうまでは「理念やコンセプト」の重要性を知る由もなかったが、今となれば大海原を航海する船の帆や舵のような大切な役割があると思っている。
istの理念やコンセプトを体現しているものは様々にあるが、場内に点在している建築物は特にそう言える。
istを訪れたゲストに「設計士さんは、デザイナーさんは誰ですか?」という質問をよくされる。それに対して「いません。大工さんだけです。」と答えるとかなり驚かれる。設計士やデザイナーは最初からいなくて、作り手である大工さんと依頼側の施主である僕たちしかいない。
では、どのようにしてこの空間が生まれたのか。
それはずば抜けて高い感度とそれを実行するバイタリティー、そして僕たちの想いを汲み取って最大限のリソースと情熱を注いでくれる作り手である大工さんたちが凄いから。これに尽きる。
作りたい空間、そこからみえる景色や過ごし方など頭の中で想像していることを言葉に置き換え、ネットで素材を拾ってきては資料にまとめることをやり続けた。それを元に棟梁である小竹さんが大きな白い紙に絵を書いてくれる。「ジョンくんがイメージしているのってこんな感じ?」と。その場、その場で色んな絵を通して、お互いの想像を寄せ合っていった。まるでジャムセッションのようにすべての作業が進んでいった。
突然「ここの色どうする?明日までには決めておいて」と言われることもあった。最初は「おいおい。もう少し事前に教えてよ〜」と思ってたけど、そのスピード感でやっていたら工期がいくらあっても足りない。僕たちが大工さんたちのスピードに合わせるしかない。常に先のことを考えながらイメージして準備する必要があった。
「この空間がいいですよね」と伝えると「この空間のどこがいいの?どのディテールがいいの?」と言われた時はハッとした。
これまで行ったお店や雑誌などを見て「いい」と思った空間に対して「その中でもどこがいいのか」まで細分化して言語化できていなかった。ただ漠然に「いい」と抽象的にしか言えていなかった。
大工さん:「ジョンくんは小竹さんや大工さんと1年間一緒に仕事をしてかなり成長したよ。」
この時、人は新しい役割を与えられて成長するものだと知れた。
経験がないことでも本気で向き合って、考えて、手を動かし続ければ、できるもんだなと。
暮らしと自然の調和
これまでにも言ってきたことだが、istはキャンプ場をやりたくて始めた事業ではない。「森や海辺で過ごしたり、遊んだりすることを通して、生活の身近にある自然を感じてほしい」という思いから始まった事業がistなのだ。
壮大な山々の景色、森の中を歩く清々しさ、夕日を受けて輝くさざ波、それらから感じる心地よさはすべて自分の感性が働くことによって生まれることで、それは暮らしの身近な場所にも存在していると思っている。
カーテンを開けて光を取り込み、窓から吹き抜ける風を感じ、食卓に生花の一輪を飾る。植物を愛でると気持ちよく、風や光を感じることで肩の力が抜ける時がある。自分が住んでいる街や生活の周りに目を向け意識を傾けると、色んな小さな自然が共存していて、そこからでも心地よさは生まれる。
僕は「自然を暮らしに持ち帰る」と言っているが、それは物質的な自然ではなく、精神的な感性のことを指す。ものではないし抽象的だから、istがやろうとしていることは本当に難しい。だからistはあくまでも暮らしと自然が調和する場所づくりや、森への入り口をポップにつくり、人と自然が接続する点を増やしていきたい。
自然とともにあることで人の暮らしや生き方そのものを少し豊かにしてくれることを信じて。
ist - Aokinodaira Field
1拠点目となるist - Aokinodairaは八ヶ岳東麓、野辺山高原からもほど近い長野県川上村にある。1980年代から「青木の平キャンプ場」として営業されていた歴史ある場所を受け継ぎ、2022年から「ist - Aokinodaira Field」としてリニューアルオープンした。
場内には千曲川の源流が流れ、川辺や林間、池の辺りや広く開けた広場など、さまざまな地形がある。野鳥、キツネ、野ウサギ、シカなど多くの生き物もこの土地に共存している。最近は川にイワナが戻ってきて、禁漁期間に入った今は気配を消しながら遠くからいつも観察している。
Aokinodairaには全9つのテントサイトとHutとNutshellという宿泊棟が全6棟ある他、管理棟をリノベーションしたラウンジに、ユニークな設計になっているトイレをはじめ水回りが場内に点在している。
テントサイトは過ごし方の制限を極力なくすために繁忙期を除き、全面フリーサイトで案内している。さまざまな地形があるので車を走らせながら気に入った場所で過ごしてほしい。
自然と暮らす小さな家、僕たちはそれを「Hut(ハット)」と呼んでいる。
4棟点在するHutはどれも一つとして同じデザインはない。その土地の地形や風景に合わせて、見てほしい景色や過ごし方を想像しながら建物の角度や窓の位置などを決めている。
ハード面以外にも、普段の暮らしをそのまま自然の中で営めるように寝具や家具、調理道具などのソフト面も考えて作り上げている。
Nutshellは当初の工事計画ではなかった建物だったが、棟梁の小竹さんから「ずっと作りたかった小屋がある。それをこの土地で作りたい。」と相談を受け、Nutshell -east- / Nutshell -west-が完成した。
Hutよりも機能を削ぎ落としたNutshellは、テントとHutの間のような位置付け。自分たちのキャンプギアを持ち込んで、アレンジしながら滞在を楽しめる。
リノベーション前に運営メンバーが寝泊まりしていた思い出深い管理棟。
木と漆喰を基調としたデザインで、ネイチャーを感じる箇所もあれば、対して人工的なアーバンを感じる箇所もある。ラウンジを訪れた際はぜひレセプションとバーカウンターを仕切る、曲線が美しい壁を見てほしい。そこに「ist」の由来や理念を込めたデザインで仕上げている。
「自宅に帰った時、一輪の花が飾られる」
僕との会話の中で棟梁が大切にしてくれている言葉。設計やデザインの打ち合わせ時にはいつもこの言葉を用いてくれていた。istの森で感じた心地よさを普段の生活にも取り入れてもらいたい。その一つが「花」だと思っている。
トイレや炊事場などの水回りは最低限の清潔感さえあればいいと思っていたが、そこにもistの色を取り入れて設計してくれた。それがこの見晴らしトイレであり、Terraceサイトの空や木々を眺めれるトイレに詰まっている。
年に一度ist主催の「Weave」という複合フェスを開催している。音楽をガンガン楽しむフェスというより、森の中で様々な過ごし方ができるようなコンテンツ作りをしている。今年はとことんやり切った甲斐あって、描いていた景色が見れた。来年、Weave'24は5月18,19日に開催。
改めて思う。
この土地の自然環境や地形、そこに調和して佇む個性的な建築物、そして日々自分たちの手で森を愛でながら働くスタッフたち、これらの総力でistが形成されている。
昨年は工期が大幅に遅れ、数字も伸びず、計画通りに進むことが何一つなく精神的にも厳しい時期が続いたが、今年は蒔いた種が芽を出し始め、花が咲いたものもあり確かな手応えを感じられるようになった。想定よりも多くの人に来ていただき、多方面でistの認知が広がりつつあると感じれる年にもなった。今でもistがやろうとしていることは難しい領域だと感じつつも、それでも少しずつ世の中には届いていると思っている。
istのこれから
キャンプ場運営に留まらずに「自然とともにある」を理念に裾野を広げて展開していきたいと考えている。
例えば..
AokinodairaにあるHutをベースモデルとした1棟貸し
放置された山林を利活用し、各拠点の薪や新規事業の資材の供給
自然とともにあるライフスタイルや過ごし方を提案するスモールホテル
など。
特にこれから力を入れて構想していきたいのは「スモールホテル」
Aokinodairaが森への入り口だとしたら、考えるスモールホテルは入り口から一歩踏み込んだ場所。
これはあくまでも一例だが、フライフィッシングやクライミング、サーフィンなどの遊びや体験を通すことにより自然との濃密な時間を創造してくれると思っている。ホテルやゲストハウスにあるようなオプションとしての体験提供ではなく、山や海に暮らす人たちのライフスタイルをベースとした1日の過ごし方をしっかりとプランニングし、宿泊と合わせて提案できる体験や場所をつくりたい。
より深く、より自然とともにある素晴らしさを伝えるためにも、ネクストステップで挑戦したい。
そのヒントを求めて来月はスリランカへ。
istの未来を考えながらやりたいことを実現するために、自然と一体化するジェフリーバワ建築やリトリート滞在を提案する宿泊施設を実際に体験してくる。
もっと外に出て、今まで見たことのない景色や人と出会い、新しいものを生み出していきたい。
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