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読解力はなぜ、伸びないのか?【代ゼミと考える読解力#2】

こんにちは、代ゼミ教育総研note、編集チームです。

「代ゼミと考える読解力」、第2回の今回は少々刺激的な内容です。

編集チームには小中高生を子に持つ親も多いのですが、その子どもたちがYouTubeやゲームに夢中になり、本を読む量が圧倒的に減っていることを心配しています。

そんな時ふと、国語力育成チームの会話が耳に飛び込んできました。耳が痛いですが興味深い内容で、ぜひ記事に!とお願いしてみました。

執筆者はMさん。
長年、読解力について分析検証を行っているメンバーならではの「読解力の指導」に関する記事をぜひご覧ください☺



▶実際に読解力が伸びたケースはどれだけあるだろうか

 「読解力をどう伸ばすか」をテーマとした本や記事は数多ある。対象は学生、保護者、教員、ビジネスマンと様々だ。一方で、それらを参考にして、実際に読解力が伸びたケースはどれだけあるだろうか。本当に高い効果が得られたのであれば、もっと話題になりそうなものだ。

しかし、話題になるのは、読解力が低下している現状を指摘したり、AI時代における読解力の重要性を説いたりするものばかりで、肝心の「伸ばし方」に関して広く浸透しているコンテンツはあまり見かけない。実際、同じような内容の本や記事が毎年繰り返し世に出る状況から考えると、ユーザー目線でもたいした効果は得られていないのだろう。

 同様の事例がある。私の部署では、高校や大学の教員から「学生の読解力を伸ばすにはどうすればよいか」という相談を頻繁に受ける。こちらはプロとしてノウハウを蓄積しており、読解力指導に関する研修や説明会は毎回好評をいただいている。アンケートで「さっそく授業で実践します」「学内でノウハウを共有します」といった回答を見ると我々も嬉しいし、指導法改善の効果が出ることを期待している。しかし、である。そのような前向きなメッセージをくれた教員が、1年後にまだ同じ悩みを抱えていることが多いのだ。

我々の伝えたノウハウが役に立たなかったのだろうか?その教員を訪ねてヒアリングしたところ、どうやらそうではないらしい。「代ゼミの研修を受けた際、その手法で読解力を伸ばせると思ったし、今でもその考えは変わらない」と言うのだ。だが、学内の課題は解決に至っていない。

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 このように、「読解力を伸ばす方法が存在すること」と「実際に読解力が伸びること」は必ずしもイコールではない。もちろん、紹介されている内容がエビデンスに欠けるものであれば論外だが、経験に裏打ちされた手法であっても、有効に活用できるケースは限られている。では、なぜ読解力を伸ばすのは難しいのだろうか。今回は高校生の指導にフォーカスを当て、その理由を説明する。


▶読解力は伸ばそうと思えば誰でも伸ばせる、という思い込みがある

 大谷 翔平 著『ホームラン量産の極意』、という本があったとしよう。あなたはそれを読んで明日からホームランを打てるようになるだろうか。おそらく無理だ。そもそも本のタイトルを見た時点で、「無理にも程がある」と心の中でツッコミを入れてしまいそうなものだ。

なぜなら、ホームランを打つという行為は、たいていの人間にとって実現不可能な領域にあると考えるからだ。もちろん、大谷選手の野球への向き合い方から、精神面での学びは得られるかもしれない。しかし、いくらホームランを打つためのノウハウを学んでも、生まれ持った身体能力によってはそれを実践できない、あるいは、実践しても期待通りの成果が出ないのは容易に想像がつく。

 では、読解力の場合はどうだろう。『読解力の伸ばし方』という本があったとして、「いや、無理だ」と思うだろうか。たいていの人は、「本当に伸びるの?」と疑うことはあっても全否定まではしないはずだ。むしろ、しっかり読めば読解力を伸ばすことができるかもしれない、と希望を抱く人も多いかもしれない。先ほどのホームラン量産法とは雲泥の差である。

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 この背景には、読解力は伸ばそうと思えば誰でも伸ばせる、という思い込みがある。「誰でも」とは、言い換えれば「簡単に」である。つまり、日本人であれば日本語の読解力を伸ばすのは難しいことではない、というのが共通認識なのだ。

念のため補足するが、ここでいう「読解力」とは、大学入試の現代文で出題されるような難解な文章を読み解く力ではない。新聞や辞書、教科書、ビジネス文書といった日常生活で目にする文章を正しく理解する力だ。確かに、その程度の力であれば初等教育の過程で自然と身に付きそうなものだ。学び直しの機会を持つにしても、小学校レベルの学習内容であれば容易に理解できるだろうし、それほど時間もかからないだろう。しかし、この認識にこそ大きな落とし穴がある。


▶読解力を「伸ばす」以前に「矯正する」ステップが必要

 そもそも、読解力の基本が身に付いていないとは、具体的にどのような状態なのか。一例として、文の構造を把握できないことが挙げられる。文の骨子となる主述関係を押さえられなかったり、「これ」「その」といった指示語が指す内容を把握できなかったりするのだ。これでは文の意味を取り違えてしまうことがある。読解力を伸ばすのは難しくないと考える人からすれば、この程度ならすぐにリカバリーできる、という認識なのだろう。

ところが、実際は逆だ。少々辛辣な言い方ではあるが、義務教育を受けていながらこの程度の力が身に付いていないのは「重症」であり、簡単にリカバリーできる状態ではない。

 その理由の一つは、高校生を対象とした場合、読解力を「伸ばす」以前に「矯正する」ステップが必要となるからだ。初等教育では、文法のルールに沿った正しい読み方を教え、それを繰り返し実践させることが指導の基本となる。これが定着すれば、教科書や新聞の文章を誤読するような状況には陥らないだろう。しかし、正しい読み方が定着しないまま成長すると厄介だ。なぜなら、実際には正しく読めていないにも関わらず、本人は「読めている」と思い込んでいるからだ。
 
読解力が低かったとしても、大半の人は日常生活で大きなトラブルになることはないだろう。家族や友人とコミュニケーションが取れるし、教科書やテストの問題が読めなくて困ることもない。つまり、正しい読み方が身に付いていない、と認識する機会がないのだ。そのような人は我流の読み方が定着しているため、まずはそれが誤った読み方であると認識させ、正しい読み方へシフトさせる必要がある。

この指導が思いのほか難しい。本人は読めている自信があるため問題意識を持ちづらく、教員が丁寧に指導しても、「そんな当たり前のことは分かっている」となかなか聞く耳を持ってもらえない。

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 第二に、先に述べた矯正にはかなりの時間を要する。例えるなら、歯の矯正が分かりやすいだろうか。マウスピースを装着して歯並びを矯正する場合、個人差はあるが2年程度の期間が必要らしい。この期間、1日20時間以上マウスピースを装着することになる。食事の際はマウスピースを外し、必ず歯を磨いてから装着する。これを食事のたびに繰り返す。マウスピース装着中は水以外の飲食は厳禁のため、お茶やコーヒーすら気軽に飲めない。飲む場合はその都度マウスピースを外し、再度装着する際に歯を磨く。これを2年続けるには、相応の覚悟と忍耐が必要だ。

読解力の矯正もこれに通じるものがあり、2年とは言わないまでもそれなりに指導期間を要する。最低でも半年~1年といったところか。1回の授業でなんとかなる、など以ての外だ。正しい読み方を教えた後、それを実践できているかを根気強く確認・指導していく。

「主語は何?」「この指示語は何を指している?」などと授業中に質問したり、生徒が書いた文に文法的な誤りがないか添削したりするのが有効だ。指導の効果が出てきたと感じたタイミングで止めてしまうと、途端に元に戻ってしまうケースも多く、これでもかというくらい継続する必要がある。多忙な教員にとって、これは相当難しいはずだ。


▶答えの見えない課題と正面から向き合って考え続ける

 この他にも、読解力を伸ばすのが難しいのにはいくつか理由がある。例えば、指導形態の問題だ。小学校であれば生徒間の読解力の差はそれほど大きくないため、集団指導が成立する。

しかし、中学や高校では、基礎的な読解力が備わっている生徒とそうでない生徒が混在している可能性が高く、集団指導があまり効果的ではない。その結果、放課後に個別で対応したり、個別の自宅課題を課したり、といった手間のかかる指導が必要になる。

また、読解力に関する何かしらの取り組みが必要と考えた際に、学校内のコンセンサスを得るのが難しいという話もよく耳にする。入試にどの程度効果があるかが見えづらく、また、効果測定が難しいことなどがその理由のようだ。

 このように、高校生以上を対象とした場合、読解力を伸ばす方法があったとしても、それを実践して成果を上げるのは極めて難しい。その結果、どういう状況になっているのか。根本的な解決にならない指導方法や教材を比較して悩み続ける、手間のかからない指導方法が考案されるという幻想を抱いて待つ、十分な読解力が備わっていない生徒を大学に送り込み、問題を先送りする。(その結果、学生のレベルが低すぎて授業が成立しない大学が出てきている。)どれも困ったものだ。

 これを読んだあなたは、「では、どうすればいいのか?」と言われるかもしれない。残念だが、「重症」の生徒を手間なく治療する手段を我々は知らない。答えの見えない課題と正面から向き合って考え続けるのが、令和という時代における教育なのだろう。


いかがでしたか。

え⁈ここまで読ませて、 " 我々は知らない "⁈」と思ったあなた!まさに文の構造を把握できていないかも。

 「" 手間なく治療する手段を "我々は知らない」とありますね。

つまり、ここで言いたいのは「読解力を伸ばすのは非常に手間(=時間・労力)がかかる」ということなのです。

まずは、「飛ばし読み」「思い込み」が減るように、書いてあることにしっかり向き合ってみてはいかがでしょう。

次回と次々回は、「大学入試から考える読解力」です。読解力の現状に対して、国や大学がどう向き合っているのか、実例を見ていきましょう。


★まとめ記事★


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