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大学は、地域を変えることができるか?

12月2日に南アルプス市において、多摩大学主催によるやまなしフォーラムが開催されました。メインは、多摩大学学長である寺島実郎氏のお話でしたが、後半のパネルディスカッションに、パネリストのひとりとして参加しました。

テーマは、やまなしの課題と未来。

終盤の会場からの質疑の中で、過去10年間地域は変わらなかった。それは、大学が「評論家」になってしまったからではないか、といった趣旨のご指摘(ご批判)を頂きました。

ディスカッション時間が十分になかったので答えが中途半端になってしまいましたが、ここで私なりの考えをまとめてみたいと思います。

産学官連携、最近では、”産学官金労言”なんて言葉もあります。でも、そのベースにあるのは、産業界、大学、行政といったそれぞれの帰属意識のようなものだと感じています。

ここでは、それを「箱」と呼んでみましょう。

地域が変わらない、それは、各々が各々の「箱」の論理で話をしているからではないでしょうか?

大学関係者のひとりとして、会場からの批判に対して反論をすることもできます。しかし、それをしたところで、単に自分がいる「箱」を守るだけのことにしかならず、地域が変わるどころか溝が深まる一方ではないでしょうか。

問題は何か?

自戒の念を込めて、私たちが本当の意味で「箱」から出て対話することができていないからだと感じています。

大学の壁を越えて、大学間連携というものを推進する。それがここ10年くらい私が行ってきたことです。その成果というつもりはありませんが、大学の垣根を越えたつながりが少しずつですが出来てきたと思っています。

そこにあるのは、もはや「〇〇大学」という「箱」ではなく、想いを共有するコミュニティ=ソーシャルキャピタルのようなものです。

一方で、まだ大学という「箱」を取り払ったつながりが上手く機能していないのも事実です。

それが、私が考える問題です。

では、解決方策はあるのか?

私はあると思っています。それは、「箱」対「箱」のつながりではなく、想いでつながっていく新たなしくみをつくることです。

大学として、産業界として、行政として、、、という「箱」を背負った議論ではなく、ひとりの市民、個人として何がしたいか、何をすべきかという対話の場を創っていくことだと思います。対話の中からワクワクの共有や共感が生まれ、やがてそれが地域を変えていく一つの動きになる。

そんな理想的な話、と笑われるかも知れませんが、そんな夢を語っていくことこそ、大学の役割だと強く感じています。

今年12月に、新たな対話の場という想いを込めて「山梨県立大学フューチャーセンターCasa Prisma」をオープンします。

これから、ここで行われていくことが、ご批判への一つの答えになるでしょう。

この記事は、山梨県立大学理事(学生・地方創生担当)である佐藤文昭が書きました。(2018年12月3日)




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