「怪我や病気を体験して良かった」というストーリーを求める心理。 頭木 弘樹 著 / 食べることと出すこと
あるアスリートの方が、大怪我から復帰した際に、インタビュアーに誘導されるような形で「今では怪我をして良かったと思う」と発言していた。やや違和感を感じた。
そのアスリートの方のリハビリの様子は壮絶で、とても「良かった」と言えるものではないように見えたからだ。
しかも、競技生活数年を棒に振っている。
そのインタビューを見てから、この「怪我や病気を経験することで、むしろ良い人生になった」という妙な思い込みや、周りからそう言わされてしまう何らかの圧力については、疑問を抱いていたところだった。
そんな折にこの頭木弘樹さんのインタビューを偶然知り、その洞察に感心した。
インタビューでは主に上記の疑問について、書かれている。
どこを切り出していいか分からないほど、すべてが自分がたどり着きたかった考えで溢れている。
このインタビューをきっかけに著書を読むに至った。
食べることと出すこと / 頭木 弘樹 著
13年に渡る闘病生活(完治はしない)の苦難について、病気の性質から自尊心の喪失や、喜劇と隣り合わせになる精神的苦痛について書かれている。
また、肉体的に苦難の状況にあると、人がどんな心理に追いやられるのか、そう思わざるを得ないのか、そういった事象が綴られている。
小説をはじめとする様々な文学作品を読み解いている著者が、それらを一層噛み砕き、困難に陥った肉体を通じて理解に至るという描写が多い。理解というか、腑に落ちるというか。平坦な言葉で綴られていくのだが、だからこその説得力だ。
そして小説や映画、漫画や短歌、落語などの作品は、苦難を伴った人生の導きになっている。
一方で、以前町田康氏がテレビで言っていたのだが「言葉は説得力を伴ってしまう」ゆえに、なんとなく信じられていること、例えばことわざとか偉人の言葉には果敢に反論していく。
世の中ではこう言われている、こう思われているけど、病気を通して考えると実際はこうなんではないか、ということが辛抱強く語られる。
この本には、著者のしなやかな強さ、エネルギーが満ちている。
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