私の幸せなこと・幸せなとき

私のしあわせな事
良質な記事を読んだ時。これはこの人の特長だ!という、長点を見た時。良い写真を見た時ーー それはその人が切り取る景色や感動した風景、そして実際そのような場面、景色があると分かって良い発見があるから。
そういうとき、思わず 「すごいですね!」「良いですね!」って間を空けずに言うんだけど、あまり本人も意図してなかったのか、褒めなれてない日本人の性なのか、はたまたその両方なのか、面食らったように目を丸くされてビックリされるか、一回自分で持ち帰るように黙ってしまわれる事がよくあるんだけど、「な〜んで、そういう長所持ってるの気付かないんだ〜  もったいない〜」って、その反応を受けてさらにそのように思ってしまう。

そして、自分の事に関していえば、今久々に缶チュ〜(缶チューハイ:造語)を飲んでるのだが、しかも久々に室内で。
ほっと心おだやかにくつろげる時間がなによりも替え難く愛しく、大事な時間であるということ。いわば私がわたしと居られる時間。わたしが私である時間。何よりも尊いというもの。

わたしは、心に余裕のない時間を過ごすことが何かと多かった。20代が過ぎ去っていま、コロナもあったりと、色々社会的にも様々な混迷がある中で、これまでを振り返ることが漠然と多くなった。
あんな事思ったな〜
こんな風に感じたなぁ〜
これは嫌だったなぁ〜
本当に大変だったなぁ〜
よく頑張ったなぁ〜
(そんな中でも)これは良かったなぁ〜
いい思い出だな〜   とか、、

ようやくようやく、自分だけが使える自分だけの時間というものを持ててるからかもしれない。すごいぜいたくな事。

あまり口に出すものでもないが、苦難の連続だった。
色んな出来事があった。
運命が私を殺しに掛かってる。そう確信しながら、身が生き長らえる日々だったーー。

剣に沼に嵐に炎にーー こう表現するだけでも、よく生きてきたでしょ?
しかも、言い過ぎじゃないの。
人生3周した感ある。

そう考えてみると、たまに自分がいま生きてることが凄いなーと素面で思うことがある。
最近もね、色んな著名な方が亡くなったりする事があるけど、見送ってる感覚だな、私は。 お疲れさん、とね。

社会的には外や周りで色んなことがあるけど、私は今こんな風に自分の為に自分の時間が使えることを本当に贅沢だな、恵みだな、と思って生きてる。
・・・ちょっとなぜそこまで思うのかと数秒立ち止まって考えてみたんだけど、多分人生で初めての感覚だからかもしれない。
誰の心配もしなくていい。侵害もされない。何と幸せなことか。

あ、そうそう。周りが安泰な事がやはり幸せだな。
誰かが辛みだと、私もつらみ。無意識に考えちゃう。

結局のところ、自分の人生を生きる事が大事。
誰かの真似とか、こうあらねばならない姿に自分を合わせる訳ではなくーー
何をすると自分はしあわせなの? どうあると自分は幸せなの?
だれに遠慮してるの? 嫌なら辞めていいんやで.  自分を隠しながら、蓋をしながら生きるつらさね.

自分や日本、という枠に囚われないで。

しあわせは、いつも自分が決めますようにーー

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