心はればれ
平良典子(99年生まれ 東京都出身)
「心はればれ」
動画の中のおばあが、言っている。
東京出身だけれど、宮古島出身の父を持つ私は、
宮古に帰っておばあと会える日がいつも楽しみだった。
東京と宮古島。簡単には会えないが、
父と母は、私が生まれた時から年に一度は必ず、宮古に連れて行ってくれた。
おかげで私はおばあっ子。
おばあの服も着ているくらい。
中でも襟のついたワンピースはお気に入り。
宮古から電話がかかってくると、おばあの声が聞こえてくる。
「なーんか、可愛いんだよね」
いつも同じ第一声。
おばあの声がいつも楽しみで仕方ない。
何度も何度も話してくれた。
おばあは幼い頃両親をなくし、学校に通えなかった。
姉妹とも離れ離れ。姉はアメリカに渡り、妹はどこにいるかもわからない。
引き取られた家のひらがな表をこっそり見て覚え、読み書きができるようになった。
おばあはいつも、勉強しなさい、感謝しなさい、大切なことを教えてくれる。
教えは自然と体の中に入って、頑張る源になっている。
大学2年生の春休み、
中学から書道を始め、山でアウトフィールド書道をしている私は、
どうしても、宮古の海で書道がしたい、
おばあに書道を見てほしい、
今しかないと思い立ち、
道具を持って宮古に向かった。
おばあと父のにいにいと、一緒に宮古に来てくれた東京の友人と来間の海へ。
砂浜にブルーシートを広げる。
大きな毛氈を敷く。紙を広げる。
砂浜にあった珊瑚礁を文鎮にする。
波の音、風の音。
おばあ、にいにい、友人がこっちを見ている。
墨を注ぐ。筆を持つ。墨をつける。
“心”
と書いた。
東京にいると、忙しない日々。
スピード感があって、何かに追われて急いでいるみたい。
ゆっくりな私は、たまについていけなくなる。
でも、宮古にくると、
急がなくていいよ、と声をかけてくれているような気がする。
東京出身、東京育ち。
でも、“宮古に帰ってきた”という感覚がある。
それは、おばあが宮古で待ってくれているから。
おばあと話すと安心する。
安心しすぎておばあの話が子守唄になって寝てしまうこともあるけれど。
道を歩けば、牛がいる、ヤギがいる、海が見える。
さとうきび畑が広がっている。
近所のおじいやおばあに話しかけられる。
あたたかさが感じられることが心地良い。
心も自然と豊かになる。
宮古での時間は、ひとつひとつの感情に、心に、ゆっくりと向き合う時間。
普段のお稽古では書けないような字が、自然の中だと書ける。
力強い“心”が書けた。
おばあは、私が書いた“心”を見て 、
「心はればれ 」
と笑顔で言ってくれた。
私の書を見守っていてくれたおばあ、にいにい、友人のあたたかさに、
心がぐーっと動いた。
宮古から帰る時、寂しくて泣きそうになった。
おばあといる時は我慢していたけれど、東京に着き友人と別れた途端、我慢していたものが一気に溢れ出た。
東京と宮古島。簡単には会えない。会えるのは、飛行機で帰った時だけ。
次はいつになるのかなと思うと寂しくて我慢できなかった。
それから、約2年、宮古には行けなかった。
2年ぶりの宮古島。
おばあに会えることが、嬉しくて、嬉しくて、仕方がなかった。
おばあが笑顔で、
「夢みているみたい」
やさしく抱きしめてくれた。
2年前に書いた“心”が、
床の間に飾られていた。
「“心”大切に飾ってくれてありがとうね」
「おばあの宝」
“心”を見て、会えなくても励まされていたと伝えてくれた。心がぽかぽかあつくなる。
最後の日、おばあが力強く、手を握ってくれた。
「のりこ、ありがとう」
おばあとの日々が頭の中をぐるぐるする。
心がぎゅーっとしめつけられる。
本当はもっと話したかった。
「おばあ、ありがとう」
1ヶ月後、おばあは空へと旅立った。
ぽっかりと心に大きな穴があいてしまった。
おばあは本当に大切な存在で、頑張る源で、大好きだってこと、
本当に感謝しているということを自分の言葉でしっかりと伝えたかった。
想いを声にして伝えることが苦手な私は、きちんと伝えられていたのか、自信がない。
どうしても心に残って、涙が溢れてしまう。
あの日から、10ヶ月くらい経ったころ。
心配してくれたのか、元気な姿のおばあが、夢に出てきてくれた。
茜色の空に、深い緑の山々。
淡い緑の田んぼや畑がきらきらと光っていた。
「おばあは大丈夫」
心に大きな穴があいてしまってどうしようもなかったけれど、
元気な姿のおばあを見て、安心して目が覚めた。
おばあからのパワーを受け継いだような、
不思議な心地。
最後におばあは、
“想いを伝えること”の大切さ
を教えてくれた。
大好きなおばあ。
浮かぶのはやさしい笑顔。歌声。
おばあがくれたたくさんの言葉。
「心はればれ」
動画の中のおばあが、言っている。
泣いてばかりではいけないね、
心はればれだね、おばあ。
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