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封印している物

今になって思えば、もっと早く独立しておけば良かった。
そうすれば、娘は事件に遭わなかったのではないかと思う。
あの時、選択を誤ったから、娘が事件に遭ったのだと、その思いが消えた事はない。
カウンセラーに言わせれば、それは子を失った全ての親が思う事らしい。

しかし、全ての親が思うからと言って、だから何と言う事もない。

あの晩、外に連れ出した事は間違いなく私の選択の誤りであった。
(当たり前だが加害者の犯罪である事に間違いはない)

月曜日、警察官の前で体験談を話す。

レジュメも用意し、大体の原稿も用意した。
人前で話す経験は直近の職場である程度鍛えられた。
自らの体験談を話す事は絶対に意義があると、娘の魂に誓ったのだと、よくわからないアドレナリンもあり、何人の前で話そうが全く怖いと思わなかった。

しかし、自分の数々の選択の誤りを振り返ると、その強気な思いが急にしぼむ様なそんな心持になった。

全く子供の気配がしなくなって、まもなく3年が経つ。
社会に訴える作業は、娘への日常的な思いの封印と、喚起の繰り返し作業だ。
あの時選択を誤ったと言う思いの周りを周回しているだけでは、世間に訴える事は出来ない。
しかし、あの時選択を誤ったと言う事は絶えず頭にある。
その思いを封印せねば語れないし、喚起せねば語る事が生まれない。

娘は5歳くらいまでは私に懐かなかった。
休日は疲れて寝ているか、最後の1科目を取るために専門学校にでかけるか。そんな父親だった。

元々だらしないものぐさな人間だ。
まあ、何とか子は育つだろうぐらいに思い、自分の事を優先させてきた。

その罪滅ぼしもあり、定番の風呂に入れると言う事は意識的にやった様に思う。(実はそれもやっていなかった方なのかもしれない。)

ふとした瞬間に封印とも喚起とも違う、なぜここに娘がいないのかという気持ちに襲われる事がある。

先日、ひとりシャワーを浴びながら、目の前の鏡を見た。
頭を洗うのを嫌がる娘の髪をシャンプーで尖らせて、ドキンちゃんと言って笑わせていたお約束の光景を思い出し、辛くなった。

側に寄る飼い犬の体温を感じる度に、鼓動を聞く度に、娘の抱き心地を思い出す。

恐らく月曜日はそうした思いを封印して、訴える事に徹する事が出来るだろう。

しかし、この先どの様な人生になったとしても、封印している物が無くなる事は無い。



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