舞台 「君がくれたラブストーリー2024」 観劇レビュー 2024/11/09
公演タイトル:「君がくれたラブストーリー2024」
劇場:赤坂RED/THEATER
劇団・企画:シベリア少女鉄道
作・演出:土屋亮一
出演:小関えりか、瀬名葉月、齋藤有紗、川井檸檬、中山裕康、篠原正明、浅見紘至、藤原幹雄
公演期間:10/30〜11/10(東京)、11/30〜12/1(三重)
上演時間:約1時間25分(途中休憩なし)
作品キーワード:コメディ、会話劇、笑える
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆
劇作家の土屋亮一さんが主宰する演劇団体「シベリア少女鉄道」の公演を観劇。
「シベリア少女鉄道」は、公式HPによれば1999年7月頃に、作・演出の土屋亮一さんが雑誌やネットで出演者さんたちを募集して設立した演劇団体である。
土屋さんは、最近では『戦国鍋TV』のテレビ台本を務めるほか、Netflix『トークサバイバー!~トークが面白いと生き残れるドラマ~』の脚本を担当したり、映画『おそ松さん』の脚本を担当している。
今作は、2016年に『君がくれたラブストーリー』として初演され大好評だった作品を、「シベリアクラシックアーカイブス」という「シベリア少女鉄道」が定期的に過去作を上演するシリーズで再演した上演である。
なお、「シベリア少女鉄道」の公演は私自身初めて観劇する。
物語は、スーツ姿の男女8人が密室でトランプのようなカードを1枚ずつ場に出しながら会話をしているシーンから始まる。
川井檸檬(川井檸檬)は、篠原正明(篠原正明)の元に行く。
とある組織のボスを務める篠原は川井を新人として採用する。
今度集会があるから倉庫に来てくれと川井はボスの篠原から言われる。
川井の助言者的な立場の小関えりか(小関えりか)からは、そんな仕事引き受けて良いのか、いい加減マネージャーを雇った方が良いと言われる。
川井が倉庫に駆けつけると、そこには篠原の子分たちと思われる浅見紘至(浅見紘至)、瀬名葉月(瀬名葉月)、藤原幹雄(藤原幹雄)、中山裕康(中山裕康)、齋藤有紗(齋藤有紗)がいる。
ボスの篠原はこれからホテルに忍び込んで強盗を企てようとしていたが...というもの。
物語の序盤のあらすじだけを見るとスパイものの作品なのかと思うが、この後の展開で一気に客席からは大爆笑が起こるコメディになっていき、私自身も最終的には非常に楽しめる演劇作品だった。
この作品はネタバレ厳禁で、この後の展開を知ってしまうと作品を楽しめなくなってしまう危険性があるので、冒頭ではここまでしか記載しない。
しかし、序盤は本当にこの作品はコメディなのかと思うくらいシリアスで緊迫した空気感で物語が始まるので、まさかこんな展開になっていくとは予想もしなかった。
今作は、この企画を発明したというフォーマットが素晴らしく、そのアイデアがこの作品の良さの全てを物語っていると感じた。
ネタバレになってしまって言えないそのアイデアを思いついて上演するのも素晴らしいのだが、そのアイデアの良さを存分に引き出して笑いに変えている部分にも素晴らしさがあった。
また、2016年に初演だったのでその当時に流行した話題も残しながら、2024年版ということで最新の話題も上手く盛り込んでいて今出会えて良かったと思える作品だった。
ただ、発想自体は素晴らしくて数年単位で再演は出来る作品だとは思うものの、再現性はあまり高くなくて他の演劇団体が真似してもすぐ真似だと分かってしまう作品になる点は否めない。
また発想力が作品の大部分を占めるので、数年おきくらいの再演であれば楽しめるが、何度もやってしまうと飽きてしまうリスクもある点も再現性に乏しいと思った。
演劇だけではないけれど、素晴らしいと思った作品の中には、普遍性を持っていて業界の常識を変えてしまうような大発明を孕む作品と、アイデアが素晴らしくてその時は非常に楽しめるものの、再現性が乏しく飽きが懸念される作品の2つがあると思う。
今作は後者で、今回が初見だった私は今は凄く楽しめたが、何度も観ようとは思わないし、他団体が真似するとアイデアの盗用になってしまう点で汎用性は低いので素晴らしさの可能性は狭く感じてしまったのが正直な感想だった。
フォーマットの発明が素晴らしくても、出演する俳優の色によって変わるのであればもっと可能性は広がりそうだが、設定と発想に良さが終始してしまうのでその点でも可能性は狭く感じた。
出演者は皆熱量が高くて個性豊かだったので楽しめた。
浅見紘至さん、篠原正明さんらのベテラン男性俳優陣は、とにかく熱量もあってドジも踏んでいて凄く面白かった。
また、小関えりかさん、瀬名葉月さん、佐久間宣行さんプロデュース「ラフ×ラフ」の齋藤有紗さんといった女性キャストも殻を破って演技をしていて、そして個性的で引き込まれるものがあった。
物語が後半に近づくにつれて、客席の笑い声も大きくなって役者がどんどん勢いづいていくのも非常に演劇として見応えがあって素晴らしかった。
テレビプロデューサーの佐久間さんがSNS上で、ネタバレになってしまうから面白かった以外語れなくて、まさにその通りの作品だったと思う。
今作は本当に何も知らないで初見は観に行くべきで、最初は何が起きるのだろうと首を傾げると思うが、一度仕組みが分かってしまえばどんどんのめり込めてハマっていく。
コメディが好きな人はもちろん、観劇が初めての人もそうでない人も、多くの人にお勧めしたい作品であった。
【鑑賞動機】
ずっと「シベリア少女鉄道」の評判は聞いていて、いつかは観てみたいと思った。今作は、過去に「シベリア少女鉄道」で上演して大好評だったとSNSの色々な所で聞こえてきたので、期待値高めで観劇することにした。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。また、役名は特に公演パンフレットには記載していなかったため、実名=役名としている。
篠原正明(篠原正明)、浅見紘至(浅見紘至)、川井檸檬(川井檸檬)、瀬名葉月(瀬名葉月)、小関えりか(小関えりか)、藤原幹雄(藤原幹雄)、中山裕康(中山裕康)、齋藤有紗(齋藤有紗)の男性5人、女性3人のスーツを着た人々が、トランプを片手にテーブルを囲んでいる。彼らはトランプを1枚テーブルに出す度に一つ台詞を語る。どうやら彼らは、久しぶりに再会した者同士のようである。一部は兄弟関係だったりするようである。
一人が大統領になりたいと言い出すと、ジョー・バイデンの次の次なら大統領を目指せると言われる。そこから今って西暦何年?という話にもなる。
川井は篠原と二人で話している。篠原はどうやらとある組織のボスをしているらしく、そこに川井は入って雇ってもらえることになった。篠原からは、今度倉庫で集会のようなものがあるから、そこに集合してくれと言われる。
篠原が去った後、川井は小関からこんな仕事を軽々しく引き受けないで、マネージャーを雇って良い仕事を取ってきてもらえるようにしたらと言われる。
倉庫の中、浅見、瀬名、小関、藤原、中山、齋藤など篠原の部下が次々にやってくる。そこへ川井も現れる。篠原に新人だと川井は紹介され挨拶する。
篠原の話には、これからこの倉庫を出て、ホテルで金目のものを盗もうと企てていた。みんなで車に乗り込んでホテルに向かおうと言う。しかし川井は、自分は別働隊としてホテルに向かいたいと言い、二手に分かれて行動sすることになる。
早速作戦を開始して、川井と篠原は同じ車に乗ってホテルに向かったが、時既に遅しでサツに行動はバレていて包囲されてしまった。自分たちはまな板の上の鯉だと言う。命からがら篠原と川井を乗せた車はホテルを出てサツの目を潜り抜けて倉庫に戻った。
全員倉庫に引き上げて合流する。結局何も盗むことが出来なかったと篠原は落胆する。しかし、瀬名と齋藤の様子がどうやら怪しいと浅見は言い始める。瀬名と齋藤を取り押さえてロープでグルグル巻きにする。篠原は彼女たちに尋問する。何か隠していることはないかと。瀬名たちが机の引き出しに何かを入れるのを見たと言う証言があり、机の引き出しを捜索する。すると、100カラットのダイヤの指輪が出現した。瀬名たちは、ホテルに潜入して何も収穫がなかったと見せかけてちゃっかり100カラットのダイヤの指輪を盗み出しており、自分たちだけの手柄にしようとしていたのだった。
いよいよ大騒ぎになって、瀬名たちにピストルを向け始める。しかし撃たれたのは浅見で、実は篠原がサツと繋がっていた。そのまま川井も撃たれてしまい大混乱に陥る。
そのやり取りの間、徐々に8人の男女たちが場にトランプを置きながら会話をしていた意味が分かってくる。彼らは自分が話す台詞をトランプの手札として持っていて、それを場に出してそこに書かれていた台詞を話すことで物語を紡いでいた。スクリーンには場にどういった手札が置かれていたか映し出される。
暗転する。
これはゲームだったらしく、篠原が一位で優勝となる。そして最下位は浅見だった。浅見は一位の篠原にもう一回ゲームをやらせろと喰ってかかる。篠原は、そんな言い方でなくもう一度やらせてくださいでしょうがと怒鳴る。浅見は土下座して小さい声でもう一度ゲームをさせてくださいと懇願する。
一度客席まで明転してそのまま暗転する。
浅見以外はみんな下手、上手隅にある椅子に座っている。浅見の独壇場で手札を場に置きながら独り言のように会話を進行させている。
そこに篠原や小関がやってきて場所は学校になってしまう。浅見は会話の流れで死んだことになってしまい手札を出せなくなってしまう。藤原は先ほどから「そうだね」とか「なるほど」とか「そうか」しか手札を出していない。
中山と齋藤はずっと上手側の椅子に座って手札を出す様子を窺っている。小関に出さないの?と言われるがまだ今タイミングで出せるものはないらしい。
その後も学校でのシーンが展開される。小関や篠原、川井が先生や生徒役をやる。浅見は「バケて出てくるぞ」と幽霊を演じようとするも「死人に口なし」と言われてなかなか手札を出せない。
そこへ、齋藤と中山がラブストーリーを語るかのように手札を出し始める。しかし、中山はどうやら男性に扮した女性だったらしく大騒ぎになる。中山は瀬名と入れ替わってしまったらしい、君の名はみたいに。
齋藤はプロポーズに使うような言葉をどうでも良いシーンで連発しまくる。一人でカラオケに行って尾崎豊を歌って「I love you」を使ってしまったり。
一方で場所は学校に戻る。大学受験で藤原は受験生を演じて「四面楚歌」「疑心暗鬼」など難しい言葉を一気に場に置く。その後、トイレに行ってしまって他の手札を流そうとしたりした。
小関は、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』より自動車に雷が落ちてタイムスリップしたことを語る。そして机からはドラえもんが出てくる。
中山は結果的に元に戻って男性になり齋藤と結ばれる。ここで上演は終了する。
どんなスパイアクションが始まるのかと最初は思ったが、実はあれは手札に書かれた台詞を言って物語を紡ぐことで、手札を先に0にした人が勝ちというゲームをやっていただけだった。最初に何の説明もなく始まるので、一体彼らは何をしているのだろうと疑問に思わせて、途中で合点させる構造も上手いと思った。
そしてゲームのルールが分かった2週目の面白さは半端なかった。絶対にスパイモノの作品の1週目で出てきた台詞が登場すると分かってはいつつ、全く違うシチュエーションで同じ言葉が登場するのでそこにコメディらしさがあって非常に楽しめた。
同じ台詞でも文脈が違うと全く違う意味になる面白さ、そして2週目は映像で手札が捨てられる光景も観客は見えるので、書いてあることと違う意味や読みで使われる面白さに夢中になることが出来た。
そしてその台詞の中に、2016年の初演当時を感じさせるもの(君の名はなど)や、2024年を感じさせるもの(ジョー・バイデン)があって、懐かしさと今を感じられたのも個人的には良かった。
また、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を登場させたり、ドラえもんを登場させたり、映画『君の名は』など色々な作品を引用して描かれていて、多くの人が楽しめるような仕掛けになっていたのも良かった。ポピュラーな作品の引用が多くて親しみやすかった。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
舞台セットはシンプルで音響や照明がベタな形で使われていて、一見クオリティの低い舞台なのかなと思ってしまうが、こういった作風の作品はそのような舞台美術で丁度良かったのだと後で思わせてくれた。
舞台装置、映像、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置から。
舞台装置はシンプルで、下手側と上手側の隅には5〜6個ずつほど客席側からステージ奥側に向かって一列で椅子が並んでいた。手札を場に置いて即興でストーリーを進行させる人以外が、この椅子に座って出番を窺う感じだった。
ステージ中央には、1mくらいの高さのあるテーブルと、その周囲には複数の椅子、そしてステージ中央奥側には巨大な無地のパネルが設置されていた。舞台セットは全体的に白色で非常にシンプルだった。この中央にあるテーブルの上に出演者たちは手札を次々に置いていく。最初は出演者たちがトランプみたいなものを持って手札を置いて行っているのでそういう演出で会話劇が進行するのかと思ったら、そういうゲームだったというオチだった。奥側に設置されている巨大なパネルは、後になって映像を映し出すスクリーンになっていて、だから白色だったのかと思わせた。
次に映像について。
映像は、公演の途中から奥側の白いパネルに対して、テーブル上に置かれていく手札を映したカメラの映像がずっと投影される。おそらく、ステージ中央の天井あたりにビデオカメラを設置していて、そこからずっとテーブルの上に置かれていく手札を映し出していた。それがプロジェクターによって壁面に投影されていた。
ゲーム自体は2回あって、最初の観客が何も知らないて展開されるスパイシーンと、観客が全てを知ってから観るラブストーリーのシーンがあるが、このスパイシーンの終盤くらいからちょっとずつ映像が映し出される。もちろん最初からは投影されていない。最初から投影してしまったらネタバレになって面白さ半減するから。
スパイのシーンで、瀬名や齋藤が倉庫の中で捕らわれて緊迫感が強まるシーンで、一瞬だけ2回ほど映像が付いたり消えたりした。最初は映像の誤作動かと思ってヒヤヒヤしたがそうではなかったみたいだった。あそこで一瞬だけ映像を付けるよりは、スパイシーンが全部終わった段階で、映像を点灯して台詞に書かれた手札がそこに並べられていたのだとした方が演出として綺麗かなと思った。途中で観客を不安にさせないのかなと思った。
ラブストーリー以降の映像で映し出される手札の置かれる映像は、これは映像があるからこそ面白いと感じられる要素も沢山あって面白かった。手札に書かれた台詞が文脈が変わったらそういう意味になるのかという発見が笑いを雪崩のように生んでいた。また手札の台詞の読み方を変えることで無理やり文脈を通そうとする感じも映像から伝わって、良い意味で面白かった。
次に舞台照明について。
舞台装置がシンプルなだけあって、それぞれのシチュエーションを舞台照明を駆使することで場面切り替えをしていた印象だった。
例えば、序盤の篠原と川井のシーンで、篠原が川井を雇い入れるシーンでは夕方のようなオレンジ色の照明になったり、倉庫のシーンでは、後ろの白いパネルに窓のようなものを投影したり、ホテルに向かって強盗をするシーンでも照明が切り替わり、その後の倉庫のシーンでは暗めの照明にしたりと多種多様な色合いを使って演出していた。
後半のラブストーリーのシーンでも、学校のシーンになれば照明が切り替わり、小関が展開する映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のシーンになると照明も切り替わった。割と後半のラブストーリーのシーンでは音きっかけでシチュエーションが変わり、照明も切り替わっていった印象だった。前半のスパイシーンは割とストーリーとしても成立していてシチュエーションの切り替わりが明確だったが、後半のラブストーリーはストーリーがはちゃめちゃでナンセンスコメディっぽいので、音きっかけで切り替わっていかないと切り替わらないから演出として合っているなと感じた。
次に舞台音響について。
BGMにせよ音楽にせよ音響は非常に多様されていた印象だった。最初のスパイシーンでも、どのシーンにおいてもBGMが流れていた。序盤は私も設定を全く知らずに観ていたので、どうしてこんなにBGMを多用するのだろうか、「シベリア少女鉄道」はBGMを沢山使う演劇団体なのだろうか、結構ベタな演出なのだなと思った。しかし、設定に気がついた時、そういうことだったのかと気がついた。
きっとゲームの設定として、即興的にストーリーが立ち上がったらそれに合ったBGMや効果音が瞬時に流れる設定なのかなと思う。現実的にそこまでの適応能力はあり得ないが、こういうフィクションの物語だからこその演出を上手く使っていて良いなと思った。
音楽は、尾崎豊の『I love you』、RADWIMPS『前前前世』、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のテーマ曲、あいみょん『裸の心』などが使われていた。私が記憶しているのがこのくらいなのでもっとあるかもしれない。全部2024年を生きる私にとっては懐かしの音楽で、それを聞いただけでもテンション上がった。ラストの結ばれるシーンであいみょん『裸の心』が流れるのは良いなと思った。
効果音も、特に後半のラブストーリーのシーンでは、割とシチュエーションが切り替わる時にきっかけとして使用されることが多い印象だった。まずスパイのシーンでは、ピストルの音だったり不穏な効果音が多かった。それ以外はあまり効果音は出てきていない印象だった。一方で後半のラブストーリーのシーンでは、学校のチャイムの音が何度も鳴って学校になったり、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のシーンは雷の音がきっかけとなって切り替わった。あとは反則だったりすると「ブッブー」と音が流れるのも面白かった。この音で、これはゲームなのではないかと気づかせるのも良かった。
最後にその他演出について。
やはりこの作品は、このゲームの設定の発想を思いついたのが全てだったなと思う。その設定を最大限に活かし切った公演として成功している感じがした。
手札に登場する台詞に様々なバリエーションがあり、割とピンポイントでしか使えない台詞があるのも面白かった。こんな台詞、日常会話で絶対使わないだろみたいな無茶苦茶な台詞もあって、それがラブストーリーのシーンでこんな具合で使われるのかという驚きが、この作品の醍醐味だよなと思った。一度スパイシーンで、カードに存在する台詞を分かっているので、次のラブストーリーのシーンでそういうカードが出ていた時、こんな使われ方をするんだという驚きと笑いが雪崩のようにやってきて、これは絶対盛り上がるよなと思った。
また、後述もするが俳優のキャラ設定も良かった。「そうか」「なるほど」みたいな手札しか出さない藤原は面白かった。そして簡単なカードばかりを使ったあとは全てトイレに流そうとしていたのも滑稽だった。スパイシーンが展開されたゲームで最下位になてしまった浅見が、次のゲームの途中で死亡した設定になってしまって、何か発言すると論理破綻で「ブッブー」と流れるのも面白かった。そうやって、手札が出される内容だけで笑いを取るのではなく、出演者の関係性や前の出来事も踏まえた笑いも取り入れられていたのも良かった。あとは、「ラフ×ラフ」の齋藤有紗さんのポジションも絶妙に良かった。後半のラブストーリーのシーンでは、最初は必死で出すカードを吟味していたが、結果的に大事なプロポーズ系の言葉をどうでも良いシーンで使ってしまった勿体なさを楽しんだ。それでも結果的に中山と齋藤が結ばれるというハッピーエンドで終わり方も素晴らしかった。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
私はどの俳優の方も演技を初めて拝見したが、「シベリア少女鉄道」の常連の出演者に加えて、「ラフ×ラフ」の齋藤有紗さんといったニューフェースも出演していて、凄く安定感があってバランスの取れた印象を感じた。
特に印象に残った俳優について記載する。
まずは、前半のスパイシーンでボスの役を務めていた「ナカゴー」の篠原正明さん。
非常に声が太くて存在感ある感じが良かった。この出演者の中で一番屈強で強そうで、最初はいかにもボスというオーラを放っていた。スパイものの作品に似合っているなと思っていた。
そして最初のゲームでは見事に一位に輝くといういかにものオーラだった。賞金の大きなパネルを持ってステージの中央に立つ姿はとても印象深くて面白かった。そしてそこにもう一度ゲームさせて下さいと懇願する浅見に対して強そうな態度で出る姿も似合っていた。
逆に後半のラブストーリーのシーンでは篠原さんはそこまで出番が多くなかった印象だった。個人的には後半でも篠原さんの活躍をもっと観たかった。
次に、最初のゲームで最下位になってしまってもう一度ゲームさせて下さいと懇願した浅見紘至さん。
最初のスパイのシーンではそこまで浅見さんを注意深く追って観てはいなかったのだが、ゲームで負けて篠原にもう一度ゲームさせて下さいと懇願した辺りからずっと注目していた。
後半のラブストーリーのシーンでは、浅見が必死にゲームに勝とうと奮闘する様が観ていて面白かった。だからこそ、篠原たちに勝手に浅見がゲーム内で死んだ設定にさせられてしまう件が面白かった。それに対して、なんとか浅見がゲームに復活して手札を出そうと奮闘する様が良かった。
だが結局最後は、浅見がゲームに勝ったのか負けたのかを描かずにラブストーリーで良い感じに完結させてしまうのずるいとも思ったが。
そんなキャラを演じ切っていた浅見さんは他のコメディでも観てみたいと思う俳優だった。
個人的に一番印象に残ったのは小関えりかさん。小関さんも「シベリア少女鉄道」での出演はだいぶベテランのようである。
小関さんはまずハスキーなボイスが凄く格好良かった。3人いる女性陣の中では一番勇敢でかなり即興でアグレッシブにシーンを作り上げる猛者の印象だった。
特に印象に残ったのは、いきなり映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のシーンに突入していってデロリアンから出てくるシーン。あの疾走感といい見事にハマっていて素晴らしかった。なかなかコメディアクションに慣れているんだなという演技捌きだった。
あとは、川井が最初に篠原の元に雇われた時に、彼にアドバイスする参謀みたいな役で立ち回っていたのも印象的だった。小関さんが演じるキャラにはどこか知的な魅力も感じられた。『攻殻機動隊』でいう草薙素子みたいなキャラクターを発揮していて、賢くてクールで戦闘力の高い女性を演じている点が見事にハマっていた。
あとは、佐久間宣行さんプロデュースのアイドルグループ「ラフ×ラフ」の齋藤有紗さんも印象に残った。齋藤さんは「シベリア少女鉄道」の公演は2023年6月に上演された『当然の結末』から出演されているそうである。
齋藤さんは、まだそこまで演技経験が豊富な感じはなくて、だからこその新鮮な演技っぷりが役にハマっていた。後半のパートで、なかなか手札を吟味する時間に取られていて出遅れてしまい、小関にまだ手札を出さないのかと突っつかれてしまうのはいかにもな感じがした。
どうでも良いタイミングでプロポーズに使う台詞を吐き出してしまう件には色々感じるものがあった。そこには半ば恋することを諦めている若い女性の姿にも見えてきて哀れにも思えた。
そして最後の中山と結ばれていくあたりの件は、全然キュンとするラブストーリーではないのだが、展開を楽しむという意味で素晴らしかった。ずっと上手くいっていなかった齋藤が結ばれて良かったなと思えるラストで良かった。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは今作の上演のフォーマットについて考察していく。
全部観終わってみて、改めて今作はこの発想を思いついたもの勝ちな作品で、且つ事前に何も情報を知らない状態で初めて完璧に楽しめる演劇作品だと感じた。もちろんそれは全く悪い意味ではなく、こういう発想力がものをいう演劇作品も演劇の多様性を担保する上で大事だよなとつくづく感じた。
最初見始めた時、果たしてここからどんなシーンが展開されるのだろうと釘付けだった。みんな出演者がスーツを着ていて、トランプのようなものを1枚1枚場に出しながら会話をしている。どうやら物語はスパイもののようである。あまりにも緊迫感の続く作品だけれど、そのストーリー展開があまりにも典型的過ぎて序盤は全然面白くない。個人的には徐々に不安にすら感じていた。果たしてここから本当に面白くなるのだろうかと。割とスパイものシーンだけでも数十分時間を使うので、だいぶ中盤近い所まで差し掛かって、この作品の仕掛けに気がついた時、色々合点がいってどんどん感情のボルテージが上がっていった。
これはゲーム参加者が賞金をかけて、手札に書かれた台詞を使いながら手札を減らしていくというゲームだったのだ。だから出演者には役名がなくスーツだった。
最初見始めた時は、これなら学生演劇でも上演可能なのではないかと思った。舞台セットもシンプルだし、スーツを用意して手札を用意すれば良いので学生もやりやすい作品ではないかと思った。
しかし、この仕掛けを知ってしまうと学生演劇では難しいし、配信やDVD化もしてはいけないと感じた。発想力とネタが全ての演劇で、あまりにも演劇界に浸透し過ぎてしまうと面白さがなくなってしまうから。やはり学生演劇では難しい作品だと思った。
この手札自体、割とスパイものの芝居が展開されやすいように作られていると思う。それをそのまま実行していったら前半のシーンのようになっていくのだろうが。
それにしても、これを思いついた発想も素晴らしいのだが、手札に書かれている台詞をこれにしようと思いついたのも素晴らしいなと思う。割と語彙力がないとここまでのものは作れないと思うし、台詞を聞いているだけで言葉を色々覚える勉強にもなった。少しだけ語彙力がアップした感覚すらあった。
そしてそういった汎用性の低そうな台詞群たちを、後半のラブストーリーであんな感じで展開させてしまうのも絶妙に素晴らしいし面白かった。計算し尽くされた作品だと改めて感じた。
今作のような発想力とフォーマットがものをいう演劇作品というのを私も他団体で知っている。
例えば、私がカンゲキ大賞委員会のNPO理事をやっていることもあり、それに関連しての紹介になってしまうが、第2回カンゲキ大賞を受賞した「劇団アレン座」の『いい人間の教科書』もそうである。『いい人間の教科書』も俳優に役名がなく本人役としてステージに登場する。そして、本人役の6名の役者がどこか密室に監禁される所から物語は始まる。6人はそれぞれ別々の罪によって囚われの身となるのだが、そこから話し合いによっていい人間を一人選び出すように指示される。出演者たちは、自分の赤裸々をステージ上に露わにして、そんな人間性を同じ密室に囚われの人間たちにボコボコにされ、そんな中でいい人間を決めることになる。
これもそういう即興劇的要素を孕むフォーマットが決まっている作品である。そのフォーマットに作品の面白さの源泉があるが故に成り立つ芝居である。
しかし、『いい人間の教科書』は何度も高頻度で再演されていて、それでお客さんも沢山入っている。一方で、『君がくれたラブストーリー』は再演も2度目だし高頻度の再演は難しそうである。この違いはなんなのか。それは、『いい人間の教科書』が持つフォーマットは、出演者が異なることによって作品の面白みが全く変わるのに対して、『君がくれたラブストーリー』は脚本の発想力に良さの比重が置かれているので、出演者を変えた所で作品の面白さが大きく変わらない部分にあると思う。そういう意味で、『いい人間の教科書』の方が演劇作品としての再現性の高さや汎用性は高いのだろうなと感じた。
『いい人間の教科書』は、出演者が変わることによってそこに登場する役者の個性が変わる。そうであるが故に、出演者たちの囚われた罪も変わってくるし、観客が共感出来るか出来ないかの感情の入り込み方も、同じ作品でも出演者が違えば全く違ってしまうからである。
一方で『君がくれたラブストーリー』は、脚本と演出のフォーマットがカチッと決まっているのでその要素を動かしにくい。たとえ、手札に書かれた台詞を出し合って即興の会話をして勝敗を競うゲームというのは変わらず、書かれている手札の台詞を違うものに変えたとしても、流れはみんな知っていたりするので一番最初に今作に出会った時の感動を超えることは難しい気がする。
そういう点でも、一度きりの上演という点では満足度は高くても、再演する難しさはあるよなと感じる。
2016年に初演で、8年後の2024年に初めて再演した。2016年のネタを残しつつ今話題のものも含めてアップデートされた。今度は西暦何年に再演されるだろうか。2032年とかであろうか。少なくとも、そのくらいのタームでは再演して欲しい作品だとは感じた。