M&A後のスタートアップに起こったこと。 資金枯渇、組織崩壊を乗り越えて、さらなる成長を掴むまでの5年半 -後編
M&A後のスタートアップが資金枯渇、組織崩壊を乗り越えて、さらなる成長を掴むまでの物語、後編です。
前編をまだ読んでない方はこちらからご覧ください。
組織崩壊後の再構築
2017年最終四半期も黒字で終えることができ、何とか首の皮一枚で生き残ることができた。
ただ、これは集中治療室で大量出血を止めて何とか一命をとりとめた状態と似ており、血は流れていないが気力、体力は戻っていない感じだった。
2018年開始時点でも組織としての活力は失われおり、何か元気が無い、雰囲気が暗い、重いという状態が続いていた。
そして、管理職が全員辞めてしまっているので、自分以外の誰かがそれを鼓舞するという役割を担うわけでもない。
ただ、とにかく出血は止まっているので、もう一回組織を作るしかない。
しかしマネジメント経験があるメンバーはほとんどいないので、いきなり事業部長などの中間管理職を置くことはできない。
そこで、まずはマーケ、プロダクト、開発、営業など各職能ごとに代表者を選び、組織マネジメントというよりは各領域の実務管理を担ってもらうことにした。
そして、事業上の判断や組織マネジメント的なことは、基本的に経営で行うことにした。いずれは事業責任を担うリーダーを置きたいという気持ちはあったが、段階的に移行していくことにした。
2018年はとにかく組織改善(再構築)ということに注力した。
事業成長もさることながら、まずは土台となる組織を構築しないとまた同じ結果になりそうな気がしていた。
実行した内容はこちらの記事にも記載しているが、主には以下のような内容だった。
・目標設定の仕組み変更(OKRの導入)
・評価制度、報酬決定制度の変更
・行動指針の刷新
・行動指針の浸透のためのプレゼン大会の導入
・ピアボーナス的な表彰制度の導入
・社内サーベイを基にした課題抽出、改善策の実行
とにかく重視したのは社員参加型で行うことで、組織改善プロジェクトも有志メンバーを募り、社内会議も会議室ではなくオープンスペースなど誰でも見れる場所で行うことにしていた。
当事者意識というか、自らの意見を組織に反映させることができるという認識を持って欲しかった。
過去に経営陣、リーダー、メンバーそれぞれで認識のズレが生じていたこともあり、持っている情報のレベルを可能な限り同じにしたいと思っていた。
何を目標にする?
2018年は1年を通じて組織の再構築、改善を進めていた。
ただ、事業と違って組織は翌月にその効果が現れるということは少ない。徐々に良くなっている気配はあるものの、劇的に変わるということは無かった。
事業は引き続き伸びてはいたものの、次にどのような成長を目指すかという点はまだ見えていなかった。
もう一回新規事業を立ち上げるほどの体力はまだ無い。一方、既存事業のみでは成長曲線に限界がありそう。もちろん、このまま安定成長を続けるというスタンスで経営するのも間違いではない。
ただ、果たしてそれは自分がしたいことなのか。自分の中でも答えが見つかっていなかった。
そんな状況ではあったものの、メンバーの頑張りもあり2018年は前年以上の売上成長率を記録した。
前年から人員も大幅に減っていて、広告費も引き続き少ない中でも成長できたということは自信になった。
しかしながら急成長というレベルには及ばず、このままで良いのかという気持ちは引き続き残っていた。
権限移行と代表退任
2019年からは「事業リーダー」という事業責任者を置くことになった。
各職能の代表者だけでは、事業においてマーケの意見とプロダクトの意見のどちらを優先するかという時に、必ず経営に確認する必要が出てくる。
メンバーからも「誰に聞けばいいの?」みたいな疑問が出ていたこともあり、明確な事業責任者を配置することになった。
これを機に経営は事業リーダーのマネジメントを行うものの、基本的に事業の意思決定は事業リーダーに委ねられる体制になった。
ただ、すぐに完全な事業部制には移行せず、あくまでメンバーは職能ごとのチームに所属したままとした。
つまり、人員マネジメントと事業マネジメントを分離する形で、事業リーダーはあくまで事業上の意思決定を担ってもらうことにした。
そうすることで人員マネジメントに疲弊し、事業推進できないという事態は避けることができたように思う。
そして、自分は2019年4月から家族とイギリスでの生活を開始するために代表を退任した。
この時点で自分が事業の細かい運営に関与するという形では無くなっていたので、イギリスからのリモート経営も十分に可能だと思っていたが、とはいえ当時はまだコロナ前。
リモートワークへの理解も今とは大きな差があり、代表としての職責を担い続けるのは難しいという結論になり、取締役となった。
8時間の時差がある関係で自分の業務開始は日本の夕方となった。
MTGの設定などでメンバーに不便をかけた部分はあると思うが、基本はフルタイムで働いていたので、業務自体に大きな支障は出なかった。
2019年以降、事業の方は事業リーダーに任せる体制になっていたものの、実は管理部門は2017年の経営危機以降、社員0名のままだった。
元社員が副業で月次決算などを対応してくれていたが、管理部門としての意思決定やその他の実務はずっと自分が行っていた。
自分は経営危機以降、とにかくコストコントロールを非常に気をつけるようになっており、この時点でも千円単位で無駄なものを削ったり、事業部が必要以上のコストを使わないように目を光らせていた。
売上は毎年一定以上に伸びていたので、コストをそれより使わなければ、基本的に利益が増えていくはずである。
もちろん事業部としてはもっと色々やりたい、人を採用したいという気持ちがあったと思うが、やりたいことが10あったとしたら3くらいに絞り込んでもらっていた。
本当は管理部門だって人を採用したかったが、自分が出来ることは自分でした方がコストは抑えられる。
使えるお金は事業に最大限投資してもらうために、社員0名の管理部門を2年くらい続けていた。
過去に大きな会社に勤めていた人なら、人事、総務、法務、労務、財務などそれぞれの専任がいるのが当たり前だったと思うので、そのいずれも不在というのは驚きもあっただろう。
実際、全てが完璧に回るわけもなく管理面で不満が出たこともあった。
ただ、まだまだ安心できる経営状態では無かったので、とにかくコストは最小限に、そして使えるお金は極力事業に投下するという方針だった。
2019年は売上成長率こそ前年をやや下回ったが、ようやく二桁以上の営業利益率が出るようになり、何とか本当の意味で危機を乗り越えたかなという状態となっていた。
飛躍の2020年
2020年に入り2月頃からコロナが問題となってきた。
コードキャンプは2月中旬から早々に全社リモートワーク体制に移行した。それまでも自分を含めリモートワークを定常的に活用していたこともあり、事業運営に大きな支障は無かった。
そして、競合にあたる教室型のプログラミングスクールが教室を閉鎖したり、利用検討者もオンラインで学びたいという志向に変わったこと、さらには多くの人が外出できずに時間を持て余したことなども相まって、サービスの利用者が劇的に増えることになった。
創業以来、ここまで急速に社会が変わる瞬間を見たことがなかったので、外部要因の影響がいかに大きいかというのを痛感した。
コードキャンプは2013年にオンラインプログラミングスクールというカテゴリーを開拓し、基本はオンライン学習専業でやってきていた。
きっかけがコロナというのは残念な部分はあるが、ようやく時代が追いついたという感じもした。
その後、緊急事態宣言が解除された期間もあったが、人々の志向性が完全に以前のままに戻ることはなく、オンライン学習のニーズは維持されていたと思う。
実際、売上が逆戻りするということは無かった。
見方によっては「ラッキーだったね」という印象にもなってしまうがオンライン学習の可能性を信じて、メンバーが日々サービス改善をしてくれていたお陰でチャンスがきた時に掴むことができたのだと思う。
「波が来てから準備していたのでは、その波に乗ることはできない」的な言葉もあるが、自分たちが信じた世界に近づけるべく事業を続けていたからこそ、その波に先頭で乗ることができたのだろう。
事業部制度の復活
組織面では2020年に入り、2017年まで採用していた事業部制に戻ることになった。
基本的に全てのメンバーはいずれかの事業に所属し、その事業の成長にコミットするという形である。(管理部門は除く)
メリットデメリットあるものの、コードキャンプのような小さな会社では自分の仕事だけやっていれば良いというよりは、手段を限定せず事業成長にフォーカスする方が向いていると考えていた。
実際、メンバーからも業務領域を限定せず「自分事として事業を考えたい」という意見が出てきていた。
経営危機から2年がかりでマネジメントに関するルールや仕組みが整備されてきたこともあり、事業部に戻しても大丈夫そうという判断となった。
(とはいえ、それなりに混乱はあったが笑)
ただ、今の組織体制が完璧だとは思わないし事業部制にも欠点はあるので、また2021年に入ってからも組織改編は行われている。
組織も事業と一緒で常にPDCAを回す必要があるのだろう。
さらなる飛躍に向けて
2020年は前年を大きく超える売上、利益成長率を記録した。
(業績に関してはグループ決算資料にも記載があります。)
もしコードキャンプがスタートアップのままだったとしたら、マザーズに上場できるくらいの水準にはなった。
とはいえ、まだまだスタートライン。
会社として消滅しそうな不安は無くなったが、社会へのインパクトという意味ではとても小さい。
プログラミング教育、オンライン教育の必要性は叫ばれているものの、世の中に浸透しているとは言えないし、実際に利用経験がある人はそんなに多くないと思う。
そして、事業運営側にも課題がたくさんある。
プログラミングやテクノロジーを学ぶ事で、本当に人生が開けていく人をもっと増やしていかないと、より多くの人には使ってもらえない。
仮にワクチンによって外出に不安が無くなったとして、それでもオンラインを選んでくれるのか、もっと言えばコードキャンプを選んでくれるか、そこが試されると思う。
まだまだやるべきことはたくさんある。
成長の踊り場にいる経営者へ
自分は経営危機に陥って大量退職が起きていた頃、他の経営者が危機を乗り越えたストーリーを読んで自分を奮い立たせていた笑
その時に読んだ話に比べれば自分の危機は大したことはないし、別にその後に大成功を収めたわけでもない。
ただ、これが今苦しんでいる誰かを勇気付けられるなら嬉しい。
アドバイスと言えるレベルではないが、振り返るとこうだったなという経験を最後にまとめておくので、何かの参考になればと思う。
経営者の気持ちが折れたら終わり
当たり前だけど、社員には会社と一緒に沈む義理も義務もない。船と一緒に沈もうとする人がいるとすれば、むしろ異常な人だ。
ただ創業者にとって会社は自分の子供みたいなものなので、例えどんな状態に陥ったとしても愛すべき存在には変わりない。
良いか悪いかという理屈を抜きにして、愛しているものを守るという行動を取れるのは、やはりずっと育ててきた人だけだ。
その人が諦めてしまったら代わりに守ってくれる人はいない。もし気持ちが折れたらそこで終了だ。
でも、これは決して諦めるなという意味ではなく「まだいける」と心の底から信じられるかどうかを判断基準にして欲しいという意味だ。
もし情熱が失われているなら、自分も一緒に潰れる前に諦めるのも賢明だと思う。
経営者も変わらないといけない
コードキャンプで言えば、M&Aをきっかけに経営方針を変えた方が良かったかもしれない。
スタートアップ感に固執しすぎて子会社としてどう経営すべきかという視点を失っていたし、そもそもグループの経営方針というのを意識していなかった。
自分は経営危機の後に大きく経営方針を入れ替えたが、いち早く切り替えを行っていれば危機は起こらなかったかもしれない。もちろん、トレードオフで急成長の可能性は消滅していただろうが。
どちらか一方が正解というわけではないし結果論的な部分もあるが、いずれにせよ自社が取りうる選択肢やリスクに応じて、経営者の考えも変えていかないといけないと感じている。
組織崩壊は一瞬、組織構築は時間がかかる
組織は一瞬で壊すことができる笑。でも、再構築はすごく時間がかかる。
危機から3年以上経った今でもベストと言える状態ではない。ただ、不満が一切無い組織も存在しないだろうし、日々改善でやっていくしかない。
正直、事業の方が成果が見えやすいし、事業に逃げてしまう経営者の気持ちはよく理解できる。
もちろん組織構築を任せられる人がいるのであれば、それも一つの方法ではある。
ただ、自身の価値観や美学が反映された組織でないと間違った事業判断をしてしまうことが出てくると思うので、やはり経営者は組織と向き合う必要がある。
とはいえマネジメントや組織の形に正解は無いと思うので、自分のキャラクターに合ったスタイルを追求するのが良いだろう。
同じ言葉を対面で伝えるのが良いか、動画が良いのか、文章が良いのか、それも経営者の個性次第。
時間が解決してくれることもある
人とお金をかけても思ったほどの成果が得られなかった2016-2017年。
人もお金も減ったのに伸びていった2018年以降。
もちろん、メンバーの日々の頑張りがあったことは言うまでもないし、試行錯誤の賜物ではあるが一番の違いは世の中のニーズの総量だと思う。
つまり、市場が活性化したということだ。
上記はGoogleトレンドで「プログラミングスクール」の過去5年間の検索トラフィックを調べた結果である。
(比較対象として「デザインスクール」の結果も載せている。)
2016-2017年の検索量は「デザインスクール」をやや下回るか、ほぼ同じくらいで横ばいだったが2018年以降は大きく伸びていって、今では3倍くらいの検索ボリュームがあることが分かる。
市場が3倍になったかは分からないが、まぁそれくらいニーズが伸びているということだ。
聞くところによると、ある競合他社も2017年頃に売上が伸びず経営危機に陥っていたらしいので、市場的にも停滞していた時期だったのだろう。
世の中のニーズが増えていない中で、広告を投下してもニーズ自体は増えない。もちろん100億円とかのレベルで投下できるなら別だろうが、1億円で世の中を動かすことはできない。
一方、世の中のニーズが拡大し検索する人が増えれば、必然的にその業界の先頭集団は恩恵を受けることができる。
実際、今でも一番人気のコースは2015年からあるものだし、二番人気に至っては創業した時からある。
もちろん随時マイナーチェンジはしているものの、大きく商品の内容が変わっていなくても欲しい人が増えれば売上も増える。
スタートアップを創業する人たちはイノベーターなので、より早く自分の思い描く未来が訪れると考えているが、実際に世の中が追いついてくるのにはもう少し時間がかかるのかもしれない。
何かを失わないと、何かを得ることはできない
コードキャンプは経営危機を迎えたからこそ、筋肉質な財務体質になり営業利益率も20%強出せるようになった。
また、それまでいた社員を失ったからこそ、組織と向き合うことができた。
もし危機がなかったら利益率が低いのも当たり前と思っていたかもしれないし、組織の課題もそのままだったかもしれない。その状態でより大きな危機に直面したら修復不可能だったという可能性もある。
大事な何かを失った時、人生の終わりというような気分になるが、後から振り返ると何かの始まりだったということは他の事でもあると思う。
ピンチはチャンスではないが、実はもっと良い未来のための試練という可能性もある。それくらい楽観的に考えないとやってられない笑
やはり経営者も人間。
自分が潰されてしまうのは避けないといけないし、まだいけると思うなら最後まで頑張ってみるのも良いが、本当は無理だと思っているのに義務感から頑張るような状況を続ければ、心と体が分離してしまうかもしれない。
物語は続く
映画であればハッピーエンドで終わるかもしれないが、会社は続く。
これからも危機は訪れるだろうし、次に来る危機は過去のもの以上かも知れない。
でも、順調すぎる会社もどこかつまらない笑。株主としてはその方が良いだろうが笑
創業から8年。会社として目指す頂きから見れば、まだ1合目くらいだろう。思っていたよりは時間がかかるかも知れないが、一歩ずつ登っていこう。
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