舞台 「23階の笑い」 観劇レビュー 2020/12/19
公演タイトル:「23階の笑い」
企画:シス・カンパニー
劇場:世田谷パブリックシアター
作:ニール・サイモン
演出:三谷幸喜
出演:瀬戸康史、吉原光夫、山崎一、鈴木浩介、浅野和之、松岡茉優、小手伸也、青木さやか、梶原善
公演期間:12/5〜12/27(東京)
個人評価:★★★★★★★★☆☆
Twitterでの評判が非常に良かったので、急遽当日券を購入して観劇することに。三谷幸喜さんの演出作品は初めての観劇である上、作者のニール・サイモンの作品に触れること自体も初めて。
舞台は1950年代のアメリカでテレビ放送が始まって間もない頃、冷戦真っ只中にあってその煽りを受けたテレビで人気絶頂のコメディアンとその放送作家たちのストーリー。
物凄くアメリカンジョークが劇中に頻発して、現代の日本人にはちょっと馴染みのないものが多いせいか完全に面白さを理解出来なかった節があって、そこが非常にもどかしさを感じた。しかし、それでも舞台セットのクオリティの高さ、役者陣の演技力の高さ、要所要所で趣向の凝らされた演出の数々を目の当たりに出来るだけでも十分見応えのある傑作だった。
窓から伺えるエンパイアステートビルなどの高層ビルやマックス・プリンスの肖像画など舞台セットは興奮を掻き立てられるものばかり。
役者は特に松岡茉優さん演じるキャロルの外国人女性を思わせる、ちょっと個性の強い女性役が凄く良かった。小手伸也さん演じるマックス・プリンスのぶっ飛んだ存在感、吉原光夫さん演じるミルトの目立ちたがり屋っぽさも完成度が高く仕上がっていて舞台全体の雰囲気を盛り上げていた印象。
そしてラストは凄くせつない、でもあのせつなさがこのコロナ禍において凄く響いてくる。ラストのシーンはおそらく三谷さんのこだわりで付け足したのかなと思えるしんみりするシーンに凄く感動を覚えた。
当日券で観劇できて良かった、今までで観劇したコメディ舞台でかなり上位に食い込むオススメ作品。
【鑑賞動機】
Twitterで非常に評判が良くて、当日券を買ってでも観劇したくなったから。ステージナタリーで記事になっていた舞台写真とかを観てもセンス抜群で物凄く観劇したくなった。三谷幸喜さんの演出作品は以前から観たいとも思っていたし、キャストも豪華だったので当日券で観ても後悔はしないだろうと思い観劇。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
舞台は1950年代のニューヨークにある高層ビルの23階、そこはNBCテレビで放送されていた人気コメディ番組「ザ・マックス・プリンス・ショー」のオフィス。そこでは、人気コメディアンのマックス・プリンス(小手伸也)と、彼が抱える7人の放送作家たちが仕事していた。
そんなマックス・プリンスに憧れて、一人の見習い放送作家が枠が一つ空いたという理由で働かせてもらうことになった。彼の名前はルーカス(瀬戸康史)、非常に若々しく真面目そうな好青年で結婚もしていた。
ある日の午前中、ルーカスが一人でオフィスにいると放送作家のミルト(吉原光夫)とヴァル(山崎一)がやってきた。ミルトは目立ちたがり屋で結婚しているにも関わらずオフィスの電話で浮気相手と連絡を取ったりしていた。そこへヴァルが、昨日の深夜に自分はイプセンの「人形の家」の観劇で留守にしている間に、マックスから電話がかかってきて脅迫状が届いたと話していたことを語る。ヴァルは深夜にマックスが電話をかけてきたということはよっぽどの事があったに違いないと推察する。
そこへ、放送作家のケニー(浅野和之)がやってくる。彼も昨夜にマックスから電話が来たと話し、やはり脅迫されている事を語った。
さらにオフィスには、マックスお抱えの放送作家の中で紅一点のキャロル(松岡茉優)がやってくる。彼女は今朝のニュースに驚愕していた。内容は、共和党上院議員のマッカーシーが、大物軍人のマーシャル元帥までも共産党議員であるという点からソ連のスパイだと告発してきたからである。マーシャルの優しそうな表情に惚れていたキャロルは、彼までもがソ連のスパイ(アカ)呼ばわりされて悲しみにくれていた。
そしてようやくマックスがオフィスへやってくる。ヴァルやケニーが昨日の深夜の電話について問いただすと、今朝のマッカーシーによる赤狩り(アメリカに潜むソ連スパイを次々と処刑しようとする動き)事件と関連して、テレビ局NBCから人気コメディ番組「ザ・マックス・プリンス・ショー」も政治的な題材をコメディに利用しているとして、予算の大幅カットと放送時間の1時間の短縮で放送枠を30分にすると命令されていることを伝えた。NBCからは、大量の封筒に入った書類が送られてきていた。
マックスは怒りのあまり壁に穴を開けてしまう。それを秘書のヘレン(青木さやか)に、金色の額縁とプレートを用意して綺麗に飾って残しておくように伝えた。
そして、マックスお抱えの放送作家の中で一番の腕利きのアイラ(梶原善)が遅刻してやってくる。彼は遅刻常習犯で、こんなオフィスが大変な時でも呑気に遅刻してやってくる上、「脳に腫瘍が出来た」と相変わらず訳の分からないことを言って周囲を困らせ、おならをすることによって解消したとデタラメを言っている。
マックスはそんなアイラのことはさておいて、マッカーシーに一泡吹かせるような自由の女神像がワシントンのホワイトハウスに進入してくるというネタを思いついて鬱憤を晴らす所で場転に入る。
場転中は、秘書役のヘレンがアメリカンジョークを取り入れた一人コントを何個か披露する。
場転すると、そこは先ほどの事件の日から数ヶ月経った後の23階のオフィス。番組の放送時間は1時間カットではなく30分のカットで今のところ済んでいた。壁の穴は増えており、どうやらマックスがローゼンバーグ夫妻がスパイ容疑で処刑された怒りによって作られたものだとルーカスが説明。ルーカス自身もシンナーに誤って火をつけてしまってボヤを起こし、下手側の壁を黒こげにしてしまった。その事件によって、「お前も変わった奴だ」と認められてマックスのお抱えの放送作家として正式に採用されたらしい。
火曜の朝であるにも関わらず、その日はみんな朝早く出社する者がおらず、ルーカスの次にオフィスに現れたのはマックスだった。マックスは立ったまま居眠りをしてしまうほど疲労が溜まっているようだった。マックスはルーカスの進言に従ってオフィスで一寝入りすることに。
そこへミルトがやってくる。ミルトは真っ白いスーツを着ている。またしても目立ちたがり屋なミルト。
次々と放送作家たちが入ってきて、キャロルは妊娠中でお腹が非常に大きくなっていた。
しかしまたもやNBCからの命令で、予算カットにつき放送作家を一人減らすよう指示されていた。放送作家たちはどうやって解雇する人間を決めるのかビクビクしていた。みんな口を揃えてここにはいないアイラで良いと言っていた。
全員の放送作家が揃い、マックスも戻ってきたところでいよいよくじ引きで解雇される人間を決めることになる。くじによって選ばれたのはなんとマックスだった。マックスは、「たった今放送作家として自分自身を雇い、NBCの命令によって自分自身を解雇することにしよう」と宣言した。その上、他のくじの中身を確認すると、そこには全てマックスの名前が書かれており、鼻から誰も解雇にするつもりはなかったことが伺える。
ジュリアス・シーザーの題材をネタとしたコメディの稽古が行われていた。放送作家は役者ではないが、台本の読み合わせの時はマックスに協力して一緒に読み合わせをしていた。ヴァルは相変わらず台本を読むのが下手くそで、周囲の放送作家から文句を言われていた。
最後のシーンで、マックスが演じているシーザーはブルータスに殺されるはずだが、ブルータス役のルーカスは主人を恐れ多くて刺し殺すことなど出来ないと怯えている。「早く刺してくれ、ブルータスお前もかを言いたいんだ」とマックスは叫ぶが、ルーカスは全然刺しにきてくれない。結局マックスは、自身で刺し殺す演技をやって「ブルータスお前もか」と叫ぶという茶番になる。
クリスマスイブの夜、マックスは自腹で放送作家全員を呼んでオフィスでパーティを開いてくれた。放送作家の一人ブライアン(鈴木浩介)はハリウッドで脚本家になるという夢を叶えて大忙しだった。キャロルも無事出産して今では母親をやりながら放送作家としても活躍していた。ミルトは奥さんと離婚してしまったらしく独り身だった。ミルトは秘書のヘレンとクリスマスパーティの夜に二人で親密な時間を過ごしていた。
マックスはどうやらローストビーフを大量に頬張り過ぎてトイレで嘔吐しているらしい。イブの夜は放送作家みんなでガヤガヤと楽しい時間を過ごしていた。
そこへオフィスにマックスが戻ってくる。そして、みんなに大切なお知らせがあると言う。マックスがコメディアンを引退してこの放送作家のチームを解散するというものだった。10年後に再び戻ってくることを誓うが、10年先なんてどうなっているか分からない。
解散後、放送作家の面々の行末は様々だった。子供を沢山抱えた者や、家族を失った者など様々。
マックスは寒い冬の街灯の下でサックスを吹いていた。時々音が外れる演奏に、「馬鹿野郎!」と相変わらず愚痴を呟く。そこに放送作家の面々が集まってくるところで物語は終了。
終始しょうもないネタ満載のコメディだったが、最後は非常にしんみりとせつなくなる。でもそのシーンがあるからこそ今のコロナ禍において凄くグッとくる作品となっていた。1950年代のエンタメ業界も時の政治的圧力に屈しながら収縮していく時代だった。そしてそんな状況は奇しくも、コロナ禍というどうすることもできない外的圧力によってエンタメ業界が収縮する今の時代ともマッチする。だからこそ、今観る価値のある舞台だったと思うし、今でこそ響く作品になり得たのだと思う。
非常に最後は心を揺さぶられる終わり方だった。
それと、劇中に登場するアメリカンジョークはゲラゲラ笑えて面白いものというよりは、こういう作風なんだと勉強になる側面の方が大きかった。例えば、冷戦時代という歴史的背景を理解した上で笑える小噺だったり、あとは歴史上の人物が沢山登場するのでそこを理解した上で笑えるものもあった。まあ基本的には、そんな高度な歴史的知識を求められるネタではなかったので、理解はできたのだが。
ただアメリカンジョークは、もっと理解していないとどこまでがジョークなのかが分からなかった気がする。例えば、キャロルが発するライターたちは「ジョークと車とお金と野球しか興味がない」という台詞もジョークとして捉えられなかったり。きっと教養がもっとあったら沢山笑える箇所はあったのだろう。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
世界観と演出はほぼ完璧と言っても良いくらいのハイクオリティな作品に仕上がっていた。さすがは三谷幸喜さんの演出といった感じ。
まずは舞台装置、衣装、照明、音響の順番で見ていく。
舞台装置は、客入れ時に客席に入った時からクオリティの高さに圧倒されていた。今回当日券で入場したので、席は最後列のちょい下手側だったので、下手側のパネルに関してはあまり観ることが出来なかったが、観ることが出来た範囲で詳細に記載する。
まず、下手側には、豪華な観音開きの扉がある。そこから役者たちがオフィスへ出入りする。その手前側には丸テーブルと椅子が用意されてティーでも飲めるようなくつろげる空間がある。その下手側にはパネルがあって、ルーカスがボヤを起こして黒こげにした壁があったのだが、席の関係上あまりよく見えなかった。
舞台中央奥の壁には、マックスによって途中で穴が2箇所開けられるギミックを備えている。7ヶ月後のシーンではその穴に額縁と金色のプレーンが付けられている細かい演出も面白かった。
上手奥には窓が大きく設置されており、上に開閉出来るよう作られている。そしてその窓の向こうには、作り物のエンパイアステートビルの天辺やその他の高層ビルの天辺が用意されていて、オフィスがニューヨークの高層ビルであることをイメージしやすく設計されている。この舞台セットだが、最初に目がいくのが当然この窓の外から見えるエンパイアステートビルなどの高層ビルになるのだが、やはり作り物感が出てしまっているのが否めなくて正直どうかと思った。他の舞台セットが非常にクオリティが高くて本物なのに、ここだけおもちゃかよと思ってしまった。でもこれがないと、やはりニューヨークの高層ビル内である感じは出てこないし、23階のオフィスという感じも出てこない。だから、かなり挑戦的な演出といったところだろうか。可能な限りあそこはクオリティ高く本物に近づけて欲しかったという、超絶要求の高い注文。
上手側には、マックスの机と電話が設置されている。そして壁にはマックスプリンスの横顔を描いた肖像画。この肖像画にもすぐ目がいくがこちらはクオリティ半端ない。近代アメリカっぽさを上手く出した肖像画で形容し難いが、あれを見るだけでも十分興奮してしまうくらいの出来上がりだった。
そしてその横には、途中から追加される穴を開けられるギミックが用意されている。
総じて舞台装置だけでも語り尽くせる箇所が沢山あって、これを観るだけでも当日券で金払った価値があった。
次に衣装、こちらも1950年代のアメリカを上手く再現して作られていた。特に個人的に好きだったのが、ケニーの衣装。ケニーのあの1950年代のサラリーマンといった感じの眼鏡とスーツの感じが凄く好きだった。まるでカラフル写真が普及し始めた直後に写真として登場する男といった感じ、上手く伝えるのが難しい。
また、キャロルの衣装も物凄く素敵。まずは赤い女性用スーツ、あれが物凄くインパクトが強い。西洋人らしくちょっと顔をドーランで塗った感じが凄く良かった。松岡茉優さんの演技力も相まってあの頃にいそうなアメリカ人女性という感じが凄くしていた。クリスマスのコスプレも良かった。
あとは、ミルトの白スーツだろうか。真っ白だから物凄く浮いて見える所が面白い。そして、クリスマスイブのシーンで着替えてツンツルテンのスーツで登場する箇所も好きだった。会場内も結構笑い起きていた。
照明に関しては満点といった所だろう。特に印象に残ったのは、7ヶ月後の朝のシーンの照明と、クリスマスイブのパーティの時の照明。朝のシーンの照明も朝であることが凄くわかりやすい。窓から差し込んでくる白に近い黄色の照明が本当に感動するくらいマッチしている。すごく上手いと思う。そしてイブのパーティのシーンの、あの温かみのあるオレンジに近い黄色い照明。あの感じ凄く好き。外は真冬で寒いからこそオフィス内は人で賑わって、人々の温かさも相まって物凄く温かさを感じる演出になっていた。そこに照明は物凄くよい影響を与えていたと思う。そこにマックスの突然の引退宣言があるので、あの温かさが余計にせつなく感じる。もう満点としか言いようのない照明効果だった。
後は、最後のシーンでマックスの肖像画に薄くスポットが当たるのも好きだった。あの薄いスポットの当て方が、今後のマックスの失速を予見している感じがして、ただあそこでスポットが当たることで人気コメディアンとしてのマックスは確かに存在したんだという主張を感じられた。
そして音響は、客入れのジャズのような世界観を形成する音楽や、序盤のルーカスとヘレンがオフィスに入ってくる無言の数分間にかかる音楽など、凄く世界観に没入させるという意味で好きだった。
ただ、今回最も評価したいのはSEの方。上手側の窓を開けるとかすかに聞こえる。パトカーや車通りの環境音が凄く絶妙で好きだった。あのレベルで、でも聞こえない訳ではなくかすかに聞こえてくるあの感じがとても計算しつくされていて好きだった。
また、下手側の扉奥から聞こえてくるエレベーターが到着する「チーン」という音、あれも物凄く絶妙で好きだった。序盤のシーンでは、あの音によってまた登場人物が一人入ってくるなという予感を観客に与えることでこちら側も物凄くワクワクするし作品への没入感を増幅させてくれた。キャスト陣が会話をしている中で自然にタイミングよく「チーン」と鳴らせるあたり、音量も含めて凄く良かった。
最後に、演出部分で特筆したいことを書いていく。
まずは、序盤のルーカスとヘレンが音楽がかかりながら無言でオフィスに入ってきて、窓を開け閉めする場面がとても良かった。物語への導入として抜群。そこでしっかりルーカスが新入りであるということも分かる。
壁に穴を開けるシーンのインパクトも凄い。最終的に4つも開くんだと行った感じ。ああやって舞台装置自体も劇中で変わっていくと、飽きさせないという意味合いもあると思うけど、いかにクレイジーな連中たちなのかという説明にもなって凄く素敵。
ミルトがキングコングのように窓の外に出て、目立ちたがる場面も凄く印象に残っている。あのふざけてちょっと落ちそうになるカットとか抜群。
クリスマスイブに窓の外で雪が降る演出も良かった。基本室内の物語に目がいってしまうが、こうやって抜かりなくちゃんと演出に隙がない点も良い。
そしてなんといっても、最後の舞台装置全体がハケて街頭一本と床にスモークが敷かれた中で、マックスがサックスを一人で演奏するシーン。あの世界観自体でも満点なのだが、あのサックス。こんなにサックスの音色を聞いてせつなくなったことがあるだろうか。ちょっと音を外すあたりも凄く好き。そして最後は全員がマックスの元に集まるあのほっこりした感じ。やっぱり仲間って最高だと思えるワンシーン。きっと三谷さんが今回こだわりを持って追加したシーンなのだろう。凄く良かった。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
キャスト陣の演技力の高さは抜群だったのだが、特に印象に残った役者を紹介していく。
まずは主人公ルーカスを演じた瀬戸康史さん。瀬戸さんの演技を観るのは初めてだが、凄く好青年でポジティブな感じが印象的。ただあまり出番が多くなかった感じがしてもうちょっと見たかったかなといった感想。本当にスーツがよく似合う。印象に残ったのは、最後にミルトと「馬鹿野郎」と言い合うシーン。ルーカスもこのクレイジーなライターたちに毒されていったなという印象。
次に放送作家の中では紅一点だった、キャロルを演じる松岡茉優さん。彼女の演技は映画「万引き家族」「ひとよ」「劇場」と沢山拝見しているが、生の舞台は初めて。本当に役作りがしっかりしていて、1950年代にいそうなアメリカ女性をしっかり演じきっていた。特に喋り方が好き、常に台詞にアクセントがあって気の強さを感じられると共に大雑把さみたいなのも垣間見えて良かった。
彼女は物凄く自立した女性を演じるのが上手い、今回の役も子供を産みながら放送作家としても活躍する、いわば現代の女性に近しいたくましい女性である。こう役柄だからこそ、特に女性にとっては目指すべき理想像にもなり得るのだし、凄く評価されるのだろうなと感じた。
なんといっても舞台の雰囲気を作っていたのが、コメディアンのマックス・プリンスを演じた小手伸也さん。あの存在感といい声量といい全てがマックスという存在にぴったしの役柄だった。あんな感じのアメリカ人いそうだもん。あそこまでダダこねて、やりたい放題やってぶっ飛んだキャラクターはコメディアンにとても似合っている。とても印象深い演技で、特に立ちながら居眠りしてしまったり、シーザーを演じる彼が好きだった。
次に強いインパクトを醸し出していたのが、ミルトを演じた吉原光夫さん。彼の役柄が凄くよくて、「馬鹿野郎」というマックスの口癖を真似するあたり、白いスーツを着てきて目立とうとするあたり凄く好き。でも、マックスの存在感には勝てないってのが凄くポイント。そこをしっかり演出できているあたりが凄く良かった。
そして、ヴァルを演じた山崎一さんが個人的には凄く好みだった。マックスとかミルトみたいな男らしい感じのぶっ飛んだ放送作家がいる中で、ヴァルみたいなオタクじみた放送作家もいるよなと。喋り方も独特で好きだったのだが、個人的に一番好きなシーンが台本を読み合わせる時全然使い物にならない場面。凄く観ていて滑稽だった。
他には、アイラを演じた梶原善さんのぶっ飛んだ役も好きだったが、役作りが強すぎて普段どんな演技をするかが気になった。
秘書のヘレンを演じた青木さやかさんは、秘書としての役回りは好きだったが、場転中の一人コントは全然笑えなかった。アメリカンジョークなのだろうが全然面白さが伝わらなかった。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
この作品は背景まで楽しみたいと思って、パンフレットまで購入した。パンフレットには三谷さんの今作への思いや、ニール・サイモンの作品が彼にとってどんな影響を及ぼしたかや、各キャストのコメント、それから今作は当時のアメリカの時代背景を理解していないと分からない箇所もあるのでそちらの解説など盛り沢山だった。
それらを読んでみて、1950年代のアメリカと現在を比較して考察してみようと思う。
1950年代のアメリカは丁度テレビがお茶の間に浸透し始めた頃で、テレビ文化が始まったタイミングといっても良い。当時は、アメリカ三大ネットワークと称されていた、NBC、CBS、ABCの三つのテレビ局が力を持っていて、今作のマックス・プリンスのコメディ番組「ザ・マックス・プリンス・ショー」もNBCによって放送されていたという内容になっている。そしてテレビで放送される内容もバラエティがメインで、いわゆるスタンダップ・コメディ(一人の芸人が観客をいじりながら、世相批判や宗教・差別ネタを扱うコメディ形式)やスケッチ・コメディ(コントの設定によって様々な役に成り代わるコメディ形式)などが主流だった。今作のマックス・プリンスもスケッチ・コメディをするコメディアンという設定である。このように、今作に登場する設定は全て当時のアメリカの状況を忠実に反映していることになる。
しかし、当時のアメリカは冷戦真っ只中、ソ連との緊迫感は日々増していく一方だった。それに拍車がかかるように、当時アメリカ政治において権力を握っていた共和党上院議員のジョゼフ・マッカーシーは、赤狩りといって共産党主義者をソ連のスパイであると強引に決めつけて処刑していくという事件が起こった。当然、この共産主義者弾圧は、政治家だけではなく文化人の弾圧にまで及び、有名どころでいくと喜劇王チャップリンも共産党主義者のレッテルを貼られたと言われている。
そんな具合で、世相批判をするようなコメディがテレビでは放送しづらいような状況に陥っていき、暫くコメディ文化が廃れるような事態に当時のアメリカはなっていった。
そういった文化が政治的な圧力によって収縮を余儀なくされていく過程を、マックス・プリンスというコメディアン視点で描いたのが今作といった所である。作者のニール・サイモン自身は、当時コメディ作家として駆け出しの頃で、ルーカスというのが彼自身を劇中に置き換えた存在だと思うのだが、放送作家としての下積み時代の経験を元に後に書き上げた作品となっている。パンフレットには、マックス・プリンスのモデルとなったコメディアンが実在したらしく、おそらくコメディ番組枠のカットといった似たような事件も実際にあったのだろう。
ここで私が凄く思うことは、そんな1950年代のアメリカのご時世ってやはり今の時代とも共通していると感じている点である。
演劇などの文化がコロナ禍によって収縮を余儀なくされた。それは、文化の力ではどうすることも出来ない外的圧力である。そういった放送作家たちが抱いた辛さに対して、今我々がコロナ禍によって抱く想いから来る共感が、おそらくこの作品を現在目にしている我々が共通して抱く感情なのだろうと思う。
だからこそ、今作の最後のシーンであるマックスがサックスを吹くシーンのあのしんみりした感じというのは、コロナ禍によって現在を生きる我々が自粛要請によって、思うように外出して楽しむことが出来ないせつなさとシンクロするからこそ深いものに感じるのだろうと思った。
ただこんな時代もずっと続く訳ではない。1950年代の冷戦もずっと後の話になるがソ連解体で終結した。このコロナ禍だっていつか終わりはある。その時を信じて今を耐えて生きていくしかないのだろう。
【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/403955/1442174
https://natalie.mu/stage/gallery/news/407596/1496359
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