認知症診療の第一人者が認知症になった
認知症シリーズの最後はこの話で終えようと思います。
認知症診療で一般的に使われる長谷川式スケールというものがあります。認知症の程度の評価に使われ、我々一般の医師にとってはかなり便利で知らない医師はいないと言っても過言ではありません。長谷川式スケールは長谷川和夫先生によって開発され以下のような問いで構成されています。(余談ですが、私が行った患者さんで最後の問いの野菜の名前をあげる項目でたった一つだけ言えた野菜の名前がクレソンだった時は5点を加えようか悩みました)。このスケールのおかげで認知症の診断の見立てが昨日と今日で違うというような事が少なくなりました。
その長谷川先生が2017年10月の講演会で認知症である事をさらっと公表しました。症状は2015年10月頃から出ていたようで、症状出現時は86歳でした。診断は嗜銀顆粒性認知症という(臨床診断としては)珍しいタイプの認知症で、アルツハイマー病と異なりゆっくり進行する認知症でした。リン酸化されたタウタンパクが病理の主体で、これが銀染色によって染まることからから嗜銀顆粒(*1)と呼ばれます。多数の認知症患者を解剖した知見からは嗜銀顆粒性認知症は5~10%と推定されていますが、臨床医の認知度が低いことや診断が難しいことから誤診されているようである。
長谷川先生はついに自分も認知症になったかとショックではあるものの、その運命を受け入れたようです。年を取れば誰もが認知症になるのだ(*2)という事を認知症の第一人者として痛感していたようでした。そして、「あなた自身が同じ病気にならない限り、あなたの研究は本物じゃない」と言われた事を思い出し、自分も本物になったのだと回顧しています。
「認知症は固定したものではない」というのが実際にご自身が認知症になって感じた事だと言います。一日の中でも調子の良い時と悪い時があると。実際に認知症を発症してからも講演会などをこなしておりその様子が窺えます。だから「置いてきぼりにしないで」と。認知症になった人間は何もわからなくなった人間ではなく、わかる時もあるし、その時にばかにされたり、「あちら側の人間」として扱われると嫌な記憶が残ってしまうと。これは私も一緒に同席する看護師さんや介護士さんの話を重要視した言動をしてしまっていたなと反省させられました。
参考
引用
(*1)日本医科大学医学会雑誌第4回
https://www.nms.ac.jp/sh/jmanms/pdf/004030140.pdf
(*2)認知症年齢別有病率の推移などについて
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ninchisho_kaigi/yusikisha_dai2/siryou1.pdf