世界で一番愛すべき死神
『音楽に異常なまでに執着し、一見クールだが言動がどこかずれている雨男』。
ここまで簡潔に、その印象的なキャラクターを説明できる死神が今までいただろうか。
伊坂幸太郎さんの著書『死神の浮力』は、彼の数ある傑作の中でも私が特に好きな作品の一つだ。
物語は、娘を殺害された有名な作家・山野辺遼とその妻・美樹がマスコミの記者たちに家を囲まれているシーンから始まる。
このマスコミ達がとにかくしつこい。山野辺夫妻をノイローゼにさせてしまいそうなくらい。
現代のマスコミを皮肉っている場面とも読み取れた。
そこに颯爽と現れたのが、人間に扮した死神・千葉だ。
黒いスーツに黒の手袋を纏い、自転車で玄関の前に現れた彼は、山野辺の幼稚園時代の友人と称して家に上がり込む。
しかし彼らはもちろん面識がなく、怪しまれないように、そう名乗るように上司から言われているだけだった。
死神である千葉の役目は、一人の人間を七日間調査し、その人物に死を与えるか否かを決めること。
千葉が突然現れたのは、山野辺遼を調査するためだった。
同シリーズの前作『死神の精度』で語られているが、彼は調査によって姿・年齢の設定が変わる。
彼は千年以上その仕事をしてきたというから、驚きだ。長蛇の列の比喩表現として大名行列が出てきた時には、彼が実際にそれに参加したときのことを淡々と語り、周囲の人たちを困惑させていた。
山野辺夫妻は、逮捕された後に無罪判決を受けた殺人鬼・本城への復讐を果たしに、家を飛び出す。もちろん千葉も同行した。
彼らは入念な作戦のもとに、ホテルの一室で本城と対峙する。最愛の娘を殺された無念、怒り、そして恨みを晴らすべく、目の前の仇に向けて攻撃を与える。
が、それが実行される寸前に、千葉の些細な行動によって計画が台無しになってしまうのだ。
「うわああ何やってんの千葉さん‼」と、読んでいて頭を掻きむしりたくもなった。
しかも当の本人は、「逃げられたな」と、まるで他人事のように涼しい顔をしているだけだ。
否、ある意味では本当に他人事だったのだ。
あくまで彼の仕事は、山野辺遼に死を与えるか否か調査すること。
人間の歳月で言えば、千年以上続けている、人々の死を司る死神としての役目。
死神は人間のすぐ傍に居ながらも、あくまで傍観者だ。決して人間の味方などではない。
これは、『劇場版 DEATH NOTE』を見た時も私が感じたことだ。この作品を見た人には恐らくこの考えが伝わるだろう。
本城が逃げた後も、彼らはその後を追い続ける。最愛の娘を殺める瞬間の映像を残し、それを見せつけてきた、憎むべき殺人鬼を。
いわゆるサイコパスである本城は、ゲーム感覚で山野辺遼一行を翻弄し続ける。
そんな彼を追う様子を見ているうちに、彼らと一緒に、本城の行方を追っているような気分にさせられる。
いつ本城に追い付くのだろう、無事に追い詰めることができるのだろうか、とハラハラした気分になりながら。
その中で、彼らの計画を一度ふいにしてしまった千葉の人間離れした能力が、本城を追い詰める助けになる。
当の本人は、さも当然のようにすました顔でそれを発揮するから、とてもクールに見える。
けどやっぱり、言動がどこかズレている。
シリアスな場面でも、大好きな音楽(彼は"ミュージック"と呼んでいる)を聴くために再生機器を探したり、「良心がない」という台詞を「両親がない」と勘違いして、「クローンか」と返したり。
そんなクスッと笑えるシーンが、物語の鬱々とした空気を和ませている。
どこか抜けているけどクールで憎めない、愛すべき死神の物語。
臨場感とユーモアに溢れた作品『死神の浮力』は、同シリーズの短編『死神の精度』とともに、おすすめしたい一冊だ。
もちろん、どんな結末かはここでは言わないでおくが、『想像の斜め上だった』とだけ言っておこう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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