合言葉は「森で会いましょう」-きこりの森の歴史と里山の関係人口-
最近、八郷留学のメインステージである「きこりの森」に、予期せぬ形で関わってくれる人たちが増えてきました。
10年前まで放置林として忘れられかけていた名もなき場所が、徐々に人との繋がりを取り戻す。
幸運にも八郷留学はその過程の只中にいます。
今日は「きこりの森」と人との関係についてお話しします。
少し真面目な話になってしまいますが、どうぞお付き合いください。
あなたもきっと森に来てみたくなるはずです。
「こんこんギャラリー」-移住者と地元民の協働-
実はきこりの森の入り口には、こんこんギャラリーなるものがあります。
オープンしたのは2002年4月ですが、構想が建てられ始めたのはそのさらに9年前。
八郷を愛してやまない作家有志たちが自らの手で建てた素敵なギャラリーの中には、夢が詰まった作品がたくさん展示されています。
そんなこんこんギャラリーのすごいところは、移住者と地元民とが協力して運営しているというところです。
移住者と地元民の関係性は、地方創生を語るうえで避けては通れない課題ですが、少なくとも20年以上も前から八郷では両者は手を取り合ってきました。きっと、誰にも知られないドラマがいくつもあったことでしょう。
改めて八郷の懐の深さと可能性の大きさに驚かされます。
僕(原部)はそんなこんこんギャラリーさんの定例会にたまに参加させていただいては、暮らしの達人たちからアドバイスをもらったり、時には八郷留学の企画にアイディアを出していただいたりしています。
八郷留学のHPのトップにも使っているこの写真、左奥に見える建物がこんこんギャラリー。何ともいい味出してくれるんです。
オープン当時は、森はほぼ手付かずの状態だったかもしれませんが、こんこんギャラリーがあったおかげで隣の森にも人の目が届くようになったのだと思います。
きこりの森に遊びに来た際には、ぜひこんこんギャラリーにもお立ち寄りくださいね。こんこんギャラリーのインスタはこちら。
「木とこども展」-森と人との関係の再構築-
2017年6月、今では伝説のように語り継がれるイベントが、とあるきこりによって企画されました。
きこりの森にその名がついたのもおそらくこの頃です。
山できこりは考えた。
きこりがきこりであり続けるために、今何ができるだろうか。
そこできこりは山をおり、7人の木工作家に声をかけた。
「子どもたちに木のかけらを届けたい」
皆が言った。
「協力しましょう」
そして始まる、木とこども展。
木とこども展のメッセージです。
僕はこれを初めて読んだとき、震えました。
「きこり」と聞くと、こだわりが強くて、ひとりで山に籠って黙々と斧を振るみたいな、少し俗世から離れたイメージがありますよね?
きっとこのきこりさんもそうだったのでしょう、日々本気で山と向き合っていたのでしょう。
しかしある時はたと気づくのです。
きこりがきこりであり続けるためには、子供たちに木の温もりを伝えなければならない、と。
山が山であり続けるためには、人々に森の優しさを伝えなければならない、と。
そこできこりは "山をおり" て、こどもたちに木のかけらを届けるべく、村の人たちに協力を求めます。
イベントの準備のために、きこりは仲間を連れて間伐したり草刈りしたりして、藪化していた森はどんどんきれいになっていきました。
2週間にわたる木とこども展では、木工作家さんの展示、ワークショップや、ハイジのブランコなど、ワクワクいっぱいのイベントが催されたそう。
こうして木の温もりを肌で感じ、森の温かさに包まれた子供たちは、きっと大人になってもそれを忘れないでしょう。
大きくなって家を建てるとき、懐かしい森を守るために国産材を使うという選択をしてくれるかもしれません。
余談ですが、人って大切なものを守ろうと真剣になればなるほど、視野が狭くなったり、他人の価値観を受け入れきれなくなったり、そんなジレンマありますよね。
このきこりさん、よくぞ "山をおり" てきてくれたなと思います。
それは、こだわりすぎていた自分と決別して、積極的に社会とかかわっていかなければ、きこりがきこりであり続けることさえできない、という気付きだったのかもしれません。
頑張る時こそ、広い心を忘れずに生きていきたいです。
八郷留学が生み出す里山の新たな関係人口
2020年8月、八郷留学を始めるにあたり改めて森の整備が必要になりました。
いくら木とこども展で間伐が入ったとはいえ、暖かくなれば下草は伸び、篠竹が生えてきます。
八郷留学を始める前のきこりの森はこんな様子でした。
ここを八郷留学の森スタッフと整備に入り、みんなに楽しんでもらえるように環境を整えました。
実はこの開拓団初期メンバーも移住者と地元民の混合チームです。
学生時代から八郷が大好きで、3年間の地域おこし協力隊期間を経て移住してきてくれた方たちと、地元の魅力に気づいた僕と。
思いはみな同じです。
森が森であり続けるために、みんなに入ってもらいたい。
生い茂る草を刈って斜面を崩し、土留めを打って焚き火台を作る。
大変な作業だけどこの過程がとっても楽しかったりします。
「榊屋が入る山は荒れない」という言葉があります。
昔は薪を拾ったり、神棚にあげる榊を取ったりするために、人々は日常的に山に入っていました。
さすがの八郷でも今では生活燃料に薪を使っている人はごくわずかですし、神棚があるような家に住んでいる人も少なくなってきていると思います。
そんな現代の里山で、山も人も豊かになっていくためには、、、?
実は最近、前回の「大人の八郷留学」に東京から来てくれた留学生が、月に一度ほど、友人と一緒に森の整備を手伝いに来てくれるようになりました。
他にも筑波大のゼミ生が環境デザインの授業の一環で来てくれたりなんてことも。
作業の合間に作って食べる森のご飯のなんと美味しいこと。
キツツキが幹を叩く音や、ムササビの鳴き声が聞こえてきます。
これは穴を掘って土中焚火をし、間伐材の湿った丸太で蓋をして不完全燃焼させ、敢えて土中に炭を残すことで土をフカフカにして、水の流れを良くしているところです。こうすることで水はけがよくなり、歩きやすい道ができるばかりでなく、周りの木もよく育つというわけです。
ちょっとマニアックな話に逸れましたが、こんな風に県外からも足繁く森に通う人がいて、楽しく遊びながら森も人も豊かになっていく。
人の営みあってこその自然なのです。
「また森で会いましょう」
みんながそう言って、満ち足りた気分で帰っていきます。
これからも森と人との関係はもっと深まっていくでしょう。
八郷が八郷であるために
最近、果樹の畑を辞めたり、裏山の管理をしきれなくなったりで、八郷にもソーラーパネルが乱立し始めています。
とっても悲しいです。
そうならないように、八郷留学がもっと成長して、耕作放棄地を借りてメンバーみんなで畑を管理したり、山を借りてフィールドを増やしたりしていけたらいいなと思っています。まだまだ構想段階ですが。
あなたが森に来てくれることで、森は森であり続けられるんです。
あなたの森への一歩が、里山への投資に繋がります。
八郷が八郷であり続けるために、今何ができるだろうか。
移住者も、地元民も、八郷に遊びに来てくれる人も。
一緒に物語を作りませんか。
30年後の旅へ、船はもう出ました。
皆さん、森で会いましょう。
文責: 原部直輝
写真: 三浦奈央