舞台 「生きてる風」 観劇レビュー 2021/03/28
【写真引用元】
アマヤドリ公式Twitter
https://twitter.com/amayadorix
公演タイトル:「生きてる風」
劇団:アマヤドリ
劇場:シアター風姿花伝
作・演出:広田淳一
出演:榊菜津美、沼田星麻、大塚由祈子、西川康太郎、徳倉マドカ、宮川飛鳥、ばばゆりな、河原翔太、松下仁
公演期間:3/18〜3/28(東京)
上演時間:約95分
作品キーワード:引きこもり、社会問題、会話劇、考えさせられる
個人評価:★★★★★☆☆☆☆☆
本来なら2020年5月に上演されるはずだったが、コロナ禍によって延期され2021年3月に上演されることになったアマヤドリの新作公演。「引きこもり」をテーマに描いた今作品だが、コロナ禍を通して「引きこもり」の捉え方もだいぶ変わってしまったので、劇中には感染症が描写されるなど当初の上演とは大きく形を変えて上演されることになった模様。
物語としては、「引きこもり」を解消してくれる薬を手に入れようと集まってきた引きこもりたちが、それぞれ社会に対する生きにくさを吐露し、改めて生きることとは何かについて哲学的に問いただされるもの。
個人的にはこの類のテーマは、コロナ禍において散々議論されてきて少々飽きていたので、このタイミングで今作品を観劇したのはあまり自分の心を大きく揺さぶらなかったのかもしれない。結果的に何が正しいとか、何が間違っているとかある訳ではなくて、人々がひきこもりについて考える価値観のぶつかり合いを目撃した感じなので、キャスト陣の演技の迫力は凄く感じられたけど、何か新しい収穫があったかというと微妙だった。
ただ、あの静寂たる舞台上の空気感や、その沈黙を破るようにしてお互い初めましての人同士が対話を始めるといった生の舞台ならではの面白さが沢山あって、生で芝居を観られたことに関して本当に良かったと感じている。配信もしているそうだが、生でこそ体験出来る要素がかなり多めな作品なのではないかと思う。
今の社会、非常に生きにくいと感じている人にとっては救いとなる作品かもしれない。
【写真引用元】
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【鑑賞動機】
2年前にアマヤドリの公演「天国への登り方」を拝見して感銘を受けたので、再び新作公演を観てみたいと思ったから。アマヤドリは2021年で結成20周年で、その記念公演でもあったので迷わず観劇することにした。期待値は高め。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
感染症が拡大して避難勧告が出された寂れた街の中、一人の女性(大塚由祈子)が黄色い座椅子に座ってゲーム(ニンテンドースイッチ?)をしている。
そこへ、竹前総次郎(松下仁)という無精髭を生やした男がやってきて椅子に座り、静かに持参した水筒の飲み物を飲んでる。
今度は、岡野一史(河原翔太)というマフラーをした青年がやってきて総次郎が座る椅子とは別テーブルにある椅子に座る。そして本を読み始める。
今度は、リュックを背負った原瑠璃(徳倉マドカ)という女性がやってくる。彼女はどこか周囲の物事に対して怯えているようで、恐る恐る足取りを進める感じでやってきた。間違って椅子を倒してしまった時も非常に怯えた様子で椅子を元に戻し、そして壁際に向かって体をくっつけている。
一瞬、赤い服と赤い帽子を被ったウイスキーを片手に持った男がやってきて、もう少し待つように指図して去っていく。それから、その後を追うように一人の女性がやってきて、さきほど男がやってこなかったかと総次郎に尋ねるが、一瞬戸惑って来なかったと返事をする。一瞬戸惑って返事をしたことに疑問を抱いた女性は、総次郎を追求するが知らないと言うので女性はそのまま立ち去る。
今度は岡野譲(沼田星麻)という一史の兄がやってくる。譲は一史の元へやってきて飯を買ってきたから食べろとファーストフードを渡す。そして譲は自分は明日仕事休みだから一史の代わりにこの場所に待機すると言う。一史はお言葉に甘えて、この場所での待機を兄の譲に任せる。
譲は、この場所へ待機して何がもらえるのかと一史に尋ねると、一史は「引きこもり」を一発で治す薬が手に入るのだと答え、どうやら一史はネットで「引きこもり」を解決させてくれる人間と出会ったらしく、その人の指図でここに来たのだと言う。しかし、そのネットで出会った「引きこもり」を解決させてくれる人は医師の資格を持っている訳でもなく、一史自体も一度も会ったことがなかった。
譲は合点はいかなかったが、一先ず一史のためにここで待機することになり、一史は家に戻るためにこの場を去る。
譲はホットドッグを食べながら、話す相手が誰もおらず退屈そうにしている。そこで譲は総次郎に話しかけてみる。総次郎はびっくりした素振りで答える。
譲は買ってきたフライドポテトを総次郎に渡し、総次郎も「引きこもり」で見ず知らずの人から「引きこもり」を一発で治す薬を受け取ろうとしているのかと尋ねる。そして、そんな薬があることを信じているのかと尋ねる。総次郎は信じていないと答えると、譲もそうだよなという素振りを見せてそのまま部屋の片隅で寝てしまう。
総次郎は、部屋の隅でずっと壁に体を寄り添っている瑠璃に話しかける、フライドポテトを食べませんかと。瑠璃はフライドポテトを遠慮する。
しかし、総次郎はそこから瑠璃に質問攻めにする。「引きこもり」なんですか?や何をされているんですか?いくつなんですか?と。瑠璃は、今25歳の大学院生で浪人や留年で普通の大学院生よりも歳を喰っているが、自分は「引きこもり」ではなく研究として「引きこもり」の人々を調査したいという目的でやってきたと話す。
総次郎は大学生は出会いが溢れていて羨ましいと言い、恋愛とかはしていないのかと尋ねると、瑠璃は多少の色恋沙汰はあったと言い、総次郎はさらに羨ましがって自分はまだ童貞であると言ってどんどん性的な方向へと話が進みそうになる。
しかし、それに嫌悪感を示した瑠璃は、総次郎のことをさっきからぶっこんだ話をし過ぎだと忠告する。総次郎はだまる。そして、瑠璃は実は全部嘘だったと言う。25歳であることも、大学院生であることも、恋愛経験があるということも、全部嘘だと言う。
2人の会話は途切れる。
そこへ、今度は総次郎の姉の竹前瀬奈(ばばゆりな)と弟の竹前明宏(宮川飛鳥)がやってくる。瀬奈と明宏は、総次郎が自宅にいなかったことを心配してここへ来たらしい。瀬奈の話によると、父親が病気になってしまって竹原家が大変なことになっていて、父親の看病は瀬奈と明宏でなんとかするが、いつまでも無職をやっていないで就職して欲しいと瀬奈は総次郎にお願いする。
しかし、総次郎は就職しようと気持ちを奮い立たせることが出来なかった。瀬奈と総次郎は口論することになるが、結局総次郎は就職すると決意することは出来ず、瀬奈は去っていく。
総次郎と明宏が取り残される。明宏は希望の大学合格に向けて必死に勉強中の浪人生だった。総次郎は明宏に対して、希望の大学を目指すのも良いが良い年なんだし妥協も必要だと言う。それに対して明宏は、自分はやりたいことを目指して勉強を頑張っているのに、兄貴は何もせず無職でいてもっと家族のことを考えてくれと説得する。自分は大学にも入れず勉強しているのに、兄貴は学資保険を使ってまで大学へ入学したのに大学を中退してしまってと明宏は総次郎を問い正す。
総次郎は発狂し始め、いきなり踊りだす。踊りだした総次郎を止めるべく明宏と取っ組み合いが始まる。
そこへ、先ほどの赤い帽子を被って赤い服を着た男(西川康太郎)がやってきて、総次郎と明宏を止める。明宏はその場を立ち去る。総次郎もその場を立ち去る。そして赤い服を着た男は椅子に座ってウイスキーを飲み始める。
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騒ぎによって目を覚ました譲は、いつの間にか総次郎が座っていた場所に赤い服を着た男が座っているので驚く。譲がその男が何者なのか尋ねると、男は川西将暉と名乗っており、「引きこもり」とは他人から服を与えられていないという点で全裸であり、服が他人から与えられていないんだからそれ以上自分ではどうすることも出来ず、それは一種の生き方なんだと持論を展開し始める。そして「引きこもり」を一瞬で治す薬を持っている訳でもなく、一史がネットで出会った人は川西でもなかった。
譲は川西の言っていることがどうも腑に落ちず、「引きこもり」はだからといって何もしないでいてよい訳ではないと反論する、何もしないでいたらそれこそ引きこもり自身がどんどん社会から隔絶されて自分に不利益になると。
そこへ、最初に川西を追って入ってきた女性の中林凛久(榊菜津美)が現れ、その「引きこもり」を少しずつ社会復帰させるために小さな階段を少しずつ登らせるかのように支援するのが私たち「社会的ひきこもり支援事業」なのだと名刺を配る。いつの間にか戻ってきていた「引きこもり」の一史と総次郎にも名刺を配る。
総次郎は先ほどもう一度家族と話し合って、やっぱり仕事をすることに決めたと言うも、川西はそれを否定してそれは自分で決めた意志ではない、自分らしく生きることが大切なんだと説く。一歩踏み出さない勇気というのもあるのだと言う。
一史はモノローグを始める。自分は一度だけ死んだことがあるのだと。自分の部屋で首を吊って死んだのだと。翌朝自分はベッドの中で寝ていて目を覚ました。首を吊ったのは夢だったのかと思いきや、首を吊った自分の死体もそこにあった。今までの自分は死んで、新しい自分に生き返ったかのよう。そして、首を吊って死んだ過去の自分は、まるで水がなくなって干からびたかのように砂のようにサラサラとなって、窓の外へ風に運ばれて消えていったと。一史はそのまま立ち去る。
朝になる。電車が動き始める。人々が起き始める。そしてそのリズムに合わせて行動しなければならない地獄の朝がやってきたと総次郎は語る。総次郎と川西は去る。
ずっとゲームをしていた女性に、ゲーム飽きないのねと語りかける凛久、どうやら凛久の姉のようである。ゲームは飽きないと答える女性、ここで物語は終了する。
前半の、これから何が起きるんだろうという緊迫感は凄く好きで、一史と譲の「引きこもり」を一発で治す薬の話だったり、総次郎と瑠璃の男女の話だったり、総次郎の兄弟喧嘩あたりは物凄く見応えがあったが、川西が登場した辺りから川西の存在感が強すぎて、あまり物語が入ってこなくなった印象。キャスト・キャラクターの章でも述べるが、川西の存在はちょっと今作品のバランスを崩していた気がする、ちょっと観づらいぐらい没入感を阻害された感じがした。
また、脚本のテーマ自体も何か目新しいものがあったかどうかとなると微妙で、勿論答えを求めている訳ではないのだが、もう少し「引きこもり」がなぜ社会に存在するのか、そして私たちはどうその社会問題と向き合うとよいのかのヒントとなる描写が欲しかった。「引きこもり」はある種の生き方なんだから、それを否定しちゃだめだよ的な軽いものにしか捉えきれなかったのが少々残念だった。
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【世界観・演出】(※ネタバレあり)
これは生で舞台を観て欲しいと感じさせるほど、舞台上に流れる空気感がとても重々しく、寂蒔としていて世界観が凄く好きだった。また、全体的に照明が客入れ時から暗めだったので、その中で淡く光るカラフルな照明と、カラフルな椅子とテーブルがとても宇宙空間に来たかのような、異世界感が堪らなく好きだった。これは配信ではなく、生で観劇しないと良さは伝わってこないんじゃないかと思っている。
ここでは、舞台装置、照明、音響、演出の順に舞台美術と演出について触れていく。
まずは舞台装置から、下手側と上手側に丸い小さな黄色いテーブルと、蛍光色の強い小さな椅子が3、4脚置かれているのみで他に目ぼしい装置はないくらいシンプルな空間である。ただ、舞台背後には「ブタに真珠の首飾り」でも登場した、縦に細い棒と所々にベニヤ板が貼られた壁のようなものが存在し、上手側の階段下にはオブジェとは言わないが、黄色い座椅子があってそこでずっとゲームをしている女が座っている。
これは写真を見ればすぐに伝わると思うが、「ブタに真珠の首飾り」とあまり違わない舞台セット(同じ場所で上演しているから)であるにも関わらず、全然雰囲気が違っていて、これは照明による効果もあると思うのだが、凄く異世界感と先の見通せない暗い近未来SFを想起させるような世界観となっていて、客入れ時から惹き込まれた。
暗い中で、黄色い座椅子だったり、カラフルな椅子、テーブルが明るく輝いて見えるのも神秘的に感じられて個人的には好きだった。
次に照明。天井を眺めてみたら、劇中で使われていた照明は10個程度しかなく(普段の公演ではその数倍はある)、それで舞台上を照らしている訳だから当然暗くなる。その暗さ加減が絶妙で、薄っすらと人の表情が分かる程度なので凄く調整されている印象だった。ただこれを配信で観るとどうなるだろうか、私は配信では観劇しなかったがほぼ真っ暗なんじゃないかと思うが、大丈夫なのだろうか。あの良さを映像で伝えるってかなり至難の業な気がするが。
また、ラストの2箇所の照明演出も物凄く好きだった。
一箇所目は、一史の独白シーンの照明。自分が首を吊って死んだつもりだったが、まだ生きていたという話。あの時のジワーっと青白い照明が徐々に入ってきて、窓枠のような影が舞台床に作り出される。あそこのシーンが個人的には好きだった。その演出によって、一史の独白も一層自分の中に入ってきた気がする。
もう一箇所は、ラストの朝のシーンの照明。あの青白い照明から一気に白い光が差し込むので、それだけで印象が残るが、そこに電車の音や人々の生活音・環境音が入ってくることによって、その「朝」に色々な意味合いが込められてくる。活動が始まる時、そしてそれは「引きこもり」にとっては辛い時の始まりである。そういう象徴としてしっかり照明を使って描かれていた点が好きだった。
そして音響であるが、今作品において音響で特筆したいことは、ラストの電車や人々の活動の効果音・環境音は先ほど書いたので、あとは客入れ時の音楽である。あの異世界感と近未来SF感の舞台オーラを助長するかのように、洋楽が流れている感じが凄く心地良かった。また、時々ゲームをしている女性から流れてくるゲーム音も、その近未来感を助長させていて好きだった。あの客入れの雰囲気は完璧だった。
あとは、特に音楽を使うシーンがなかったので、そのくらいである。
最後に演出だが、特に序盤のキャストが一人一人入ってきて、ここで何が起こるんだろう?と観客の興味を唆らせる演出は上手いと思った。ゲームをずっとしている女性も謎だし、来る人来る人みんな暗そうな表情をしているし、特に瑠璃がやってくるシーンの演出は好きだった。最初は瑠璃は目が見えないのかと思っていたが、ただ周囲に怯えていた模様で、椅子を倒して慌てるあたりが好き。あの静寂を打ち破る感じが、こちらからするとハラハラするし、舞台を生で観劇している面白さみたいなものをくすぐってくる。
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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
「ブタに真珠の首飾り」と違い、キャストが全員で9人いるので、特に印象に残ったキャストにフォーカスしてレビューを書いていく。ただ、キャストに関してはどの方の演技も素晴らしかった。小劇場で且つ最前列で観劇出来たので、凄く迫力も感じて申し分なかった。
まずは、「引きこもり」一人目の竹前総次郎役を演じていた、松下仁さん。以前はアマヤドリに所属の俳優だったが、現在は違う事務所に所属らしい。無精髭を生やしており凄く男性としての魅力を感じさせる俳優。
個人的に好きだと思ったのは、「引きこもり」っぽくと言ったら語弊が生じるかもしれないが、あまり外へ出ていなくて人と話すのが久しぶりだからこその、上手く言葉を言い表せない感じの演技が物凄く上手かった。上手く言いたいことを言えていないんだけど、ちゃんと言いたいメッセージは伝わっているので、そこら辺を上手くコントロールしながら芝居されている点に尊敬した。
次は2人目の「引きこもり」である岡野一史役を演じた河原翔太さん。マフラーをして華奢な体型をされている俳優さん。様子からすると、総次郎ほど「引きこもり」をこじらせていない印象、兄の譲とも普通に会話出来るし、そこまで重度ではないと勝手に判断していたが、設定としてはどうなのだろうか。
個人的に印象に残ったのが、ラストの独白なのだが喋り方凄く独特で、フワついた感じの演技が凄く子供っぽく見えて、これを良しとするか悪しとするかは分からないが、凄く愛嬌を感じさせる演技だった。年齢設定も高校生とかそこらだからなのだろうか。ちょっと独特な演技が良いという訳ではなく印象に残った。
そして、3人目の「引きこもり」の原瑠璃役を演じた徳倉マドカさん。凄く印象に残る「引きこもり」患者だと思った。社会というものを強く拒絶していそうな印象に感じた。それが何故か愛おしくも感じて助けたいとも思えた。
あの挙動不審のような出で立ちとか役作りが本当に素晴らしい。全部嘘を付いていたとか、ちょっと怖かったけど重度の「引きこもり」とかになるとそうやって虚構を作って見栄を張るものなのだろうか。
凄く良い味を出していると感じたのは、岡野譲役の沼田星麻さん、彼はアマヤドリ所属の俳優。劇団4ドル50セントのうえきやサトシさんに非常に似ていた。
ちょっとチャラそうで遊んでいそうだけど、かなり自立しているキャラクター設定。言っていることも凄く常識的で今回の登場人物の中で一番的を得ているようにも聞こえる。意外と熱くならずに冷静に川西と渡り合っている点に好感を抱いた。
そして個人的に物凄く違和感を感じたのが、川西将暉役を演じた西川康太郎さん。間違いなくキャラクター設定的にも「引きこもり」の生き方を肯定するようなちょっと変わった人間という感じではあるのだが、あそこまで舞台を乱して良いものだろうか。声量といい動き方といい全てが、このキャストが出現したことによってまるで別の物語であるかのように雰囲気が変わってきてしまって、個人的にはあの静寂な近未来SF的な前半の空気感と全然マッチせず、途中からついていけなくなった。
勿論、キャスト自身の演技力は高いと思うし、はまり役をやらせたらもっと輝ける俳優だろうと感じると思うが、今作ではしっくりこなかった。
最後に、中林凛久を演じた榊菜津美さんと、竹前瀬奈を演じたばばゆりなさんにふれておきたい。彼女らは、一見主張はそれぞれ、「引きこもり」をちょっとずつ支援したい凛久と、「引きこもり」なんかしてないでさっさと働けという瀬奈で異なるが、性格的にはかなり近いんじゃないかと思っている。
どちらも自分の考え方が正しい、というのを押し付けているだけの意識高い女性にしか見えず、今作品でそういったキャラクターを観てしまうと、必然的に嫌悪感を抱いてしまう。凛久に関しては若干そう思うくらいだが、瀬奈に関しては強くそう思った。おそらくこれは演出の意図通りだと思うので、そこはしっかり反映されて観客まで届いたかなといった感じ。
それにしても、結局中林凛久という女性の立ち位置がよく分からなかった。彼女がいなくても成立しないだろうか、この話。彼女がいなくても成立するから、そんな支援って必要ないんじゃねって言いたいのか。
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)
正直今作品を観終えて、世界観や役者の熱量に関しては申し分なかったのだが、この脚本を通じて観客に何を伝えたかったのか、どう感じて欲しかったのかがイマイチ弱い上に、ちょっとまとまっていない感じがして、個人的には少々残念だった。私がそう思ってしまった理由を詳しく書いていくことにする。
まず、残念に感じてしまった大きな要因としては、ラストのメッセージ性がよく分からなかった点である。ラストで象徴的に描かれたシーンは3つある。1つ目は、一史の独白シーンで一回死んでみたけど、死体だけ砂となって消えていって今の自分だけ存在しているという描写、2つ目は朝がやってきて人々が活動を始めて、そのテンポで生活を送らないといけないという、引きこもりにとっては地獄の時が始まったことを示唆する描写、そして3つ目はずっとゲームをし続ける女性に触れて、ゲーム好きだね飽きないんだねと語りかける描写である。
これらは統合的に何を意味するのか。引きこもりにとっては、普通の社会に出て活躍しているような人々と比較されるべきではなく、引きこもりには引きこもりなりの苦悩だってあるし、一歩踏み出すことがどんなに難しいことなのか、それは劇中で散々語られてきたしよく理解した。
ただ、譲が言うようにそうやっていつまでも引きこもりのままでいいんだと認め続けるのも違う。何か手を差し伸べた方が良い。ただ、そこから明確な答えがなくともそこに間接的に繋がるような最後のシチュエーションが欲しかった気がする。
要は、問題提起だけしておいて、全くそれに関して回収されない、回収する気のない脚本に個人的には感じられてしまったのである。自分の解釈力が不十分なのかもしれないが、先ほど挙げた3つのシーンが今までの引きこもりに関する様々な意見を結びつけるような締めくくりにはなっていなくて腑に落ちなかった。
次にキャラクター設定にも疑問が残る。
岡野家の2人や、竹前家の3人はそれぞれ立ち位置とキャラクター設定がしっかりしていて良いのだが、問題は川西将暉である。彼の主張は、「引きこもり」は一種の生き方であってそれをいけないことと扱って無理に変えることは間違っていると言っていて、そこは明確で問題ないのだが、そのバックグラウンドが全く明かされておらず、結局川西は何者だったのかというのが分からなかったので、モヤモヤして終わってしまった。
また、社会的ひきこもり支援事業をする中林凛久も中途半端に感じられて、立ち位置がよく分からなかった。彼女の主張もよく理解していて、なかなか引きこもりから社会復帰させることは難しいから、段階を踏んで頑張っていきましょうというものだが、彼女自身のバックグラウンドもあまり語られていなかった上、この役って必要あったのだろうかというくらい出番が少なかったので、もう少しストーリーの中枢に入ってくるような設定だと良かったんじゃないかと思ってしまった。
とにかく、キャラクターの必然性とバックグラウンドとかの深堀りがこのストーリーの中に欠けていて、凄く荒削りな作品に感じられてしまった。
さらに、これって感染症の世界という設定も必要だったのだろうか。
今作品は、感染症の拡大によって避難勧告が出されていて、それに従わず避難していない人々の物語という設定になっている。これがしっかりと、メインテーマとリンクして必然性があったかと考えると些か疑問である。
たしかに、コロナ禍によって強制的に「引きこもり」にならざるを得なかった人々は大勢いて、コロナ禍前と比べると「引きこもり」の意味合いも違ってきてしまったというのは勿論頷ける。しかし、その設定は特に今作品には直接的には影響しなかったんじゃないかと思っている。
あくまでメインテーマとして伝えたいと考えられることは、そういった強制的に引きこもりになった人々ではなく、何らかの事情で社会復帰が出来ない引きこもりのことではないだろうか。そこを描きたいのであれば、わざわざコロナ禍のような感染症の世界を持ち出す必要もないだろうし、コロナ禍によって脚色して台本を書き直す必要もなかったのではないかと思っている。
もし、コロナ禍による強制的な「引きこもり」も物語として描きたいのであれば、そもそも最終的に主張したいメッセージも変えるべきである。それはもはや別作品である。
そんな感じで、個人的にはこの脚本にはメインテーマに対する深堀の甘さだったり、十分に洗練出来ていないポイントが何箇所か拝見されて、もっと磨きをかけて上演して欲しかったと感じた。
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