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【第3回】進化心理学は「科学」なのか (2)問題作『進化心理学から考えるホモサピエンス』

金髪と青い目が理想の女性美?


〔前回の続き〕
 特に「男はなぜセクシーなブロンド美女が好きで、女はなぜセクシーなブロンド美女になりたがるのか」というQで始まる3章の一部の記述には、日本人なら誰もが違和感を覚えるだろう。

 著者は理想の女性美の構成要素として、若さ・細いウェスト・豊満な胸・長い髪・金髪・青い目をあげており、それをまるで人類共通の理想像であるかのように書いているのだが、これは完全に西洋基準、というかアメリカ(の白人)基準の発想である。
 4つ目までは世界共通で好まれる特徴として強引に普遍化できる可能性があるが、金髪・青い目に関しては他の人種の人々はそもそも備えていない。
 白人であっても民族や個人ごとに髪の毛や目の色はかなり異なり(そして、そうした容姿に誇りを持っている人も多く)、人間なら誰もが潜在的に望んでいる理想美かのように一般化するには無理があり過ぎる。

 著者は金髪が好まれる理由として、それが

女性の年齢、ひいては繁殖価を判断する上で正確な指標になる。金髪の特色は、年齢に伴ってはっきりと色合いが変わることだ。少女時代は明るい金髪でも、大人になるとたいがいは茶色っぽい髪になる。(中略)つまり金髪の女性と配偶関係を結びたがる男たちは、無意識のうちにより若い女(平均的に言って、より健康で、より多産な女)を求めているのである。

と述べている〈1〉。

 しかし、それでは人口の大半が黒い髪の毛を持つ我々アジア人の美意識については説明できない。アジア人の男性が皆、潜在的に金髪の女性に惹かれるわけではないし、アジア人の女性が皆、金髪になりたがっているわけでもないだろう。むしろ、アジアでは黒髪の美しさにこだわる文化が強いように思われる。

 青い目が好まれる理由としては、瞳孔の拡大はその人がある対象に興味を感じているかどうかの指標であり、青い瞳を持つ人は対面する人にとって瞳孔のサイズが最もわかりやすく、(自分に対して魅力を感じているのかどうかなど)感情を推測しやすいから、という仮説が述べられている。

 しかし、これは著者が教える大学の学生がレポートに書いた思い付きの仮説に過ぎず、著者自身が述べているとおり「この説が広く受け入れられるには、さらに厳密な検証を重ねる必要がある」〈2〉段階でしかないようだ。前回の記事で問題視した「解釈次第でどうとでも言える」理由付けの典型のように思える。

 著者によると、青い目が魅力的とされるのは男女で共通であり、女性が男性の青い目に惹かれることにも進化論的な理由があるという。
 女性にとっては、求愛してくる男性が本気の好意を寄せてくれているのか、それとも短期的な性関係を持ちたいだけなのかを見極めるにあたって、その男性の瞳孔が開いているか否かが一つの判断材料であり、それを確認しやすい青い瞳の男性が好まれるようになった、という理屈である(本文の記述とは異なるが大意としてはこうである)〈3〉。

 この説明にも全く説得力がない。心理学の実験によれば、男性は女性のヌード写真を見ただけで瞳孔が拡大するという〈4〉。男性が目の前の女性に性的魅力を感じている場合、長期的な関係を望んでいようが、短期的な関係で終わらせたいと思っていようが、どちらの場合でも瞳孔が拡大するのではないだろうか。瞳が何色であろうと、男性の真剣度を測る手掛かりとしてはほとんど役に立たないように思える。

高校と大学の男性教師は離婚率が高い?

 さらに、3章では

アメリカの調査では、高校と大学の男性教師は、離婚率が期待値より高く、再婚率が期待値より低いことがわかっている(女性教師にはそうした傾向はみられない)。

という、にわかには信じがたい記述がある〈5〉のだが、注を確認すると実は参照元の論文は著者のカナザワ本人によるものである。
 そして、少し調べたところ以下のnote記事でその論文が詳しく検証されており、ほとんど当てにならないものであることがわかった。
(執筆者の方、ありがとうございます)

 この記事にある、元の論文から再構成された表からは、中高大の男性教員が、女性教員と比べて、また初等教育の男性教員と比べて、有意に離婚率が高いという結論はどう見ても読み取れずほぼ根拠のない主張だということがわかる(というか、むしろ初頭教育の男性教員の方がわずかながら離婚率が高い)。

 著者のカナザワはこの調査結果の解釈として

おそらく男性教師は繁殖価のピークにある若い女子学生に接する機会が常にあるからだろう。彼らの妻やデートの相手である大人の女性は、女子学生たちと比べて繁殖価では色あせて見える。

としている〈6〉のだが、これを言いたいがための結論ありきの調査だったのかもしれない。

同国人を殺すのは一夫多妻だから?

 3章までと同様、全9章のうち4章から7章にかけても、納得できる箇所もあれば、「どこまで真に受けていいものか… 」と疑問に思う箇所もある。
 ただ、私にはそれぞれの真偽を判定できるだけの知識は無いので、この辺はやり過ごすことにする。終盤の8章では宗教と紛争について扱っているのだが、ここでは再び素人目にも変だと思える記述が出てくる。
 
 イラク戦争後の米軍占領下のイラクでは、武装勢力によって米兵以上に同胞のイラク人が大勢殺害されていたそうだ。2007年1月時点で米兵の犠牲者2466人に対し、イラク人の犠牲者は警官・国軍兵士6004人、民間人10131人で6倍以上だったという〈7〉。
 著者は、イスラム社会が一夫多妻であることが、他の社会以上に若い男性同士を競争的・暴力的にさせていると考えており

進化心理学的に言えば、イラクの武装勢力は無意識のうちに米兵(異教徒の占領者)ではなく、できるだけ多くの繁殖上のライバル(同胞のイラク人男性)を抹殺しようとしていたのである。

と述べている〈8〉。しかし、殺害された1万人以上の民間人の中には彼らの将来の妻になるかもしれなかった若い女性や少女も少なからず含まれていたと思われ、それについてどう解釈すればいいのか不明である。
 
 さらに、

米軍が居座ることで武装闘争が起きているように思いがちだが、歴史的にみると外国の軍隊の占領は必ずしも武装蜂起を招かない。第二次大戦後、連合軍の占領下に置かれたドイツと日本では、蜂起はまったく起きなかった。

と書いている〈9〉が、国民国家として一応のまとまりがあった当時のドイツや日本と、第一次大戦後の(イラク王国)建国時から宗派間対立を抱えるイラクとでは、比較するには条件が違い過ぎる。

 イラク内の混乱や紛争の原因については、複雑な宗教的・政治的な対立によるものだ、という普通の説明で事足りるはずだが、それに対して著者の唱える進化心理学的な説明の方がより核心を突いたものであると言えるだけの根拠が示されていない。
 これは一例なのだが、全体的に「あれもこれも進化心理学で説明できる」と風呂敷を広げすぎに思える。

本当はもっと色々な研究がある

 もう一つ言っておかなければならないのは、進化心理学は別に性差ばかりを研究しているわけではないということである。研究分野は色々あり、人の持つ互恵的・利他的な感情の起源、認知能力や記憶能力の成り立ち、政治的信条の遺伝的な基盤など、多岐にわたっている。
 にもかかわらず、この本の8割くらいは男女差に関する話で占められており、進化心理学がもっぱらそればかりを研究しているゴシップ好きな分野かのような印象を与えがちだ(まあ、そういうところが無いわけではないのかもしれないが、、)。

 本書が「進化心理学入門書の決定版!」かのように紹介され認知されるのはこの分野にとって不幸なことだと思う。前回とりあげた「話を聞かない ~」にしてもそうだが、こうした本を、多少でも科学研究の作法を知る人が読めば「もっともらしいけど、なんか胡散臭い… 」と感じてしまうのも無理はないだろう。



〈1〉アラン・S・ミラー、サトシ・カナザワ『進化心理学から考えるホモサピエンス』伊藤和子訳、パンローリング、p.79
〈2〉前掲書、p.82
〈3〉前掲書、p.83
〈4〉『男はヌードに、女は赤ちゃんに目がいくのはなぜ?』公益財団法人 日本心理学会
https://psych.or.jp/interest/ff-23/
〈5〉前掲書、p.72
〈6〉前掲書、p.72
〈7〉前掲書、p.201
〈8〉前掲書、同頁
〈9〉前掲書、同頁

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