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一日だけの同級生

今でも、ときどき、あの子の顔を思い出す。
16歳、高校一年生のままだけど。

わたしは、田舎町の、いわゆる進学校とよばれる公立高校に通っていた。生徒の大半が、東大や京大などの旧帝国大学を目指していたが、文武両道を掲げるだけあって、スポーツも盛んで、野球部が甲子園に出場したこともあった。

そんな高校に入学できたのがうれしかった。両親も、とても喜んでくれた。

4月になってしばらくすると、クラスもしだいに馴染んできた。将来の夢を語ったり、部活の話をしたり、そんな中、空席がひとつあることは、みんな知っていた。

ある日、担任の先生から、同級生が入学式からずっと入院中であること、これからしばらく入院が続くことを知らされた。クラスでお見舞いの寄せ書きをすることになった。わたしも、小さな字で端っこに寄せ書きをした。

休みの日に、学級委員とあと数人が寄せ書きを病院に届けた。

それから数か月、空いた席も、教室の風景として普通になった。

夏が近づいたある日、先生から、同級生のあの子が元気になったので、明日から学校に来ると知らされた。

まあ、席も遠いし関係ないか。わたしは、机の下で隠し持った単語帳を見ていた。

あの子は、自己紹介をした後、自分の席についた。クラス45人が初めて一緒に授業を受けた。わたしの席からは、教科書を見るあの子の背中しか見えなかった。

休み時間になった。休み時間も大半の生徒は自分の席で何らかの勉強をしていた。

あの子は、窓側の一番前の席から順番にひとりひとり、寄せ書きのお礼を言って回った。ひとりひとり、名前を言って、書かれた寄せ書きの内容について、ていねいにお礼を言った。

次の休み時間も、その次も。

昼休み、あの子は、机を向かい合わせにして、他の女の子たちとお弁当を食べていた。何の話をしていたのか。笑っていたのか。今は、もう思い出せない。

次の休み時間、あの子のお礼の順番が近づいてきた。わたしは、お礼を言われるのが恥ずかしかったので、席を離れ、窓から外を眺めていた。
「あいさつしたいんだって。」の声に振り返ると、あの子がわたしの前に立っていた。

立っているだけで精いっぱいなんだろう、よく見ると身体が小刻みに震えていた。

寄せ書きには「早く元気になって学校で会おうね。」のようなことを書いたのだと思う。あの子は、わたしの名前を言って「おかげで、元気になりました。学校に来られました。」とおじぎをした。

あの子の様子を見て状況を察することはできたが、正面から事実に向き合うのが怖かった。どう言っていいのかわからなかった。
「よかったね、これからよろしく。」とあの子の足元ばかり見て言ったのだと思う。

一瞬だけ見たあの子の顔と、おじぎをした時にゆれた黒髪、夏用の真っ白なセーラー服、きっちりとそろえたローファーシューズのつま先を今でも思い出す。

次の日から、また、あの子の姿が見えなくなった。あの席は、空いたままになった。

秋も深まり、冬が近づいてきた。

あの子の入院が長引くとの情報が入った。クラスのみんなで、メッセージカードを書くことになった。

わたしも書いた。

「今は冬だけど、もうすぐ春がきます。」

がんばれとは、書けなかった。待ってるでもなかった。

メッセージカードは、集められ、学級委員たちが病院に届けた。

二学期も終わろうとしたころ、あの子からメッセージカードの返事が届いた。

ひとりひとりのメッセージカードをコピーして、メッセージの下に返事を書いたものだ。

「冬の寒さをバネにして、春に向かってジャンプします。」

そんなカードをもらったのだと思う。

冬は、とても寒かった。教室のストーブが赤々と燈っていた。

ようやく4月になり、みんな二年になった。

クラス替えが行われ、それぞれに別れと出会いがあった。

あの子の名前は名簿から消えていた。

あの子に春は来なかった。

あの子は、冬を飛び越えられなかった。

今でも、ときどき、あの子を思い出す。

そして、ありふれた日常がとても貴重で、目の当たりにした事実から目をそらさないことが大切だということをわたしに教えてくれる。

(おわり)

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